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東京大震災は、マグニチュード八の首都直下型地震だった。新しく制定された耐震基準によって造られた建設物はある程度の被害に抑えられたものの、古いものは壊滅状態だった。特に東京や新宿、新橋など古い高層ビルが並ぶビジネス街や、浅草や上野などの歴史的建造物はほとんどが崩壊し、数えきれぬほどの人々が瓦礫の下敷きになったと言う。

多くの路線が張り巡らされた東京の交通網は軒並みダウン。街には帰宅難民が溢れかえった。不安と苛立ちで暴力沙汰が起きるなんて二次被害も稀にあり、被災者はみな、まるで日本ではないみたいだった、と口を揃えて言う。

津波は、東京湾から埋立地を飲み込み、荒川や江戸川、多摩川から東京に侵入、次々に街を潰していった。それはもう、ゴジラやエヴァンゲリオンの使徒だってもう少し容赦するぞというほどだ。津波が去った後の東京は、東京大空襲を思わせる瓦礫の山と化した。

当然ながら政治は身動きが取れなくなり、日本という一大国家が一時停止を余儀なくされた。経済大国である日本の中心が、ある日突然背後から棍棒で殴られ、倒れたのである。それまで様々な支援を受けていた国々がこぞって申し出、多くの寄付金や支援物資が集まった。当然、それは国内も同じで、北は北海道、南は沖縄から東京を中心とした関東地方全域に支援が集まった。

戦争どころか、戦後の高度経済成長すら知らない日本国民が、ボロボロになったこの国を元の経済大国にまで立て直した日々を、十三年経った今では、天災による被害への教訓としてだけでなく、ある種の美談としても語られるようになっていた。メディアで流れる震災関係の話は、必ず被災者が立ち直っていく姿を追ったもので、どこかお涙頂戴的な物語として描かれている。そして最後には「我々はあの日のことを忘れない」や「復興は今もなお続いている」などといった言葉で締めくくられるのだ。

映像はしばらくの間、倉橋家の避難状況を中心に、街の人々の暮らしぶりや支援の様子などを飾り気なくレポートした。それは、あの日の記憶があまり残っていない凛にとって、テレビやネットで聞いた話よりも生々しく現実的だった。

続く映像は、横向きに変わった。

「ガジェットの電源は命の次に大事だったからな。ここからはビデオカメラで撮ってる」

ガジェット依存は現代病だ、体に悪いと言い、普段は使用時間を抑えるように言ってくるくせに、教師らしからぬ発言に、栄が「いつもと言ってることが違う」と茶化した。

「ガジェットばっか見るなというのは仕事で言ってるんであって、十七歳の俺には知ったこっちゃないの」

大人になった倉橋が裏の顔を見せてにやりと笑う。所詮教師も普通の子どもが成長した姿でしかないのだ。

画面には、大きな駅が映っていた。都心の住宅街だろうか、どこか高級感が漂い、行き交う人々もなんだか品がある。

電車が停まっているらしく、構内も駅ビルも閑散としているが、駅の前は大荷物を背負った人々が行き交い、家族や恋人と落ち合うため、待ち合わせしているのか、ガジェットと周りを見比べて忙しない。家に帰れていないのか、会社帰りらしいスーツに革靴の男性やワンピースにハイヒール、アクセサリーまで付けている女性もいる。荷物を地面に置いてガードレールに腰掛け、足をぷらぷらと揺らす。あんな高いヒールの靴で長距離を歩けば、相当疲れているはずだ。地面に転がっているハイヒールは、十センチはありそうだ。

『お母さん見て、あそこ窓にヒビ入ってるよ』

カメラが薫の指差す方へ向かう。大きな駅ビルの窓にヒビが斜めにすーっと入っている。洋服屋のテナントだろうか、その向こうには何かが折り重なるように倒れている。

『あれ、マネキンだよな? 人じゃねぇよな?』

背筋がぞわりと震えた。

『髪の毛生えてないし、白いからマネキンでしょ』

倉橋がレンズをズームして確認する。マネキンの顔はのっぺらぼうだった。

『よかった、マネキンだわ。顔ない』

『やめなさいよ、縁起でもない』

確かにこのビルの中に逃げ遅れた人がいないとも限らない。この画面の中には生きている人しか映っていないが、東京大震災は二万人以上の被害者を出している。この都心の住宅街に被害者がいないとは限らない。

しばらく人々の行き交う姿を眺めていると、画面の端から「おーい」とこちらを呼ぶ声がした。

『お父さん!』

薫が叫ぶ。画面がそちらに向けられると、スーツを着た長身の中年男性が映った。倉橋にそっくりだ。十年後、二十年後の倉橋はきっとこんな感じだろう。何キロも先から歩いてきたのか、ネクタイを外して、上着は腕にかけている。シワにならないようにきれいに畳まれていて、汗にまみれて汚れた姿でもどこか清潔感を感じさせた。

『おかえり~!』

薫が父親に抱きつく。不安からすっかり解き放たれたような穏やかな笑顔で、父親の腕に収まっている。

『父さん、お疲れ様。大変だったね。あ、スニーカーあるよ、履く? 足痛いっしょ』

『おぉ! 持ってきてくれたのか? ありがとう、のぼるぅ~』

『ちょ、カメラ壊れるって』

薫にしたように抱きしめる父に、嫌がる素振りを見せるも、その声にはやはり安堵と喜びがある。下に向けられたカメラの先で、まめ太まで父親にすり寄っていた。

『よぉし、家族揃った。とりあえず、これで一安心だねぇ』

心底ほっとしたのか、母親が文字通り胸をなでおろした。


何この茶番……。ドラマかなんかなわけ?

凛は、イライラした。苦難の中にいながら、どこか幸せそうに寄り添う倉橋家の姿を見るにつけ、胃の奥に居心地の悪さを感じた。胸の奥に黒々とした塊が現れ、体の中心がずしりと重くなる。この塊は、日常生活の中でちょこちょこ現れる厄介な蟲のようなものだ。

ふと画面から視線を外し、窓の外を見た。研究所が空の色を吸い込んで青く光っている。

凛の家族は倉橋家とはまるで違っていた。凛が、待ち合わせ場所に父親が現れた瞬間に抱きついて迎え入れるなんてありえない。考えただけでヘドが出る。それどころか、支援団体やボランティアのちょっとした不手際に対して、常識とは全く交わらない持論で抗議したり、感謝の気持ちを伝えるどころか文句を言ったりする父親の姿が思い浮かぶ。その度に家族は恥ずかしく、嫌な思いをするのだ。それでいて自分が間違っていれば、自分はそんなことを言っていないと言う。それが雪彦という人間だ。

ふとクラスのようすを見渡した。みんなどんな風に見ているのだろう。悲惨な状況に眉を寄せて感情移入している者、何か対策でも思いついたのかメモを取りながら見ている者、一方で無編集で続く映像に飽きてしまったのか頬杖をついたまま目を閉じている者もいる。栄は、前のめりになって真剣に見入っていた。

十いれば十の家庭があり、家族との関係もそれぞれ違ってくる。当然、緊急事態の避難方法も、周りの人との関わり方も、それこそ生死に対しての考え方も変わってくる。松上家ではそのどれも教わったことがなかった。それどころか雪彦はどんなときも「もしもの話などするな」と一蹴する。「俺が死んだ後のことまで頼るな」と保険にすら加入しない雪彦がつくる松上家は、とてつもなく脆い家族なのだ。

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