芽生えて、育つ(2)

「メリークリスマス!」

「乾杯〜!!」

 優愛ちゃんがケーキのロウソクを吹き消し、メンバーに一個ずつ渡してあったクラッカーが勢いよく弾けた。

 今年最後の華やかなイベントのスタートだ。

「晴〜湊〜、ますますイケメンになってきたなお前ら!」

「宮田さん、そんな話し方じゃガラ悪いのが二人にうつります!」

「パパたちに似てほんとーにエンジェルな二人ですよね。湊くんのきりり眉、神岡さんの眉の縮小版っていう感じですね、うふふ」

「ほんとに。晴くんは黒目がちで涼やかな目元が三崎さんにそっくり!」

 周囲から愛おしげに覗き込まれ、二人はどこか緊張しつつもキラキラと興味津々な眼差しでメンバーの顔を見つめ返す。

「はるくんみーくん、プレゼント持ってきたよ!」

 優愛ちゃんが優しい笑顔で二人の目の前に小さなラッピングを一つずつ置いた。

 透明なラッピングの中には、ちっちゃくて可愛らしいソックスが入っている。

「二人とも、もうすぐあんよの時期ですよね。優愛が、『これはるくんとみーくんにあげよう!』って、お店ではしゃいじゃって」

 紗香さんが楽しげに言葉をつけ加える。 

「わー、ありがとうございます!」

「よかったなー、晴、湊!」

「あうぅ〜」

「んぶぶっ」

 晴も湊も、目の前に置かれた可愛らしいプレゼントに小さな手を伸ばした。カラフルなリボンに興味を引かれたようだ。

「優愛ちゃん、すごく嬉しいよ。ありがとう! 晴も湊もすごく喜んでる」

「はるくんとみーくんと、早くみんなでこうえんお散歩したいなって思って」

 感謝を伝える俺たちに、優愛ちゃんがもじもじと恥ずかしそうに笑った。 


 食事を始めたメンバーに囲まれながら夜のミルクを飲んだ晴と湊は、どうやら眠くなってきたようだ。晴は神岡の腕にこてんと頭を預けて親指をしゃぶり始めた。

「んぐ、むぐぐぅ」

 湊も微かにぐずりそうな気配を見せながら、俺の胸元に丸い額をぐりぐりと擦り付ける。

「樹さん、子供たち、眠そうですね」

「ん、そろそろベッドへ連れて行こうか」

 話に盛り上がりを見せ始めたメンバーの様子を見つつ、俺たちは静かに立ち上がった。


「俺、二人が眠るまで少しこっちで子供達についてますから」

「うん、じゃ頼むね」

 神岡がテーブルへ戻り静まったベッドで、俺は半ば眠りかけた子供たちに毛布をかけ、その柔らかな髪をふわふわと撫でる。

「人生初のクリスマス、楽しかったな」

 ふっくらとした桜色の頬をむぐむぐと満足げに動かしながら、二人はあっという間に安らかな寝息を立て始めた。 



 子供たちを寝かしつけ、部屋の照明を落としてダイニングテーブルに戻る。

 酒も料理も順調に進み、賑やかなテーブルはまさに宴の真っ最中だ。

「宮田さんのチキン、冗談抜きで美味しいんですけど!!」

 紗香さんがナイフで切り分けたチキンを口に入れ、幸せそうに味わう。確かに、艶よくこんがりと焼き上がったチキンは実に美味そうだ。

「でしょ? 今年はこれまでで一番上出来だったかもしれないですねー」

 宮田がドヤ顔でニッと微笑む。

「うん、めっちゃ美味いです。常に怠そうに無気力っぽくしてるのに、なぜか何でもさらっとこなしちゃうのが不思議ですよね宮田さんって」

 須和くんも肉を思い切り頬張りながらそんなことを呟く。 

「それ、人の作った料理食いながら言うことか?」

「え。今のは褒め言葉じゃないですか」

「なんだかなぁこの子は」

「あれ、イラッとさせちゃいました? 済みません。そういうところで拗ねちゃうのがちょっと子供みたいですね」

「……」

 さらっと返してナチュラルに微笑む須和くんは、今日はその大人な装いも相まってバリバリに魅力的なオーラを放射する。宮田が思わず眉間にシワを刻んで黙り込む。

 百戦錬磨の宮田と天然純粋培養な須和くんが親しくなるとこうなるのか。そのやりとりを聞きながら誰もがニマニマせずにいられない。


「三崎さんと神岡さんが間に入ってくださって以降、例のママ仲間たちがすごく変わった気がするんです。以前は人の噂や陰口を囁き合って笑ってたのに、最近そういうのがめっきり減ったような。ね、まどかさん」

