第16話 王子様、問題発言をする
「なあ、龍」
授業中、亮が後ろから俺の肩を叩く。
「何だ?」
「お前、あの話聞いたか?」
「あの話?」
「痴漢が現れた話だよ」
きっと亮は今朝俺がネットで見たあのニュースの話をしているのだろう。
「知ってる。犯人はお前なんだろ?早く自主しろ」
亮は変態だから、痴漢の正体が彼である可能性は非常に高い。だがあくまで友達なので彼を信じたい。しかしもしもの事があるかもしれない。だから念のため自首を勧めておく。
「お前どんだけ俺をヤバいヤツだと思ってるんだよ。犯人は俺じゃないから」
「それは良かった」
もし犯人だったら苦渋の決断で警察に通報していたかもしれない。そして俺はテレビの記者にインタビューされた時、『いつかはやると思っていました』と答える、と。
「話を戻すけど、俺達でその犯人を捕まえないか?」
「はあ?バカじゃねえの」
犯人もバカじゃない。きっと刃物ぐらいは持っているだろう。そんなヤツを捕まえるだって?愚の骨頂だ。コイツは本物のバカだ。
「まあ、聞けよ。実はあの犯人を捕まえたら報酬として二十万もらえるんだ」
「っ!?」
「どうだ?興味深いだろ?」
丁度、最新のゲーム機が欲しいと思っていたところだ。これはチャンスかもしれない。
「確かに興味深いな」
「だろ、じゃあ――」
「でもやらん。何でたった二十万のお金の為に命を賭けないといけないんだよ」
ゲーム機が買えなくなるのは悔やまれるけど、重大な何かがあってからでは遅いので諦めるしかない。
「ちっ、釣れねえなあ。でもまあ、それもそうだよな。俺も諦めうべっ!?」
「…………諦めうべ?」
亮の額に何かが衝突し、彼は椅子ごと後ろに倒れる。その際、床に後頭部を強打してあまりに痛かったのか、彼は後頭部を押さえ、奇声を上げながら転げ回った。
亮の額に白い粉が付いている。これは明らかにチョークの粉だ。という事は亮はチョークを投げられて後ろに倒れたのか……どんな威力だよ。
「宮平、お前もくらうか?」
視線を亮から教卓に戻すと、女性教師が笑みを浮かべてこちらを見ていた。しかし表情とは裏腹に、その教師の額にはぶっとい血管が浮かんでいる。ここで『お願いします!』なんて言ったらきっと俺は死ぬだろう。ならここはこう返すしかない。
「いや、俺マゾじゃないので遠慮します」
「ならちゃんと授業は受けような?」
「はい」
何となく亮を見ると、恍惚とした表情を浮かべていた。
――そういやコイツ、ドMだったんだっけ。
一瞬、亮が可愛そうと思った自分がバカらしいと思う俺であった。
昼休み、ご飯を食べながら亮と昨日の夜ドラについて話をしていた。
「でさあ、彼がこう言うんだよ。『おっぱいがいっぱい』ってな。どうだ?ウケるだろ?」
「いいや、別に」
――確かあのドラマは下ネタ満載なんだっけ。気になるから一回観てみようかな?でも亮のおすすめだからなあ……どうせくだらないものだろうし。
「お前、このセリフがどんだけ面白いか分かってないな」
「いや、その前に分かりたくないし」
「酷え!?」
と、ここで俺の幼馴染である碧乃と紫乃が教室に入って来た。そして俺の前まで来ると、無言で俺の隣にあった机と亮の隣にある机をくっ付けて、昼食を食べ始める。
「「「「…………」」」」
――き、気まずい。何で俺達の隣に座ってご飯を食べているんだコイツらは……てか何か喋れよ!!
