第17話 アイツ、捕まえて――
「えー、じゃあ今日の授業はこれにて終了だ。みんな寄り道しないで帰るんだぞー。それと最近出没してる痴漢には気を付けるように」
「「「はーい!」」」
俺達が元気に返事すると、担任教師は教室を出て行った。
「なあ龍、これからファミレス行って宿題しねえか?」
「拒否。面倒くさいから一人でやれ」
「そんな事言わずにさ。何でも好きなもの奢ってやるから」
「………分かった。丁度サイコロステーキが食べたいと思っていたところだ」
それを聞いて亮はよし!とガッツポーズする。きっと今日の宿題で分からないところが沢山あるのだろう。
亮の脳は極端だから得意科目では九十点以上を取るが、不得意な科目では赤点を取る事が多い。今日の宿題は特に不得意としている科目ばかりなので、俺が助けてやらないと本日中に彼が宿題を終わらせる事は不可能だろう。
自分のものは自分でやれよ、と言いところだが俺も同じ内容の宿題をしないといけないので、ここはついでとして一緒に勉強してやるとするか。それにサイコロステーキも食べれるしな。
「じゃあ行こうぜ!」
「おう!」
碧乃と紫乃は夕日が沈んだ直後の時間帯に帰路に就いていた。
「明日こそは告白するのよ?」
「でもフラれるのは怖いよ……」
「それは分かるけどさあ……」
誰でも失恋するのは怖い。だが何もしないと恋は進展しない。
「分かった!じゃあわたしがフォローするわ!」
「フォロー……?」
「そ、わたしが龍をムードのある場所に誘導するから、紫乃はそこで告白しなさい!」
カップルの溜まり場みたいな所に連れて行けば、きっと龍は恋人が欲しくなるはず。そこへ紫乃が現れて本気の告白をする。そして龍がそれを承諾すれば二人は晴れて恋人同士だ。
浅はかだがこれがベストな方法だろう、と碧乃は思った。
しかし一方の紫乃は、それで告白が成功するわけがないと思い、複雑な気持ちになる。だがせっかく碧乃が頑張ってくれるんだから、こちらは精一杯告白するしかない。
「分かった。私、頑張る」
紫乃は自分を鼓舞するように大きく頷く。
「その意気よ!取り敢えず『明日大事な話があるから放課後教室で待ってろ』と……」
碧乃はポケットからスマホを取り出し、メールのアイコンを押すと、その内容の文章を龍に送った。
「ちょっ!?お姉ちゃん!?行動が早いよ!」
「やると決めたら即行動よ!」
「でも即過ぎる……」
二人がそんなやり取りをしていると、正面からキャップを深く被った男が現れた。その男はキョロキョロと辺りを見回しながらこちらへ近付いて来ると、すれ違いざまに紫乃の左胸を鷲掴み、一揉みして、脱兎の如く速さで逃げる。
「…………キャーーー!!」
紫乃は目に涙を浮かべながら悲鳴を上げる。
「アイツは痴漢です!!誰か捕まえてください!!」
通行人達がこちらを見た後、辺りを見回す。しかし時既に遅し、逃げ去った後の痴漢を捕まえる事は出来なかったーー
「ん?なんかパトカーが数台停まってるな。事件でもあったんか?」
ファミレスから出て家に帰る途中、亮は密集する人々を見付けて訊ねる。
「俺に訊くな。知ってるわけねえだろ」
「だよな、ちょっと訊いて来るわ」
そう言うと亮は人混みの中に入って行った。そして数十秒してこちらに戻って来る。
「何だって?」
「女子高生が痴漢に胸を触られたんだって。可哀想に……」
「犯人……本当にお前じゃないんだよな?」
「当たり前だろうが!!」
――おっ、いつもはボケに徹している亮に本気で突っ込まれた。にしても女子高生がか……まあ、俺には関係のない事だからどうでも良いんだけど。でも俺の知り合いが被害に遭っていたら確実に犯人を殺すな。俺が殺人犯にならないよう、どうか知り合いが被害者じゃありませんように。
「紫乃は!?紫乃は大丈夫なんですか!?」
あの事件の後、碧乃は警察に長い事情聴取を受け、それがやっと終わると紫乃が運ばれた病院へと駆けつけた。
一応、病院に運ばれる前の紫乃を見た限りでは、彼女が怪我をしている様子はなかった。だがもしかして本当は大怪我をしていたのでは?と思うと気が気ではない。
「大丈夫ですよ。妹さんに異常はありません。ただ……相当ショックを受けたらしく、ずっと泣いています」
「そうですか……」
碧乃はホッと息を吐く。もし紫乃の体に何かあったら、きっと碧乃は自分を責めていただろう。自分には力があるのに何故紫乃を守る事が出来なかったのか、と……
「妹さんに会いますか?」
「はい」
診察室に入る医師に続く。
「ううっ……うっ……」
中に入ると、大粒の涙を流している紫乃が目に映った。
「紫乃!!」
碧乃は急いで紫乃に駆け寄る。
「お姉ちゃん……」
「もう大丈夫よ!お姉ちゃんと帰ろう?」
「………うん」
紫乃は涙目で頷く。
――紫乃をこんな目に遭わせたヤツは絶対に許さない。アイツ、捕まえて殺してやる。
走り去る犯人の後ろ姿を思い出しながら、碧乃はそう強く決意するのであった。
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