第29話 まさかの人物名
家に、というか俺の部屋に上がるなり、山田京香を雑に下ろすニャーちゃん。
「おごぉっ!?」
その拍子に右側頭部を強打し、山田京香はごつい声を出した後、のそりと上体を起こした。そして俺を見て、キラとニューちゃんを交互に二回見た後、またこちらに視線を戻すと、何かを察したように、はぁー、と大きなため息を吐く。
「あー、何だ。まずはおはようと言っておこう。それで、早速だが色々と聞かせてくれるか?」
「拒否するわ」
当然の如く拒否された。しかも断固としてのものらしく、そっぽすら向かれる始末だ。
まあ、彼女の気持ちも分からなくはない。何があったかは分からないが、ニャーちゃんの事だ。乱暴な手を打って気絶させてからここへ拉致したのだろう。そんな目に遭えば誰だって警戒やら会話の拒否ぐらいはしたくなる。でも、それでもだ。俺はキラに殺されかけたし、キラにそんな事をさせた相手は絶対に許したくない。犯人が山田京香なのかはまだ不明だが、もしそれに関わっているのだとしたら俺は絶対に彼女を許さない。そして話してくれないというのなら如何なる手を使ってでも吐かせる。なので――
「じゃあどうしたら教えてくれる?」
一先ずとして交渉から入る事にした。
この言い方なら何らかの譲歩をする意思があると伝わるし、上から目線の台詞ではないから相手が癪に思って更に頑なになる事もない。そう判断しての交渉である。
俺の考えを読もうとしているのか山田京香は数秒、俺の目をジッと見つめた。そして何かを察したらしく、それに対しどう対応すべきか考える為か目をゆっくりと閉じる。
それからほんの数秒すると考えが決まったらしく、これまたゆっくりと目を開ける。
「なら、本国へ帰って今起こっている問題を解決させると約束してちょうだい。それなら話してあげるわ」
「本国……それはこの日本という国ではないよな?」
「勿論、あなたの生まれた国。あなたの本当の両親の住む国の事を指しているわ」
そう言って山田京香は不気味に口角を上げる。そんな彼女に対し、強烈な危機感を覚えた。だってそうだろう。何故知り合ったばかりの彼女が俺の情報を色々と知っている風なんだ?それに何故俺の両親を知っている風でもある?これじゃあまるで――
「これじゃあまるで昔からの知り合いか、用意周到な殺し屋みたいだ……とでも思ったかしら?」
「んなっ!?」
考えを正確に読まれてしまい、言葉に詰まる。そんな俺の様子が面白いのか、山田京香はニタァー、と不気味な笑み浮かべた。そしてこう訊ねる。
「もし私が後者だったらどうする?」
先程より強い危機感と恐怖に襲われ、あぐらをかいている状態であるにも関わらず、後ろにたじろいでしまう。
「きゃっははははははは――アベシッ!?」
そして狂気に満ちた笑声を上げた所でニャーちゃんがその頭頂部に拳骨を食らわせた。
「ちょっと!何するのよ!?」
「お遊びはそこまでニャ、山田京香。いいえ、ここは本名でアリス・フォン・ホーエンハイムと言った方が良いかニャ?」
「ちょっ、本名は止めて!」
「どうしてニャ?」
「嫌いなのよ、アリスなんて女の子ぽい名前は……それに私には似合わないでしょうが!あんただってそう思うでしょ?宮平龍!?」
「いや、俺はとっても似合っていると思うぞ。それに何て言うか……可愛い、かな」
未だ山田京香に恐怖を感じるが本心で答える。すると山田京香は――
「んなっ!?」
何故か赤面した。
「ば、ば、ばっかじゃない!?わわわ、私が可愛いだなんて……似合っているだなんて……ふん!そんな事で私はデレたりなんかしないんだからね!」
「あ、あぁ、それは重々承知している。でも――」
「それで?何が訊きたいの?早く言いなさいよ!」
「…………」
――それ、めっちゃデレてますやん!
「あー、そ、それじゃあ一先ずとして……キラが俺を殺そうとした原因というか犯人はお前なのか?」
「いいえ、違うわ。犯人は私じゃない。ついでに言えば私もその犯人……いいえ、それだけじゃない。その犯人を動かしているヤツも捜している。復讐の為にね」
「復讐……?」
「ええ、私の家族を殺した犯人に対する復讐よ」
何か嫌な事でも思い出したのか山田京香――いや、アリスは眼光を鋭くして奥歯をギリッと鳴らした。
――アリスが犯人でないのは分かった。そしてこの事件、かなりややこしい事になっているのも何となく分かってきた。だが分からない事はまだまだある。そもそも何故俺が生まれた国へ帰らないといけないのか?そして俺が帰ったとして、今起こっている事件の解決とは一体どういう事なのか?それらについても聞いておく必要がありそうだな。一先ずは……
「……今起こっている事件の解決ってのは一体何の事なんだ?」
「現国王とあなたの父親が毒を口にして今危険な状況にあるのは既にご存知かしら?」
「あぁ、一応は」
コクリと頷きながらそう答える。
「確か誰かに盛られたって話だよな?」
「ええ、その犯人である料理人は既に捕まったわ。けれど全てを聞き出す前に殺されたの。口封じのためにね。これが何を意味しているか分かる?」
「真犯人は他にいる……更に言えばその真犯人はアリスの家族を殺した犯人でもある、と……てかその前にだ。アリス、お前は一体何者なんだ?」
その俺の問いにアリスは不敵な笑みを浮かべる。
「アリス・フォン・ホーエンハイム……それだけ聞いて分からないのかしら?」
「いや、知らん」
「何で知らないのよ!?」
「アリス・フォン・ホーエンハイムの間にあるフォンは王族を指す名前ですニャ。つまりこの女もまたご主人様と同じで……」
「ちょっ!何であんたが話すのよ!!」
――あー、なるほど。
「王族である。そして家族を殺されたという事は王位継承権を持っているというわけか」
「そうよ!まあ、王位を継げるのは男であるお父様だけだから私自身は持っていないけどね!」
色々とネタバレされた挙句、あっさりと俺に理解された事が面白くなかったのか、アリスの語気が荒くなり、そっぽを向かれる。眉間には深い皺まで刻まれる始末だ。
「……ん?ちょっと待て。王位を継げるのは男だけ?それってどういう事だ?」
「我が国では王になれるのは昔から男のみ……というのが決まりってだけの事ニャ。特段そうなるに至った出来事はないけど、代々そうだったが為に今国は酷い有様なのニャ。特に王族の殺し合いが激化していて、それはもう大変なのニャ」
本当に酷い有様なのだろう。ニャーちゃんはそれはもう心底嫌気が差したかのように長い溜息を吐いた。それに続いてアリスも短く溜息を吐いた後、肩を竦める。
「言っておくけどこうなったのはあなたのせいでもあるのよ」
「は?何でだよ?」
俺はこの日本という国で普通に生きて来た。言い方を変えれば普通に生きて来ただけである。それなのに他国で王族が殺し合っているのは俺のせいでもあるだとか言われてもである。
「第一王子、つまり王位継承権第一位のお方と、他に王位継承権を持っている男が交際している。そんな事が国に知れれば一体どうなる事か……それは分かるでしょ?」
「第一王子?誰だそれは?それにその言い方だとソイツと俺が交際していると取れるのだが?」
「クリス・フォン・アルカディア……この国では確か内藤聖夜って名乗っていたかしらあの人……」
「あぁー、内藤……って内藤!?」
意外と言えば意外。そしてやはりと言えばやはりの人物名が出て来て、呆れやら驚愕やらに襲われる俺であった。
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