芽生えて、育つ(1)
12月22日水曜、午後7時半。紗香さんと優愛ちゃん、まどかさんが我が家に到着した。
「こんばんは〜! メリークリスマス! はるくんとみーくん、まだ起きてるー?」
玄関を開けた途端、優愛ちゃんの可愛らしい声と笑顔が飛び込んできた。
「いらっしゃい! お待ちしてました。うん、いっぱいお客さんが来るぞ!って晴も湊もはしゃいでるよ」
「優愛、何度も言ってるけどあんまり大騒ぎしないでよ。はるくんもみーくんもびっくりしちゃうからね!」
「わかってるー! おじゃましまーす!」
パタパタと可愛いブーツを脱いで廊下をかけていく優愛ちゃんの後から、紗香さんとまどかさんもブーツを脱ぐ。
「あの、三崎さん……本当に、私たち来てよかったんですか?」
「え?」
思ってもみない紗香さんの言葉に、俺は驚いて二人を振り返った。
「神岡さんと三崎さんのクリスマスパーティにお呼ばれって、実はなんかちょっと緊張しちゃって。
だって、あの神岡工務店の副社長のお宅にお邪魔するなんて、冷静に考えればあまりにも大それてる気がして……」
「私も、紗香さんからその話を聞いて本当にびっくりしました。私なんかが行っていいの?って紗香さんに何度確認したか……」
紗香さんとまどかさんは、言いにくそうにそんなことを呟く。
「え、どうしてそんなこと気にするんですか? 実際俺たちはすでに友達じゃないですか」
「……その……場違いだったりしません?
私達、その辺にいるフツーの主婦ですよ? 特別な能力もないし、すごい学歴や肩書きも何もないし……お二人の周りにいる有能で美人なハイクラスの女性達とはきっと大違いだろうなと……」
二人はもじもじと俺を見上げた。
紗香さんもまどかさんも、それぞれ育児や日々の様々な困難に精一杯立ち向かって生きている。そんな彼女たちに対し、「フツーの主婦」なんていう見方をしたことなどただの一度もない。
俺たちが周囲を見る感覚と、周囲が俺たちを見る感覚の違いの大きさを、こういう時に不意に目の当たりにする。
「——俺たちは、あなた達を『フツーの主婦』だなんて思っていません。
お二人とも、俺たちをそういう人間だと思ってるんですか?
俺たちは地位や見かけで付き合う相手を選んだりはしませんよ、絶対に。
人間なんて、どんな肩書きを持ってたって中身を見てみればみんな似たり寄ったりじゃないですか。この後来る男二人もそうです。そのうちの一人なんか、むしろびっくりするくらい横柄ですから。
でも、俺たちはいい友達です。いい関係に、理由や理屈なんていらないでしょう?
今日は、心から打ち解けて楽しめるメンバーだけを誘ったつもりなのに——お二人からよそよそしい壁を作られてしまっては、あんまり寂しすぎます」
俺の返事に、二人ははっとしたように表情を変えた。
「……そっか。
そうですよね」
「でしょ?
今更、緊張なんかしないでください。いつもの空気で思い切り楽しんでくれなくちゃ」
「——そんな風に言っていただけて、私達、本当に幸せです。
今夜は目一杯楽しませてもらいます!」
俺の言葉に、二人はパッと明るい笑顔を取り戻した。
「ねーみてみて! 今日はパーティだからおしゃれしたんだよ!」
リビングで赤いダウンジャケットを脱いだ優愛ちゃんが、満面のドヤ顔をしながらくるりとその場で回ってみせた。
ふわふわな真っ白いワンピースと黒いタイツ、クリスマスのプレゼントを思わせる真紅のリボンのポニーテールが艶やかに揺れる。
あまりにもキュートな装いに、普段男ばかりの室内はまるで花が咲いたようだ。
「優愛ちゃん、最高に可愛いよ。クリスマスの天使だね」
神岡の言葉に、優愛ちゃんはぽっと頬を赤らめる。
「神岡さん、あんまりイケボで褒めないでくださいね! 優愛が本気にしちゃいますから」
紗香さんがおかしそうに笑った。
一気に華やいだ空気の中、みんなで差し入れのオードブルをテーブルに広げる。
「わー、アボカドと海老のサラダ! 俺めっちゃ好きなんです」
「あそこのデパ地下、何を買っても美味しいですよね! 美味しそうなものいっぱいあって目移りしちゃいました」
「おお。この店のローストビーフは最高に美味いよな。大きな皿に豪華に盛り付けようか」
「ピザもちょうど焼き立てが並んだので買ってきました」
わいわいとテーブルに集まっていることろへ、再び呼び鈴が鳴った。
「お、来たな。僕が玄関開けるよ」
「来た来た、噂の二人が」
「え、噂の……って?」
俺の呟きに、紗香さんが反応する。
