手花火(1)
お盆休暇を目一杯使い、宿泊先であるシティホテルから俺たちのマンションへ両親が通い詰めて、今日は3日目だ。
この三日間、俺たちは大いに食べ、飲み、散々喋って笑い——そして、時々涙ぐんだ。
ここまで共に過ごせなかった時間がみるみる埋まっていくようなその感覚は、何か初めて味わう不思議なものだった。
人と人が係わり合いながら紡ぎ出す絆は、日々少しずつ積み重ねなければ決して形をなさない気がしていたけれど——
それは、どうやら違うようだ。
深く想い合っている存在がお互いに会えずにいる時間というのは、会えない間に募るその切なさはそれぞれの心の中で、無意識のうちに結晶のような形を成していくのかもしれない。
再会し、笑顔を交わし、募り続けた思いを交わし合うことで、胸の中に出来上がっていたたくさんの結晶は、一気に外へと溢れ出す。
透明で硬いその結晶が、会えずにいた谷間を一気に埋め、その絆を一層硬く確かなものにするのだ。
そして、顔を合わせなかった時間でそれぞれが作り上げた結晶の夥しい分量が、また嬉しかったり、幸せだったりするのかもしれない。
こういう、決して変わることがないと信じられる絆でたくさんの人と結ばれている俺は、つくづく幸せ者だと思う。
昨日の午後、なんとも喜ばしい出来事が起こった。
晴が、まさに両親の目の前で寝返りを完成させたのだ。
両親にもすっかり懐き、リラックスした様子でプレイマットの上で遊ぶ子供達を愛おしげに眺めていた二人は、不意に晴がころりと披露した美しい寝返りを目の当たりにして、驚きと喜びの歓声をあげた。
「……おい、母さん……
見たか今!? 晴が……晴が、とうとうやったぞ!!」
「ええ、見たわよしっかりと!!
もう一息のところで苦しんでた晴ちゃんが……私たちの目の前で新たな一歩を踏み出すなんて……!!」
二人は手を取り合い、涙ぐむ勢いでこの出来事を祝う。
さすがに大袈裟じゃないか?とちらりと思わぬこともなかったのだが、なかなか会えない孫たちの大きな進歩を目撃する幸運に遭遇したじいじばあばだ。この派手な喜びようも当然なのかもしれない。
しかしこのタイミング、実にいい仕事をする息子たちである。
今日は、夕方から、近所の公園で須和くんと一緒に花火をする約束になっている。
須和くんの両親は、現在母親の郷里へ帰省中らしい。法事があるそうだが、須和くんは就活の準備がしたいという理由でこちらに残ったという。就活なんてもちろん適当な言い訳です、とLINEのメッセージに付け加えられていた。
ちなみに、今日の花火メンバーに俺の両親が加わることは、須和くんには伝えていない。
その事を言えばきっと彼は遠慮するだろうし、彼のびっくり仰天する顔もちょっと見てみたい。
何よりも、楽しみだったはずの計画がもしも流れてしまったら、彼は部屋でひとり孤独に夜を過ごすことになる。
寂しげに俯く彼の姿は想像したくなかった。
「ん? お友達と一緒に花火? いいじゃないか。逆に、私たちが一緒で大丈夫なのか?」
「うん。きっと問題ない。こうやってみんなで花火なんて、なかなかできないしさ」
「そのお友達がいいと言ってくれるなら、ぜひ私たちも混ぜて欲しいわ〜♪
花火って、お盆と深い関わりがあるの。夏に花火大会が多く開かれるのは、元々はこのお盆の時期に、鎮魂の意味で花火を打ち上げたのが始まりなのよね」
「なるほど。確かに、夏に花火ってどうしてだろう?なんて時々思ってはいましたが、そういう歴史があるんですね」
リビングに麦茶を運び、みんなで賑やかにそんな話をしながら、須和くんもきっとこの空気を一緒に楽しんでくれるような気がした。
*
夕方6時。
マンションのそばの公園のベンチで、須和くんは花火と水の入ったバケツを用意して待っていた。
ベビーカーを押してやってくる俺たちを認め、彼は笑顔で立ち上がった。
「こんばんは! 花火のお誘い、OKもらえてすごく嬉しいです!
あのっ神岡さん、初めまして。須和 翔吾と言います。どうぞよろしく」
「須和くん、初めまして。柊のパートナーの神岡樹です。よろしく」
ぺこりと大きく頭を下げる須和くんに、神岡が優しく挨拶する。
「…………はああ……」
「ん、どうしたの須和くん?」
「いえ……
神岡さん、近くで見ると改めてイケメンだなあ、と……何かこう、プリンスというか、そういうキラキラした空気ですよね……」
「んー。プリンスにしちゃちょっと
「えー、君がそれ言う?」
そんな話をしながら、和やかに笑い合う。
俺の押すベビーカーを、須和くんがそおっと覗き込んだ。
夕風が心地いいのか、気持ちよさそうに眠っている二人を見つめ、彼は柔らかい表情で微笑む。
「ブルーのベビーウェア着てるのが晴、黄色が湊だよ」
「晴くんと、湊くん……可愛いですね、二人とも……。
赤ちゃんに向けて天使なんて表現を聞く度に、本当かよ?って思ってましたけど……本当に天使なんですね……」
自分が性的にマイノリティであることに気づき始めて——心無い両親の言葉に、密かに傷ついて。
寂しさや孤独を奥底に潜めた優しい眼差しで子供達を見つめる彼の姿に、不意に胸が強く痛む。
微かに沈みかけた空気を振り払うように、彼は明るく顔を上げた。
「今日は、山ほど花火持って来ちゃいました。なんかつい勢いででっかい花火パック買っちゃって……
……っ、えっと……?」
そこへ、俺たちの後ろからゆっくりと歩いてきた両親が追いついた。
須和くんへ向けて笑顔で会釈する両親に、彼は状況がよくわからぬままどぎまぎと会釈を返す。
「須和くん。これ、俺の両親です」
「初めまして。息子がお世話になっております。父の三崎
「母の香奈子です」
「…………」
なんとも屈託のない空気で微笑む二人に、須和くんは一瞬硬直したのちにズザっと一歩退くと、アワアワと凄まじく動揺し始めた。
「……みっ、三崎さんの、ご両親……
……ちょっ待ってください、俺何も聞いてない……ってか心の準備ってものがまだ……!! ってか、うああ〜こんなだらしない格好で来ちゃってるし……っ!!」
「あははっ、俺の両親に会うのになんで心の準備? いつもの君でいいんだって。面白いなー須和くん」
「おい柊、ちゃんと彼に前もって伝えてなかったのか? これは悪かったねえ驚かせてしまって」
申し訳なさそうに苦笑する父に、須和くんは慌てて手を顔の前でぶんぶんと大きく横に振る。
「いえいえ、いいんです! すみません取り乱してしまって!!
俺、須和翔吾と言います。三崎さんたちと同じマンションの住人で、大学3年です。どっどうぞよろしく!!」
ガバリと頭を下げる彼のその様子に、母も思わず柔らかい笑顔を零した。
「須和くん、どうぞよろしくね。今時こういうまっすぐで素敵な子ってなかなかいないわあ〜♪」
再び激しく赤面しつつ深々と頭を下げる須和くんの誠実な態度に、その場がふわりと柔らかく和んだ。
木々の梢を揺らしながら夕風の渡っていくラベンダー色の空が、何とも言えず心地良かった。
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