第27話 非常事態発生!
「…………」
黙り込むキラ。一方の俺は未だにニャーちゃんに跨って胸を鷲掴んでいる。
ーーこ、殺される!!
今朝俺は、ニャーちゃんと同じ布団に潜り込んでいただけでキラに殺されかけた。ただ一緒の布団に居ただけでだ。で、今回は俺がニャーちゃんを襲っているかのような状況に陥っているのを見られた。これは非常にマズい事態だ。早々に逃げないと殺される。だがはたしてそれで良いのだろうか?
考えてもみろ。もし俺がここで脱兎の如く逃走したら残された二人は一体どうなる?殺し合いが始まるんじゃないのか?
ニャーちゃんはどうか分からないが、確実にキラはニャーちゃんを殺そうとするだろう。そうなったら渦中に居る俺はきっと非難の嵐を受ける。そして最悪の一途を辿る事になるだろう。
それを防ぐ為にはーー
「ま、待て!お前は大きな勘違いをしている!これは事故だ!事故なんだ!!」
とにかくキラが納得するまで弁解するしかない。
「だから待て!考え直せ!」
「考え直す……何を?」
一見、冷静に見えるキラの態度だが、明らかに目が死んでいる。まるでヤンデレがデレている最中のような、そんな感じの光を失った目だ。
「ねえ、兄貴?どうしてあたしが考え直さないといけないのかな?かな?」
「待て!」
キラが右足を踏み出そうとしたところで左手を前に出す。
「マジで待て!そしてそこを動くなーー」
「ひゃんっ!?」
「ひゃん……?」
真下から驚愕の声が聞こえたので、ニャーちゃんに視線をやる。
「……あっ」
自分が無意識にニャーちゃんの胸を揉みまくっている事に気付いた。
「ご主人様……激しすぎるニャ……」
ほんのりと頬を赤らめながら嬉し恥ずかしという感じでそっぽを向くニャーちゃん。
ーー俺のバカー!!で、でも健全な男子としては手の中におっぱいがあったらどうしても揉みたくなるわけでーーって、マジ俺のバカ!!
「兄貴……?」
「ひゃぃっ!?」
「あたしに殺されるのと社会的に殺されるの……どっちが良い?」
「どっちも嫌です!!」
「ひゃんっ!?ご主人様、は、激しすぎるニャ……」
「ごめんなさいぃぃ!!」
キラに恐怖しているにも関わらず一向に動きを止めない俺の右手。その動きで快楽を覚え、更に赤面するニャーちゃん。そしてテンパる俺。カオスにも程がある。この負のスパイラルを乗り越える方法はないだろうか……でないと本当に殺される。
「ーーっ!」
キラが何かに気付いて廊下のキラから見て左側を見た。そして彼女は無表情になり、この場を去る。
ーー何が何だか分からないが助かった……
ホッと安堵の息を吐く。だがその直後、俺は絶望した。碧乃と紫乃が保健室に入って来たからだ。
「「……あっ」」
俺がニャーちゃんを押し倒して胸を鷲掴んでいる光景を見て固まる二人。
まあ、後の事は言わずとも想像は出来るだろう。
とにかく俺は碧乃にボッコボコにされ、その間紫乃には泣かれ、ニャーちゃんには変態を見るような目を向けられ続けた。
ーーお兄ちゃんのバカ!!もう大っ嫌い!!
キラは怒りと悔しさで目に涙を溜めながら帰路に就いていた。そうなっている原因はもちろん先程の龍の所業である。
あれはさすがにやり過ぎだ。自分という彼女がいるのにあんな事をするのはおかしい。あのエロ猫にNTRされた気分だ。最低最悪である。
ーーあんなに見せ付けて……お兄ちゃんはロリコンなの!?ロリコンの変態さんなの!?もしそうなら去せーー矯正しないと!!でもどうやって……
そう思っていると、正面から黒いロングコートにサングラスにマスク、そして黒いハットを被った如何にも怪しい男がこちらに歩いて来た。
ーーうわぁー、絡まれたくないなぁー……
男はどんどんこちらに近付いて来る。
ーーよし、再接近する前に叫ぼう!!