 シャンパンのグラスを一口飲んで、紗香さんが嬉しそうに言う。

 まどかさんも頷いて、言葉を繋いだ。

「うん、私もそう思う。

 アヤノちゃんママともう一人のママは、相変わらず私たちと距離を置いていますけど——あの人たちと距離が離れただけで、私たちがどれだけ楽になったか。それまでは、グループ内にまるでボスと部下みたいな関係があったんです。彼女たちはやりたい放題に周囲を巻き込んで楽しんでいました。

 けれど今は、むしろ彼女たちの方が周囲から置いていかれたようなバランスです。彼女たちの攻撃的な偏見には、誰もが反感を感じていたようですから」

「園のママたちも、お二人のことめっちゃ噂してましたよ。素敵なパパ達〜!って。大体みんな、お二人がご夫夫で三崎さんが双子ちゃんを出産したことも知ってるみたいです。それはそうですよね、ママ仲間の噂の伝達速度は凄まじいから」


「……そうですか」

 俺たちは少し顔を見合わせた。

 自然と笑みが零れる。


 振り返れば、本当にいろいろなことがあった。

 紗香さんと出会い、幼稚園のママ仲間のいざこざをなんとか収められたこと。

 須和くんと出会い、彼の大きなターニングポイントをこうして見守れていること。

 いくつもの困難の一つ一つに真っ直ぐに向き合ってきた結果が、今、こんなにも温かい形で目の前にある。

 そのことが、じわじわと大きな実感となって胸に沁みる。


「……よかったです、本当に。

 今日って、マジで最高のクリスマスですね」

「うん。本当だな」

 チラチラ揺れるキャンドルの炎が、いつになく安らかに心を照らした。


「ねえ、ママ。ゆあ、わからないことがあるんだけど」

 紗香さんの隣で、優愛ちゃんがふと口を開いた。

「ん、なに?」


「あのね、アヤノちゃんが言ってたんだけど……『はるくんとみーくんにはママがいないじゃん』って。それ、すごくヘンだよって。

 はるくんとみーくんのおうちは、どっちもパパだよね? ママがいないって、そんなにヘンなことなの?」


「——……」

 その場の空気が、一瞬にしてすっと切り替わった。


「ち、ちょっと優愛、なんで今急にこんなとこで……!!」

「アヤノちゃんママ……あの人は、子供にまでそんな話を……」

 紗香さんは蒼白になり、まどかさんが怒りを露わにする。


「ねえママ」

「優愛、そんな話やめなさい!!」 

 紗香さんが、思わず強い言い方で優愛ちゃんを叱る。

「え……だって、アヤノちゃんが……」

 母親の剣幕に驚いた優愛ちゃんも、びっくりしたように青ざめた。

「だってじゃないでしょう!

