第26話 転校生はドS?

 昼休みに入って早々、ご飯を食べ終えた俺は、連日のキラの夜這いのせいで寝不足となった体を休めるべく保健室へと来ていた。現在ベッドの上で仰向けになり、布団を深く被って目を瞑っているわけだがーー


「ぐぬぬぅ……」


 どうしても眠りに就けない。


 それもそのはず。数秒目を閉じている隙に山田京香が同じベッドに入っていたんだ。普通はそうなるってものだろう。しかもムカつく事に山田京香は気持ち良さそうにスヤスヤと寝息を立てながら眠っている。それはもう気持ち良さそうに。


 それにしてもだ。どうして山田京香は俺の布団に潜り込んでいるのだろうか?もしかして俺が寝ている隙に俺を殺すつもりなのか?いや、違うかもしれない。もしそうだったら山田京香は既に俺に攻撃しているはずだ。だからそれは無い。それなら何故?


 目を開け、隣で寝ている山田京香の寝顔を見る。彼女の顔はとても俺好みだ。だからだろう。ムラムラして息が荒くなってきた。


 --お、おっぱい触ってもお、起きないよな?いや、それどころかききき、キスしても起きないかもしれない。こ、ここはさりげなくキスするか!?で、でもバレたらまずいよな!?いや、しかしこの欲求を止める事はもう出来ない!!行け!行くんだ俺!!


 唇を尖らせる。そして山田京香とキスするべくゆっくりと接近。


 --起きるな……起きるなよぉー……


 残り三十センチ、二十センチ、十センチーーという所まで来た時、左胸にチクリとした痛みを感じる。その痛みは針のような先端が鋭い物に刺された時の感覚と同じで、俺はあまりの刺激に「いでぇっ!?」と悲鳴を上げた。


 そのせいかは分からないが、山田京香が目を覚ました。


「おはよう、宮平君」


 ニタァー、と不気味な笑みを浮かべる山田京香。そして彼女はむくりと上体を起こして俺を仰向けにさせると、そのまま腹に圧し掛かる。


『何のつもりだ!?』


 そう訊ねようとしたが、麻痺毒を食らったのか舌が痺れて言葉を発する事が出来ない。出来るとしたら口をパクパクさせる事だけだ。


 山田京香が俺の胸に頭を預けるように額をくっ付けた。


「安心して、まだ殺しはしないわ」


 山田京香が俺のシャツを両手で掴んだ。そして強引にそれを左右に開いてボタンを壊しながら俺をはだけさせる。


 --や、やられる!色んな意味でやられる!!


 どうにか逃げようともがく。しかし麻痺状態に陥っているから上手く暴れる事が出来ない。出来るとしたら魚のようにビクンビクンと軽く跳ねるだけだ。


 それを見て山田京香はふふふっ、と妖艶な笑みを浮かべる。きっとドSなのだろう。そんな気がする。


「どうしたの?もっと暴れなさいよ」


 どうやらそのとおりだったらしい。まるで家畜を苛めている時のようにめっちゃ嬉しそうだ。いや、苛めた事がないから分からないけど。でもそんな感じの悪どさで嬉々としている。


 俺の両乳首を抓む山田京香。あまりの快感に俺は「ひゃんっ!?」と喘ぎ声を上げた。それを見て恍惚とした表情を浮かべる山田京香。頬か紅潮しているところを察するにかなりの性的興奮を覚えていると思われる。そしてそれを見た俺も性的興奮を覚えたようで、不服且つ不覚にも息子が元気になり始める。


「ん、何か硬いものがお尻に……」


 硬いものこと俺の息子に手を伸ばす山田京香。で、その硬いものの正体に気付くとまた妖艶な笑みを浮かべながら「ウフフッ」と笑う。


「んもう、興奮し過ぎよ」


 ーーも、もうらめぇぇぇ!!


 欲求が爆発するから、というわけでなく貞操が奪われる事に対し強い危機感を覚える。


 ーーあっ、でもこれは童貞を卒業するチャンスかもしれない……って!山田京香の趣味は死姦なんだぞ!卒業イコール死だから卒業したくねえわ!!


「ウフフフフッ!」


 ーーだ、誰か助けてくれぇぇぇ!!


 この際、誰でも構わない。とにかく助けて欲しい。しかし未だに声を出す事が出来ないので、どうしても助けを呼ぶ事が出来ない。


 それならと暴れてみるが、先程同様、魚のようにビクンビクンと動く事しか出来ない。


 そして俺は観念するのであった。


 全身の力を抜いて目を閉じる。


「あら、もう抵抗しないの?」

「…………」


 一言文句を言いたいところだが、それが叶わないから無言を貫く事にする。


「つまんないの」

「…………」

「そうだ、あんまりにもつまんないからあんたを殺した後にあのロリを殺そうかしら」

「……っ!?」


 ーーんな事させられない!!