「あ、さっき言った男二人なんですけどね。一方は宮田といって、美容師やってるんですがむちゃくちゃ態度デカくて一見クズっぽいんですが中身は面倒見もいいし気が利くいいやつです。で、もう一方は須和くん、紗香さんはもう知ってますよね。先月までこのマンションに住んでた大学生なんですが、彼の方はもう真っ直ぐで純粋で。この正反対キャラの二人が今月からルームシェアで同居始めたんですよ。二人ともゲイっていうこともあって、一体どんな感じで暮らしてるかなーと内心興味津々なんです」
「え、そうなんですか? 須和くん、一歩踏み出した感じですね。それはもうドキドキじゃないですかー!♡」
紗香さんの瞳が興味深そうにキラキラし始めた。
「でも、正反対な二人が同居に踏み切るって、すごく面白いですね」
まどかさんも、少し驚いたような顔をしつつ楽しげに微笑む。
「あ、前もってお伝えしておきますが、宮田さんは初対面云々に関わらず喋り方も喋る内容も薄っぺらい感じで攻めてきますから、お二人ともどうか驚いたりキレたりせずにおおらかに受け止めてやってくださいね」
「ふふふ、神岡さんと三崎さんに横柄な態度とる人って、一体どんな……」
そんな話をしているところへ、宮田と須和くんが入ってきた。
「ああ、これは美しいお姫様方だ。初めまして、宮田と言います。どうぞよろしく」
「こんばんは。紗香さん、お久しぶりです」
「……」
登場した彼らを見て、紗香さんとまどかさんは一瞬言葉を失った。
「……は、始めまして、新田まどかです。……っていうか、こんなにイケメンな方々だったとは……この部屋、男性の顔面偏差値の高さが凄すぎません?」
まどかさんがそんな言葉を呟く。
「宮田さん、始めまして。橘紗香です。どうぞよろしく。……ってか須和くん、なんか雰囲気変わったよね!?」
紗香さんも目を見張って須和くんを見つめた。そういえば、これまで彼が着ていた服とは何か雰囲気がガラッと違う。
「いえ、なんか宮田さんがもっとお洒落しろって毎日うるさくて……髪も勝手にスタイリングされたし、今日のこれも無理やり着せられました」
黒のコートを脱いだ須和くんの装いは、上品な白のケーブル編みセーターに黒の細身のパンツ、ダークグレーのジャケットというなんとも垢抜けたコーディネートだ。整えた前髪が額に落ちかかるその様子がとんでもなく色っぽい。これまでのテキトーなダウンジャケットにトレーナー、履き古したジーンズというラフな出で立ちとは180度違うその大人びたオーラは眩しいほどだ。
「は? 須和くん、人の贈ったクリスマスプレゼントにその言い方はないだろう? どれもちゃんとしたブランドの品だぞ」
須和くんの不満顔に宮田がしれっとそう返す。
「なに言ってんですか、無理やり押し付けたくせに。プレゼントって相手が喜ぶものを贈るもんじゃないんですか普通」
「まーまー。君にはこういうのがダントツに似合うんだって。さっきストリートスナップ撮らせてくれってカメラマンに声かけられてたじゃん」
「嫌ですよそんなの! 俺的にはなんか無理やりドレス着せられた哀れな大型犬みたいにしか見えないんです自分の姿が!」
須和くんのその例えがあまりにもおかしく、場がどっと笑いに包まれた。
「——仲良くやれてるみたいだな、二人とも」
「さあどうだろ」
「どうなんですかね」
神岡の問いかけに、二人は同時にぐきっと首を傾げる。
何だかお笑い芸人コンビみたいではあるが、なんだかんだでうまくいってるじゃん……
二人のそんなぎこちない様子がまた微笑ましく、内心ニマニマが止まらない俺たちである。
「それよりも、このチキンの出来栄えを早く皆さんに披露したくて僕はもう待ちきれませんよ! 酒も飲みたいしー」
宮田が、手にしていた大きな包みを掲げてニッと笑う。
「ゆあも早くケーキのロウソクふーってしたい!」
晴と湊と遊んでいた優愛ちゃんも、プレイマットから声を上げた。
「そうだな。じゃ、どうぞ皆さん座って。優愛ちゃん、ケーキにロウソクを立ててくれるかな?」
「やったー!!」
神岡の声で、やっと全員が揃ってテーブルについた。
「——樹さん。晴と湊にも見せたいですね、この風景」
「うん。子供たちを膝に抱いて座ろうか」
優愛ちゃんに遊んでもらって上機嫌の晴と湊をそれぞれの膝に抱き、席に着く。
目の前で、フォンデュ鍋の蝋燭がチラチラと温かく揺れた。
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