 今すぐ謝りなさい、ごめんなさいって!!」

「……」

 優愛ちゃんのつぶらな瞳が激しく揺れ、大きく潤んだ。


「——待ってください、紗香さん」

 神岡が、穏やかな声で紗香さんを制止する。

「それはとってもいい質問だ、優愛ちゃん。

 君は少しも悪くないよ。だから、泣かないで」

 自分の席を立って優愛ちゃんの椅子へ歩み寄り、微かに震える彼女の小さな肩を優しく抱き寄せて、神岡は続けた。


「晴と湊はね、ここにいる僕と柊が、神様に一生懸命お願いして生まれた子なんだ。君のパパとママが、神様に一生懸命お願いして君が生まれたのと同じようにね」


「……一生懸命、お願いして……?」

「そう。

 大好きな人と出会うとね、誰でもお願いしたくなるんだ。その人と一緒に暮らしたい、そして二人の間に新しい家族が生まれますようにって。

 大好きな相手が男の人か、女の人かなんて、どっちでもいいことなんだよ、優愛ちゃん。

 その人のことを、どれくらい好きか。どれくらい大切に思っているか。大事なのは、それだけなんだ」


「……」

 まだ瞳を潤ませている優愛ちゃんの前にしゃがみ、その瞳をじっと見つめながら、神岡は微笑んだ。

「だから、今度アヤノちゃんに会ったら、教えてあげたらいい。『ママは、いてもいなくても、どっちでもいいんだよ』って。

 両方パパでも、両方ママでもいいんだ。二人が、その子を心から大事にするならね」


 優愛ちゃんは、神岡をじっと見つめて彼の言葉を聞いていたが、やがて瞳の涙を手でゴシゴシ拭いて、大きく頷いた。

「うん。わかった。

 こんどアヤノちゃんにあったら、ちゃんとそう言うよ!」

「よし。優愛ちゃんは、本当にいい子だ」


 しっかりと神岡の胸に抱きしめられ、優愛ちゃんの頬にポッと元気なピンク色が戻った。







 その夜、10時少し前。

 賑やかなクリスマスパーティもそろそろお開きだ。

 料理も綺麗になくなり、酒も概ね空いてしまった。身も心も、満ち足りた温かさでいっぱいだ。

「じゃ、紗香さん、まどかさん、気をつけて。優愛ちゃん、またね!」

 玄関でブーツを履く彼女たちを、俺たち男性群は玄関まで見送る。


「あのね」

「ん?」

 ブーツを履いた優愛ちゃんがパッと顔をあげて、俺と神岡を見つめる。

「これからはゆあも、『いつきさん』と『しゅうくん』って呼んでもいい? ふたりはいつもそうやって呼び合ってるよね?」

「えっ……?」

 俺たちは慌てて顔を見合わせた。お互いの呼び方を、流石にこんな小さい子にさせるのは……ええっと。

「じゃ、じゃあ、こういうのはどうかな? 僕のことを『いっくん』、柊くんのことを『しゅうちゃん』っていうのは?」

 神岡が即興で思いついたアイデアを口にする。え、ほんとにそれでいいのか……

「うん、わかった。じゃあそうする!」

 ニコッと笑ってそう言うが早いか、優愛ちゃんは神岡の首にキュッと抱きつき、その頬に唇を寄せてチュッとキスをした。

「いっくん、大好き!!」


「…………」

 真っ直ぐな告白とキュートこの上ないキスをもらい、神岡はいささか唖然としている。


「ゆ、優愛!! ちょっ……なんてことを!!」

 紗香さんが再び青くなってあわあわと慌てる。

「えーどうしてー? 今日はママ怒ってばっかり!」

 そう言って恥ずかしそうにプイっとポニーテールを揺らすと、優愛ちゃんはパタパタと玄関を出て行った。

「あー、もう! ほんとにごめんなさい今日は! じゃあ、おやすみなさい!!」

「これで失礼します」

 ガバッと頭を下げて外へ出ていく紗香さんに続いて、まどかさんもクスクス笑いながら静かに玄関を出て行った。


「……神岡さん、相変わらずモテるねえ」

 後ろで宮田がニヤニヤしながらそう呟く。

「ち、違うだろ今のは! そういうのじゃないだろ!!」

「いやーわかりませんよ。女の子はあっという間にオンナに成長しますからねー」

「優愛ちゃん、なかなか渋好みだな……」

 須和くんも宮田の横で妙に真剣な顔で何やらうんうんと肯いている。

「そっそういう冗談はナシだ! 僕の愛は永遠に柊くんだけのものと決まってるんだからな! 

 ほらほら立ち話は終わりだ! 君らは僕たちと一緒に会場の片付けやって帰れよ!」

「えー嘘でしょ勘弁してくださいよー」


 そんなやりとりでワイワイ賑わう男どもを、俺はクスクス笑って眺める。

 本当に、最高のクリスマスだ。



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