空気を大きく吸い込む。そして叫ぶーー前にいつの間にか男が眼前にいて、キラの両目に右手を被せた。
男が重低音で何かを呟き始める。
そして呟き終えるとーー
「眠れ」
と言う。するとキラは猛烈な眠気に襲われた。
ーーお兄ちゃ……ん……
満身創痍の状態で家に帰り、階段を上って自分の部屋のドアを開けたらーー
「何じゃこりゃあ!?」
部屋が物凄く荒れていた。
俺が愛読している書籍達が無惨に破かれているのはもちろんの事、布団や枕は切り裂かれて羽毛が散乱し、壁は何か鈍器のような物で殴打されたのか穴ぼこだらけ。箪笥も開けられ、衣類が散らばり、勉強机には彫刻刀で彫ったのか「お前を殺す」という文字が刻まれている。
ーーキラがやったのか!?いや、でもアイツがこんなサイコな事をするわけがない。アイツは極度のブラコンで狂ってはいるがこんな事をするようなヤツじゃない。なら一体誰が……
ふと、背後から鋭い殺気を感じる。
振り返るとーー
「っ!?」
両手に包丁を持ったキラが立っていた。
急いで部屋に入り、ドアと鍵を閉める。
ーー何故だ!?何故包丁を持っているんだ!?それにあの殺気!あれは本物の殺気だ!!
ガリガリガリガリと包丁で何度もドアを引っ掻く音が聞こえる。
ーーうひぃぃぃ!!
あまりの恐怖にゾワァー、と身の毛が弥立ち、緊張から口の中の水分が一瞬で無くなる。
「お兄ちゃん……開けて……」
ドスの利いた声で言いつつ、尚もドアを引っ掻くキラ。
「嫌でちゅ!」
ーーあっ、喉が渇いてるせいで噛んでもうた……
「ちゅ……?もしかしてエロ猫と赤ちゃんプレイでもしてるの……?」
「してねえよ!!してねえからな!!」
「何で必死に否定するの?怪しいなぁ……」
「いや、マジで何もしてないから!てかここにニャーちゃんは居ねえよ!!」
ニャーちゃんは、つい今しがた薬局に買い物に出掛けた。理由は俺が碧乃に付けられた傷をちゃんと手当てする為だ。
「へぇー、じゃあお兄ちゃんを殺すなら今しかないね……フフッ」
最後のやけに冷ややかな笑声が俺の全身を凍り付かせる。それを狙っていたのかは分からないが、俺が固まっているうちにキラがピッキングで部屋の鍵を開けた。
ノブが回される。ドアがゆっくりと開いてゆく。人一人通れる隙間が出来た。その隙間からキラがゆっくりと頭を侵入させる。そしてこちらと目が合うとーー
「あー、お兄ちゃんだぁー……」
血走った眼で唾液の糸を引きながらニタァーと笑い、人間とは思えない力で扉を開けた。
「うぐぁっ!?」
扉に突き飛ばされ、背中から木壁にぶつかり、小さなクレーターを作る。
肺の中の空気が一気に吐き出され、呼吸困難に陥る。背中から全身に激痛が走り、ビクッ!ビクッ!と痙攣が始まる。
ーー死……ぬ……
「あはっ!お兄ちゃん海老さんみたーい!ビクンビクーン!きゃははははははっ!!おっかしぃー!!」
両手に持った包丁の刃同士をぶつけて金属音で拍手するキラ。その表情は満面の笑みとなっているが、血の気が全く無いので気味が悪い。
「じゃあお兄ちゃん!」
キラが俺の腹の上にドカッと腰を下ろした。そのせいでやっと取り込む事が出来た空気が、俺の「ぐほっ!?」という声と共に一瞬で肺から逃げ去る。
再び空気を取り入れようと大きく口を開く。その瞬間キラが俺の口に包丁の切っ先を忍び込ませた。
そして彼女は歪曲した笑みを浮かべて言う。
「セックスしよっか!」
ーーお前マジでどうしたよっ!?こんなのいつものお前じゃねえぞ!?いや、まあ、ヤンデレなのは変わらないけど、でもこんなに過激な事はしないだろうが!!
と、全力で突っ込みを入れたいところだが、如何せん、僅かでも口を動かしたら舌が縦に真っ二つに裂けそうだからそうする事が出来ない。
キラが俺のシャツに手を掛け、胸の位置までそれを捲り上げた。
ーーら、らめぇぇぇ!!