「ついでにあなたの妹も殺してあげる」


 山田京香の言葉で俺の脳内にキラが映された。彼女は俺の右腕に抱き付きながら幸福そうな表情を浮かべている。そして彼女は言う。


『お兄ちゃん大好き!』


 キラは大事な妹だ。それでいて俺の彼女でもある。かなりのヤンデレで鬱陶しいが俺はそんなキラを愛している。だから当然ーー


「それは……ゆる……さない……」


 大いに抵抗させてもらう。


 渾身の力で両手を上げ、山田京香を退かすべく彼女の両肩を掴む。


「おっ!やっと抵抗再開だね!」


 山田京香に軽々と両手を払われた。


 それならと彼女の背に両腕を回し、身を左によじって体勢を入れ替える。


「きゃっ!?」


 これに関しては成功した。


 そのまま山田京香の両肩を押さえ付け、全体重を掛けて彼女が動けないようにする。


「形勢逆転になっちゃったようね」

「その……よう……だな……」


 未だ体は痺れているものの、何とか体勢を入れ替える事が出来た。後は助けを呼べば万事解決である。しかしーー


「あぐっ!?」


 そうする前に右の脇腹にチクリとした痛みを覚える。それから三秒も経たないうちに麻痺毒が全身に回った。


 ーーマジ……かよ……


 ゆっくりと山田京香に体を預ける形で崩れる。


「フフッ、残念でした」


 ーーくそっ……指一本動かせねえ……


「可愛い」


 俺の頭を抱え、それを自分の胸に埋めさせて山田京香はさも愛おしそうに後頭部を撫でる。


 ーーあっ、柑橘系の良い匂いがする……それに柔らかくて暖かい……まるで母親の愛に包まれているかのようだ……って、何を考えているんだ俺は!そんな事より現状をどうにかしろよ!!


 そうは思うがどうしても体が動かない。


 もう何がなんだか分からなくなってきた。


 ーーまあ、良いか……


 全身が麻痺しているせいで考える気力が無くなった。


 目の前が白く霞んでゆく。頭がボーッとする。完全に目が見えなくなったので瞼を閉じる。遠くで山田京香の狂気に満ちた笑い声が聞こえる。


 ーー碧乃……紫乃……ニャーちゃん……さようなら……親父……お袋……今までありがとう……こんな親不孝者でごめんなさい……そしてキラ……俺はお前の事がーー


 そこで俺は気を失った。


 で、気付けばお馴染みの真っ白な世界にいた。


『よう、久しぶりだな』


 正面で胡座をかきながら右手を上げて軽い挨拶をする顔の無い少年。


「……あぁ」


 あまりのフランクさに若干の憤りを覚えたが、取り敢えずこちらも右手を上げて挨拶を返す。


「で、俺は死んだのか?」

『いんや、ネタバレするけど君は死なないよ。今回はね』

「今回は……?」

『うん。今回は猫娘がギリギリの所で助けに入るから君は助かる』

「……そうか」


 ホッと安堵の息を吐き出す。が、ここで俺は疑問に思う。なのでその疑問を少年に訊ねる事にする。


「おい、今回はって事は次回は死ぬって事なのか?それにもしそうだとしたらどうしてその事を……いや、どうしてその未来の事を知っているんだ?」

『知りたいかい?』


 それに答えるように首を縦に振る。すると少年は腕組みして首を捻り、うむむぅ~、と唸った。そして首を元の位置に戻すと腕組みを解いて両手を肩の位置まで上げーー


『まあ、そんな事どうでも良いではないか!』


 と言い、はっはっはっ!と豪快に笑う。


 ーーうわぁー、イラッとするわぁー……殴っても良いかな?よし、良いんじゃないかな!


