8-③

 ふいに、春奏さんは窓を見た。ちょうどトンネルの中で、外は暗闇だった。


「もうすぐ乗り換えだ」


 春奏さんが言う。トンネルに入ったことで気付いたようだ。


 ほどなくして、乗り換えの駅に着いた。ここから湖西線だ。びわ湖の西から北へと進んでいく。


 ホームのベンチに腰を下ろし、電車を待つ。その間、春奏さんはジッと黙っていた。


 話はまだ続くのだと思う。乗り換えで中断したのを利用し、少し休んでいるのだろう。


 ちょうどいいと思って、僕は用意していたものを出すことにした。


「朝ごはん、食べた?」


 春奏さんはハッとしてから、こちらを見て口元を緩めた。


「食べることできなかったよ」


「朝早かったもんね。僕もなんだ。……だから、よかったら、これーー」


 リュックから箱を取り出す。そしてフタを開けて、春奏さんに中を見せた。


「――サンドイッチ! 作ってきてくれたの?」


「食べずに来るかもって思ったし、そうじゃなくてもお昼に食べたらいいかなって」


 春奏さんがお弁当をずいぶん喜んでくれたから、また作りたいと思っていた。以前、真知子さんにサンドイッチ用のバスケットをもらったので、使ってみたかったのもある。これが僕の目的だった。


「うれしい! 食べたい!」


「じゃあ、どうぞ」


 そう言って差し出すと、春奏さんは遠慮がちに手を伸ばした。手を汚さないでに済むように、サンドイッチは一口サイズにしてつまようじで刺していたので、それを指でつまんでいた。


 その間、僕は飲み物を用意する。これも持ってきておいたのだ。


「……くーくん、女子力高すぎて焦る……」


「ええっ?」


 その様子をジッと見ていた春奏さんにそう言われる。僕をいじってるように見えないから文句も言えない。僕って墓穴を掘り続けてるのだろうか。


 春奏さんがパクっとそれを放り込むと、噛んでいくうちに自然と口元が緩んでいく。


 渡したお茶を飲むと、春奏さんは機嫌良さそうに僕の顔を見る。


「おいしい。……くーくん、朝ごはん食べられなかったって、嘘だよね」


「え?」


「だって、これ作れたなら食べられただろうし」


「あ……うん」


 そのとおりだった。あわよくば春奏さんと食べられるかなと思い、食べてこなかったのだ。


「……赤くなっちゃった――萌えだ。二度おいしい」


 これが萌えと言われてしまう要素らしく、初めて面と向かって言われてしまった。嫌じゃないけど、ただただ恥ずかしい。


 僕も食べ始め、二人でバスケットの中身をペロッとたいらげた。のんびりとお茶を飲んだところで、ちょうど電車がやってきた。


 さきほどよりも車内は空いていて、二人用のシートに座ることは容易かった。さっきと同じように僕が窓際に、春奏さんが通路側に座った。


 電車が動き出すと、また春奏さんは話し出した。


「夏休みが終わったら、美和や牡丹にも心配されて、二人が本当に優しくしてくれた。もう私二人のこと大好きで、LEENばっかりしてたよ」


 辛い部分が終わったからか、今度は僕の顔を見て楽しそうに言った。


「そうなんだ」


「うん。秋音とも仲良しになったし、クリスマスは私の家に二人を招待してね、みんなで楽しかった。そうやって私、なんとか持ち直したよ」


 そう言ってから、またさっきまでみたいにうつむいて話し始める。


「ただ、律を裏切ってる気持ちになる。あんなに辛い気持ちを共有してたのに、律がいなくなったら私はみんなに優しくされて。それが、なんか悪いなって……」


 この前話してくれたところだ。春奏さんの不安の根となっている部分。それが律くんへの罪悪感だった。


「でも、このままじゃダメだってずっと思ってて、みんなに心配かけないためには、ちゃんと強くならなくちゃいけないって思った。それで、まずは律に会いに行かなきゃって」


 そうして墓参りに行こうと思ったんだ。そこに、僕を誘ってくれた。


「春奏さん、すごいと思う」


 春奏さんは見上げるように僕のほうを見る。


「ちゃんと向き合おうとしてる。春奏さんは強いよ」


 心からそう思った。僕では想像もつかないような痛みがあるはずなのに、立ち向かおうとしている。以前LEENで話した時のような弱さは、そこにはなかったのだ。


「……くーくんが言ってくれたからだよ」


 春奏さんはそう言って口元をゆるめた。


「え?」


「一緒ならがんばれるって。だから、くーくんと一緒なら大丈夫かなって思ったの」


 胸に熱いものが流れた。春奏さんはまた僕を頼ってくれた。それも、心の深いところの弱さを晒してまでだ。


 僕の役割は重大なものだった。でも弱気になんてならない。一緒にがんばれるのなら、きっと大丈夫だと僕も思えたからだ。

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