第1話 血と魂の悪神

 目を覚ました時、それはさっきまでの世界が嘘のように見覚えも無い場所に倒れこんでいた。


 耳と入るのは鳥の鳴き声と歯が揺れる音。

 そこは緑に包まれた森の中だった。

 一本の立派な木を中心に草は育ち、綺麗な円を描いて川が流れていた。


 空気も澄んでいて、綺麗な景色だった。私は上を見るとその立派な木に寄りかかって座っていた。微かに視界がぼやけながら私は立ち上がろうとする。


「ゔぅぅーー」


 しかしその瞬間に強烈な痛みが脳を刺激し、私は苦しい声を上げながらその場に倒れ込んだ。


 まるでその声に支配されるかのようだ。だがはっきりと何を言っているかよく分からない。必死に頭を抑えながら洗い息を吐いた。


 私は踏ん張って逃げるように立ち上がるが頭に走る刺激が更に酷さを増して、ふらふらしながら先程まで座って木にバランスを崩してぶち当たった。


 その瞬間、今の衝撃のせいか 立派な木はすさまじい音を立てながら折られたように倒れていく。

 破裂的な音と風が一気に向かって来た。

 私は目を見開きながら、唖然とする。

 今、私は木に背中が当たっただけだった。なのに何でこんな事になっているんだ。


 そしてこの時私は初めて気づいた。自分の姿が前世とはまるで違うことを。

 素直に驚いている震えた手は、真っ直ぐに長く とがっていて、歯にも尖った二本の刃がある。視界に映った長い髪は薄紫色へと変わっていて、今までに見覚えの無い真っ黒い綺麗な服を着ていた。


 唯一変わっていないとすれば、幼い体であること。変わるんだったら、背も伸ばして欲しかった。とは思いながらも、今の姿が自分であることは信じられなかった。


自分でも絶望したのか分からないが、心にポッカリと穴が空いたように私は力なくその場に座り込んだ。


何という喪失感だ。そんな時私の血管その物が体ごとある物に反応した。


微かな人間の声だった。そして、その声はだんだんとこちらに向かって来ている。

やがてそれは深い森から姿を現した。


人間…


そう判断するとまたあの声が聞こえてくる。

頭が痛くても先程の私とは少し違っていた。


血と魂…私が喉から手が出る程 ほっする物。


そんな人間達は私に視線を向けると険しい顔をする。


「おい!そこに居るのは誰だ!」


その男達は警戒しながらも少しずつ私の方に近づいてくる。


「女の子じゃないか!…どうしてこんな所に、見ろ!我々の木が、なぎ倒されているぞ!」


「そんな!我々にとっての大事な守り神が!」


その瞬間、人間達は足を止めて唖然とし、私の後ろに倒れているただの木の状態を見て皆動揺と絶望の顔をしていた。


あんな木に何の意味がある。私の背中が当たっただけで崩れるような木だぞ。笑わせてくれる。


この空気の中、風だけが緩やかに舞っていた。この時私の体は人間共の匂いに反応した。


そんなことも知らず、この緊迫した空気を破った一人の男が私に声をかけて来た。


「そこの君?大丈夫かい。」


彼は私に微笑みながら優しく聞いて来た。私は顔をふせながらゆっくりと立ち上がった。


やはり警戒しているのか、優しい彼も少し距離を開けていたことに失望する。

もう少し近くに来てくれたら良いものを。


私は顔を伏せながらゆっくりと立ち上がる。

〝ドウシヨウ、無性ニ欲シクテショウガナイ〟


「…ちょっと、あの子少し様子がおかしくない?」


あの女、気づきやがったな!


何故か私の怒りのリミッターが外れたように黒いオーラが私を覆っていく。


それによって他の人間達も気づいたのか怯えた声を上げ始める。


「なんだこいつ、やばいぞ!」


わざわざ感想をどうも。


この黒い欲望に支配されるがままに、さっきまで下ろしていた顔を勢いよく上げた。


「ヒッ、ヒイィィィィィーー」


それは明らかに恐れを抱いた顔をしている。

それもそうだろう、私の瞳はもう真っ赤に染まっているのだから。


「化け物だぁぁ〜」


「にぃ!逃げろぉ‼︎」


悲鳴と恐怖で溢れた人間共を見てニヤリと笑わずにはいられない。

実に愉快な光景だ。


逃げ惑う人間達をめがけて、逃すまいと足を踏み出して、力を入れる。

それ一瞬で人の領域を超えた力を振りかざした。


まず最初はあの優しい男からだ。

一番私に近かった分、逃げる時には一番後ろを走っていてくれたから狙いやすい。


「フフフゥ〜」


私はイジワルに笑いながら、その男を捕まえる。勢いがあったせいか男はバランスを崩しす。

歪んだ目が合いながら私はその優しさを返すかなように笑って私の爪はその首に一筋の線を描いた。


その傷口からは血が溢れて返り、力なく倒れた。支える為に持っていた右腕はパタリと離して逃げる生き物を追う。


尖った爪で次々と愚かな人間達にトドメを刺していき、追いかけっこをしながら最後に残ったのは私のことにいち早く気づいたあの女だった。


逃げ場を無くすように追い詰めて、ついに女は足がまともに動かなくなったのか地面に崩れる落ちる。


私は彼女に一本一本と近づいていきその表情を目に焼き付ける。


「ヴゥ…イッ、嫌だ!死にたくない‼︎」


こっちに来るなと手を必死に後ろに動かして少しでも怯えた体を動かして逃げようとする。


私の本性を見たからにはどの道死しか用意されていない。今回は不本意だが殺させてもらう。


逃げる彼女の首を掴んで私は手に力を入れて絞め殺した。

私の手を掴んでいた両手は力無く落ちて死を告げた。


全てが終わって周りを振り返ると綺麗な景色は血の海となっていた。

こんなにあっけないとわ。武器を持っていた者もいたが、結局は使いこなせず死んでいった。


手についた血は爪が吸収するように吸い取って爪がだんだんと赤く染まっていく。


その真っ赤になった色を見ても更に血を求めてしまう。だがそれだけでは満足しなかった。


死体から血は吸い取ったが、私の全てを満たせる物が足りなかった。そして真っ赤だった視界は治って、普通の色が戻っていく。


その上で気づいた、私がもう一つだけ望む物に。手前にあった死体に近づくと、胸辺りの中心に白くて青い淡い色の塊があることがわかった。

見ただけで一目瞭然だった。


「これが、真の魂か!」


そう呟くと欲望のままに彼女は一つ残らず魂を食らった。


「あぁ〜うまい。やみつきになりそうだ。」


最後に残った魂を口で飲み込むと、口をぬぐって立ち上がる。

その途端、死体は灰となって何もかも無かったように消えていく。


私は消えていく様子を見届けていた。そしてあの声が囁いた。


今度はハッキリと〝人間を支配しろと〟



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