第25話 転校生は女豹?

「で、あるからして~~」


 授業中、俺は考えていた。


 ーーあの転校生……山田京香と言ったか?アイツ異常過ぎるだろ。


 実際に言葉を交わしたわけではない。それに亮が話していた件の場所にいたわけでもない。だからこう思ってはいけないのだろうが、山田京香は異常だ。


 ーーでも好みの異性が俺っていうのは素直に嬉しいかな?可愛いし。


 山田京香の身長は百五十五センチぐらいで、絹のようにサラサラな濃茶色の髪はショートボブ。瞳はグレーで、目はぱっちり二重。睫毛は長く、唇は薄くて桜色。鼻は小ぶりで、体は細身で、肌は雪のように真っ白。しかも顔付きが整っているので、まるでお人形さん。そんな女の子に好かれる事ほど嬉しいものはない。


 ーーって、人は外見的じゃなくて中身だろうが!外見が良くても中身が最悪だったら嬉しくねぇっての!あっ、でも可愛いから性格はどうでも……良くねえよ。ダメだろ。あー、でもやっぱり可愛いは正義って言葉も……いやいや、それだとしても……うむむぅ……


 コロコロ変わる男心。俺ってばチョロ過ぎる。


 そんな情けない自分に気付いてハァー、と溜め息。


「……っ」


 背後から殺意の籠った鋭い視線を向けられているような気がする。


 ーー誰だ!?いったい誰の視線だ!?


 恐る恐る振り返って背後を確認してみると、その視線の主こと山田京香と目が合った。直後、彼女はニタァー、と口角を上げる。


 ーーこ、殺される!!


 本能的にそう思った。それと同時に背筋に寒気が走り全身が震え始める。


 錆び人形のようなぎこちない動きで正面に向き直る。


 ーー何故だ!?何故山田京香はこっちを見ているんだ!?それにあの殺気!あれは明らかに俺に向けられている!!


 頭を抱えてガクブルしながら理由を必死に考える。


「……っ!」


 そして先程亮が言っていた事を思い出す。


 ーーそうだ、あの女の好きなタイプは俺みたいなヤツだった!!となると早速俺はターゲットにされているって事……これはどうにかしないと!!


 そうは思うが十秒考えてもベストな方法が思い付かない。八方塞がりだ。


 ーーこのまま俺は殺されるの……っ!そうだ!!


 そしてやっと方法を思い付いた。その方法とはーー





















 一時限目終了と同時にニャーちゃんに声を掛けた。現在、屋上で彼女と向き合い、俺は真剣な表情で、ニャーちゃんはこちらを見据えて立っている。


「というわけで助けてくれ」

「はいニャ!」


 俺がSOSを出した相手は当然の如くニャーちゃんだ。彼女は俺が山田京香に狙われているから助けて欲しいとSOSを出すと笑みを浮かべながら秒を待たずしてそう言った。さすがボディーガードなだけはあって頼りになる。不覚にも惚れてしまいそうだ。


「では早速ぶっ倒してきます!」


 やっぱり今のは撤回させてもらう。喧嘩っ早さが厄介過ぎて惚れたくない。いや、そもそもニャーちゃんはロリだし。惚れたら犯罪者になるわ。


 S級危険生物であるロリにゃんこの右手を左手で掴んで彼女を止める。


「ちょーっと待て!暴力で物事を解決させようとするな!」

「どうしてですかニャ?」


 さも不思議そうに首を傾げながらそう訊ねるニャーちゃん。どうやら自分がかなり危うい事をしようとしていることに気付いていないらしい。それなら教えてやるとしよう。


「いいか、ニャーちゃん。時に暴力とは思いもよらぬ事態を招くことがあるんだ。例えば逆恨みからくる殺人とかな」

「なら殺られる前に殺るニャ!」

「…………」


 --救いようの無いお馬鹿さんだなぁー……


「な、何で可哀想な人を見るような目をニャーに向けているのニャ……?」


 --いや、お前は本当に可哀想な人だぞ、とは言わないでおこう、うん。そして代わりにこう言っておくか。


「こうしよう。もし山田京香が俺に接近して来たらその時は物理的に間に入ってくれ」

「はいニャ!ですが……」

「ん、どうした?」

「いえ、何でもありません」


 心配げな表情を浮かべたかと思えばすぐに八重歯を見せながら笑みを浮かべるニャーちゃん。そんな彼女を怪訝に思う。だが彼女には彼女なりの考えがあるのだろうし、話したくない事なのだろうと思ったので俺は「……そうか」とだけ返す事にした。


 二時限目開始のチャイムが鳴る。


「急いで戻るぞ。でないと山田京香に殺される前に国語の天笠に殺される」


 国語を担当している天笠女史はとても怖い人だ。少しでも彼女を怒らせると減点の対象となってしまう。だから早々に教室に戻らないと正直マズい。


 というわけで屋上を後にする、と行きたいところだったがーー


「えっ!?嘘っ!?」


 屋上のドアのノブを回そうとしても僅かばかりも回らなかった。どうやら何者かが鍵を閉めてしまったかドアが壊れてしまっているらしい。


「どうしましたニャ?」

「ドアに鍵が掛かってるかドアが壊れてるみたいだ。ノブがびくともしない」

「ノブが……」


 顎に右手の人差し指と親指を付け、眉間に皺を寄せながら何かを考え始めるニャーちゃん。そして五秒が経ったところで指を離し、深刻そうな顔でこちらを見る。


「ど、どうした?」


 何か嫌な予感を覚える。こう、破壊的な意味で。


 そしてニャーちゃんは言う。


「早速仕掛けて来ましたね」

「いやいや、これは違うだろ。普通仕掛けるならもっと過激にだと思うぞ」

「はたしてそうでしょうか?」

「というと?」

「良いですか、ご主人様ーー」


 そう言ってニャーちゃんは右手の人差し指を立てるとこう続ける。


「ーー世の中には精神攻撃というものがあります。もしこのドアの件がそれだとしたら?そして憤りで注意散漫にさせる罠だったとしたら?」

「それは大変だな」


 だが、どうしてもそれを狙った罠だとは思えない。


 そもそもの話、憤りを狙った罠ならもっと狡猾な手を使うはずだ。それも命に関わるような手を。それなのにこんな幼稚な手を使うのはお馬鹿としか言いようがない。山田京香の知能がどれ程のものなのかは知らないが、高校生がこんなアホらしい手を使うわけがない。というわけで犯人が山田京香である可能性は皆無だ。更に言うと、ドアノブが壊れている可能性が高い。というかそう決め付けた方が良いだろう。


「だがな、ニャーちゃん。警戒するのは良いがそれは飛躍し過ぎだ。考えてもみろ。こんな幼稚な罠で怒る人なんてなかなか居ないぞ。居るとしたら馬鹿だけだ」

「それはそうかもしれませんが……」


 どうしても俺の考えに同意出来ないのか、ニャーちゃんは未だに渋る。


「とにかく!今はこのドアをどうするかを考えるぞ」

「……はい」


 俺達が屋上を後に出来たのは、それから二時間後の事だった。


 天笠女史だけじゃなく他の教科の先生にも怒られたのは言うまでもない。 












 それから昼休みになった。


 事件が起きたのはその時である。

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