大きく暴れて抵抗したい。だが動いたら確実に大怪我するのでそれは不可能だ。という事はもう事が終わるまで待つしかない。そう、待つしかないのだ。けれど希望はまだある。それはニャーちゃんだ。
ニャーちゃんが家を出たのは今から約二十分前の事。薬局はここから歩いて三分程の所にあるので、彼女が商品を慎重に選ぶ人間じゃなければそろそろ帰って来る。そうなればこちらの勝ちだ。俺は助かる。しかしその逆の場合、つまり慎重に選ぶ派だったら俺はあぼーんだ。既成事実を作った後、きっと俺は殺される。
ーー嗚呼、神様……いや、ニャーちゃん様!僕を助けてください!!
懇願した次の瞬間、ドアのある方から物凄いスピードで小さな何かが飛んできた。その何かがキラの右肩に突き刺さる。
「きゃうっ!?」
小さく悲鳴を上げ、驚愕で上体を仰け反らせるキラ。その拍子に包丁が俺の口から離れる。
「お兄……ちゃ……ん……」
それから秒を待たずしてキラは、包丁を握ったまま後ろに倒れ、ぐったりして動かなくなる。
もし目を覚ましたら今度こそ殺されそうなので、上体を起こし、今のうちに包丁を取り上げ、ゴミ箱に放り捨てる。
そして安堵の息。
「い、色々な意味でやられるかと思った……ありがとな、ニャーちゃん」
背後にある気配に向かって礼を言う。その気配の正体はまだ目で確認していないから誰なのか分からないけど、この状況で俺を助けられるのはニャーちゃんだけなので、彼女の名前を出したのだがーー
「…………」
その気配の正体が何も返してくれない。その行動に疑問を持ったので、振り返って見ると、そこには誰も居なかった。
「……ほへ?」
不可解な現象に思いっきり首を傾げながらアホみたいな声を出す。
ーーニャーちゃん……だよな?
そう思いながらキラに目を向け、彼女の右肩に刺さっているものを凝視する。
全体的に細い金属。まるでまち針のようだ。
「……ん?」
よく見ると緑色の液体が塗られている。
「これは……?」
針を抜く。そしてその腹に舌先をくっ付け、液体の味を確認。するとすぐに舌が痺れ始めた。
完全に舌が痺れる前に口中の液体を全てゴミ箱に吐き出す。
ーーこ、これ毒だ!キラが死んでいないところを考えるに危険な物では無さそうだけど……
そこまで考えたところで何者かが階段を上がって来る音が聞こえる。
「ニャーちゃんか?」
「そうニャ!」
俺が訊ねるとすぐに返事があった。それからほんの数秒でニャーちゃんが姿を現し、部屋に入り、惨状を目の当たりにするとーー
「ニャッ!?」
愕然と固まる。しかしさすがボディーガードというところだろうか?すぐ我に帰った。
「ご主人様……ご主人様ーっ!!」
こちらにダイブし、俺の胸に顔を埋めるニャーちゃん。
「ごめんなさい!ごめんなさいニャー!!」
そして嗚咽を漏らしながら大粒の涙を流し始める。
「ニャーちゃんボディーガード失格ニャ!もう実家に帰りますニャー!!」
罪悪感に押し潰されて小刻みに震えるニャーちゃん。そんな彼女を見て確信する。
ーーそうか、俺を助けたのはニャーちゃんじゃなかったか……
とーー
もし俺を助けたのがニャーちゃんだったのなら、普通はここまで泣かない。寧ろ俺をギリギリのところで助けきれた事に安堵するはずだ。でもそれが無いという事はつまりそういう事である。
「それよりニャーちゃん、これどう思う?」
毒針の事を思い出し、右手に持ったそれをニャーちゃんの眼前に持ってゆく。
「これは……」
まじまじと毒針を見るニャーちゃん。鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。そしてーー
「毒針ですニャ。即効性の睡眠薬が塗られていますね」
「やっぱりか……」
「……ん?毒針……」
そう呟き、眉間に皺を寄せて腕組みし、何かを考え始めるニャーちゃん。
「……なるほどニャ」
そして答えに辿りついたらしく、ふむ、と首を縦に振る。
「どうした?」
「いえ、何でもないのニャ。それよりニャーちゃんは用事を思い出したのでちょっと出掛けますニャ!」
そう言いながら踵を返すとニャーちゃんは急いだ様子で階段を下りて行った。
「えー……どうすんのこれ……」
辺りを見回した後、キラに視線を向けてそう呟く俺であった。
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