「おい、龍!何か喋れよ!」
亮が俺の耳元で困ったように言う。
「イヤだよ!何で俺がそんな面倒くさい事しないといけないんだよ!」
「出来るのがお前しかいないからだろうが!良いから早く話しかけろよ!」
――仕方ない、このままじゃ何か気持ち悪いからな。
「なあ、何で隣に座っているんだ?」
「あんたと一緒にご飯を食べたくなったからよ。ね!紫乃?」
「う、うん」
――15分前――
「ほら、龍のところに行くわよ」
「でも恥ずかしいよぉ……」
碧乃は紫乃の腕を掴み、強引に彼女を隣にある龍の教室に連れて行こうとしていた。しかし紫乃は奥手で恥ずかしがり屋なので必死に抵抗している。
「龍の事が好きなんでしょ?龍と付き合いたいんでしょ?なら積極的に行かないとただの幼馴染になっちゃうわよ!」
紫乃は龍の事を異性として好いている。碧乃はそれを知っているから、二人をくっ付けようとお節介を焼いていた。
「それにまたあんな事になったらどうするの?」
碧乃の言うあんな事とは、龍と内藤聖夜が付き合ってしまった事だ。あれはあまりにも衝撃的だったので二人は絶望に陥るところだった。
一応、龍には内藤聖夜と付き合う前から、ホモ疑惑が掛かっていたので、彼が正真正銘のゲイだと判明しても大丈夫なよう心構えはしていた。しかし本当にそうだったと知った時はどれだけショックを受けた事か。龍の事が好きな紫乃は碧乃以上に落ち込んだだろう。
それで、龍が内藤聖夜と別れたと聞いた瞬間、碧乃はうかうかしていたらまた龍が誰かと付き合ってしまうと判断し、現在紫乃に猛アタックさせている。させているのだが……
「でもなんて話せば良いか分からないよぉー……」
紫乃がへたれ過ぎる。
「あんたは幼馴染なのよ!話題なんていくらでも思い浮かぶでしょ!」
「でもでも……」
「あー、もう!」
碧乃は馬鹿力で紫乃を抱え上げた。そして彼女を龍のクラスの前まで連れて来ると、入口の前で下ろす。
「絶対に逃げるなよ。これはお姉ちゃん命令だ」
「………分かった」
「何で俺と一緒になんだよ?」
「幼馴染だからよ」
「いや、それ理由になってないから」
「そうかしら?それより聞いてよ。最近、紫乃がピアノを始めたのよ」
「へー」
紫乃は小さい頃から手先が器用で頑張り屋さんだったから、猛練習すればコンクールでの入賞も可能だろう。これは
「頑張れよ!応援するからさ!」
紫乃の頭にポンポンと手を置く。
「はう……」
「ん、どうした?顔が赤いぞ?」
――紫乃が俯いて顔を真っ赤にしているのだが、いったいどうしたのだろうか……もしかして!?
「風邪でも引いたのか!?」
「死ね」
「死ねばいいのに」
「何故!?」
ジト目で俺に文句を言う碧乃と亮に、本気でツッコミを入れながら、理由を訊ねる。
「宮平君、本当に死んだ方が良いよ」
「で、何故ここでお前が会話に混ざるんだ」
背後から聞こえたから声の主の顔は見ていない。しかし声で分かった。この声は内藤のものだ。
「いやぁー、四人共楽しそうに話ししていたからさあ。僕も混ざりたいな、と思ってね!」
――さいですか。
「それで、何の話をしていたんだい?」
「お前にだけは教えない」
「えー、良いじゃないか。キスまでした仲だろ?」
「…………」
――コイツ、なんつー爆弾発言しちゃってんの!?てかもう俺の事吹っ切れたのかよ!俺は未だに気まずいってのに!!
「僕、気付いたんだ」
「何に?」
「付き合うのが許されないのなら、交際というプロセスを無視して結婚すれば良いってね!!」
「「「っ!!?」」」
俺以外の奴らが絶句する。
――まあ、確かにそれは一理あ……ねえよ。付き合うのが許されないなら普通は結婚もダメだろ。
「――っ」
亮と碧乃は牙を剥き出しにし、威嚇しながらこちらを睨んで、紫乃は何故か泣きそうな顔をしている。
――あー、多分、今日で俺の人生は幕を下ろすな。
「じゃ、僕はこれから用事があるから」
「ちょっ!待て!!」
「はっはっはっはっ!」
内藤は言いたい事だけ言うと、笑い声を上げながら去って行った。
――アイツいつか殺す!!
「「「「…………」」」」
場が静まり帰る。さっきもそれなりに気まずかったが、内藤のせいで更に気まずくなった。
「「死ね!」」
「だから何故!?」
俺のヤンキー幼馴染と変態ヘタレは今にも食って掛かりそうな顔で俺を罵倒する。
俺がいったい何をしたって言うんだ。ただ内藤に問題発言をされただけじゃないか。しかし逆の立場になったら俺も彼らのようになるんだろうなあ……と思い、俺はため息を吐くのであった。
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