『待て、何故両手に拳を作って戦闘体制に入っているんだ……?』

「理由は分かっているんだろ?」

『分かりたくないな』


 そう言いながら立ち上がって二歩後退する少年。その少年を逃すまいと俺は二歩前進。更に一歩後退する少年。そして俺がまた一歩踏み出そうとしたところで彼は言う。


『待て、今はそれどころではない!』

「はあ?それどころだろ」

『違う!とにかく私の話を聞け!』

「……はぁ」


 ため息を吐き、地面にドカッと座る。


「で、話ってのは何だ?」

『じ、実は不測の事態が起きたんだ』


 そう言って少年も地面に座る。


「不足の事態……?」

『あぁ、しかもかなりマズい状況だ。このままではお前の大事な女共は全員大変な事になってしまうだろう』


 あまりにも洒落にならない話のすり替え方に憤りを覚えた。だが少年の声が震えている事に気付き、これは冗談なんかじゃないと悟る。


「……詳しく教えろ」


 少年は、俺の言葉に一度だけ頷くと話し始める。


『実はとある人物が天使達……いや、お前が大事にしている女共を堕天させようとしている事が分かったんだ』

「とある人物?」

『今はまだ言えない。けど信じて欲しい。でないと本当にお前の大事な人達が堕天してしまうんだ』


 ーー俄には信じがたいな。でもコイツのこの様子……


 少年は小刻みに身を震わせている。恐怖からなのか怒りからなのかは表情が読めないから分からないが、少年が何らかの感情を露にしている事だけは容易に分かる。


 ーー信じるしかなさそうだな。でもその前にーー


「天使達が堕天したら一体どうなるんだ?」

『性格が悪くなる』

「……は?」


 ーーコイツ何言ってるんだ?馬鹿なの?死ぬの……?いや待て、もしかしたら性格が悪くなって人を殺してしまうのかも……


 そう思っていると、少年は、自分の額に右手を当てて、まるで経験談であるかのようにこう言うのであった。


『性格の悪い女は面倒くさいぞ……』

「そ、そうか」


 ーー良くは分からないが『ご愁傷さまです』としか言いようがないな。いや、実際は言わないんだけど。


『ま、まあ、今はそんな事どうでも良い。とにかく危険だから周りには気を付けろ。特に天使達の周りは警戒しておけよ?そして早々に自分のやるべき事を完遂させろ。話はその後だ。ではさらばーー』

「ちょっ!?最後まで説明しーーっ!」


 気付けば俺はベッドの上で仰向けになっていた。


 現状を把握するべく両手の指に力を入れてみるーー簡単に間接を曲げる事が出来た。


 上体を起こせるか試してみるーー普段通りに起き上がれた。


 目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませて全身に意識を集中させるーー痺れはどこにもない。


 消毒液の臭いがする。外から野球部員達の掛け声が聞こえる。吹奏楽部が演奏している音が聞こえる。この三つを考えるに、ここは学園の敷地内らしい。更に言えば保健室と思われる。


 ーー何故こんな所に……?


 俺は先程まで山田京香に殺されそうになっていた。そこは何となく覚えている。だがそれから後の事が記憶に無い。


 ーーそうだ、山田京香はどこ行った?


 右側のカーテンをゆっくり開けて周りを確認するが誰も居ない。気配すら感じない。


 ーー帰ったのか?


 太陽が地平線に沈みかけているから今は夕方だ。言い方を変えればもう放課後。部活をしている生徒以外は下校する時間である。それに山田京香は編入してきたばかりだから当然帰宅部。なのでもう帰ったと見た方が良いだろう。


 ここでやっと安堵の息を吐きながら胸を撫で下ろす。


「そっか、生きてたか……っ」


 呟いた直後、保健室のドアがガラガラと開く音が聞こえる。


 カーテンのせいで相手を確認する事が出来ない。


 ーーまさか山田京香が戻って来たんじゃ……


 急いでベッドを出て上履きを履き、立ち上がり、両手を構えて戦闘体勢に入る。


 足音がどんどん近付いて来る。


 緊張から大量の汗が吹き出始めた。


 更に近付く。


 心臓がバクバクと早鐘を打ち、僅かばかりの痛みを覚える。


 ーーよ、よし。姿が見えた瞬間、取り敢えず相手を押し倒そう!


 もし相手が見知らぬ女性だったら大変な事になるだろう。そして確実に変態の称号を与えられてしまうはずだ。しかし自分の命と秤に掛けると圧倒的に命が勝つ。だからこの際仕方ない。とにかく押し倒させてもらう。そして反撃だ。だが問題はあの麻痺毒。あれをどうにかしないとまた同じ目に遭う。


 相手の姿が見えた。


 その瞬間ーー


「ええい、ままよ!!」


 俺はこれ以上考えるのを止め、相手に飛びかかる。


 相手の全身が完全に視界に映った。


 俺は後悔する。理由はーー


「ニャッ!?」「うわっ!?」


 幸いなのか災いなのか相手がニャーちゃんだったからだ。


「いってぇー……大丈夫かニャーちゃーーっ!?」


 あー、何と言いますか、現在非常にマズい状況に陥っていると言いますか……とにかく俺の体勢はニャーちゃんを押し倒して、更に右手で彼女の胸を鷲掴んでいる形になっていた。


 ーーこれを誰かに見られたらきっと俺は変態扱いにされる。とにかく早々に退かねーー


「ーーば……あっ」


 あー、これまた何と言いますか、とにかく最悪な事に保健室のドアが開いていて、そこにキラが立っていた。彼女は口をあんぐり開けて固まっている。

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