第13話 僕は真剣だ!!
俺は学園祭の準備が終わったら、内藤に付き合う事になっていた。まあ、別に普通に付き合うならどうでも良い。寧ろ『どうぞどうぞ!』って感じだ。しかしそれにも限度というものがあるだろう。で、俺が今内藤と一緒にいる場所というのは──
「何故俺は女性用水着の店にいるんだ……」
そう、内藤が明日着る女性用水着を自分の為に買いたいと言うので、この店に来ている。
この店には沢山の水着がある。スクール水着、競泳用水着、そしてビキニ……俺の見る限りでは、主にこの3種類が商品として出されている。
ストライプが入っていて格好良いのとか、これ大丈夫か?と思うぐらい生地が際どいのとか、貝殻で出来ているものとかもあって、見てて楽しい──てか何故に貝殻!?こんなの誰が買うんだよ!?グラビアか!?グラビア関係の人が買うのか!?
まあ、そんな事はどうでも良い。一応、楽しい。楽しいのだが……
「見て、あの人変質者じゃない?」
「うわぁー、なんかビキニをエロい目で見てるよ」
「そのまま食べちゃったりして」
楽しいのだが、居心地が悪すぎる。つーか食べねえよ!!
「…………」
――どうしよう、この店から出るか?でも内藤にこの試着室の前から動くなって言われてるからなあ……よし、敢えて逃げよう!!
そう思った瞬間、試着室のシャッターが開いた。
「どうだ宮平君!」
「っ!?」
内藤の今着ている水着、めっちゃ際どい。確かマイクロビキニって名前だったか?多分、それの上級者向けかと思うぐらい布の面積が少ない。
――何と答えれば良いのだろうか……
「一応、大人っぽく黒にしてみたのだが、似合ってるか?」
いつも堂々としている内藤らしい大胆さだがこれはマズい。コイツはこの格好でみんなの前に出るつもりなのだろうか?これを見られたら確実に女だとバレるぞ。だが似合っているから、取り敢えず褒めておくとしよう。
「ああ、お前らしいよ。そして普通の男なら確実に前かがみになるな」
「君はしないのかい?」
「いや、俺はいつもエロに苛まれているから……」
俺は毎日キラの猛アタックとセクハラに堪えている。今朝なんか特に酷かった。起きたら実の妹が全裸で俺に跨っていたんだぜ?そんな際どいセクハラを毎日受けている俺が、これしきのエロで興奮するわけがない。
「……そうか」
内藤は俺が勃起するのを期待していたのか、シュンと項垂れる。もし内藤が耳の長い動物なら今頃耳が垂れているだろう。
「だが僕は負けないぞ!!今度はもっと際どいものを着て君を前屈みにさせてみせる!!」
「いや、そんな頑張りとかいいか──っ!?」
なんか周りから俺を軽蔑するような声が聞こえるんだが気のせいだろうか……
「奥様、あの男彼女に前屈みって言わせましたよ【前屈み】って!」
「変態よ!きっと人前で羞恥プレイを楽しんでいるのですわ!」
「不潔、アイツ死ねば良いのに」
「ウホッ、いい男!」
うわぁー、気のせいじゃねえ──てか最後の何っ!?
「お、俺は他の店回るからお前は適当に選んでおけ」
「拒否する!!もしここから逃げようとしたら『あの人痴漢よ!捕まえてぇー!!』と叫ぶ!!」
「お前最低だなあ!?」
「恋とは時に狡猾なものなのだよ!」
内藤は自信満々にフッと笑う。今のコイツ程ぶん殴りたいと思うものはない。それが例え女だったとしてもだ。てかマジで殴ろうかな?いや、でも女を殴るのは良くない。ここは我慢するとしよう。
「分かった、じゃあ早くしろ」
「おうよ!」
元気よく返事すると内藤は更衣室のシャッターを閉めた。それを見て俺はため息を吐く。
「いやぁー、ありがとう宮平君!君のおかげでなかなか良いビキニが買えたよ!」
「そりゃ良かったな……」
疲労に肩を落としながら、死にそうな顔で言う。
あれから何着か内藤が試着したのだが、俺に似合っているか訊く度に問題発言を大声で言っていたから、かなり居心地が悪かった。正直、本気で帰ろうと思ったぐらいだ。しかし逃げたら大声で叫ぶなんて言われたら逃げるわけにはいかない。というわけで、彼女が楽しんでいる一方で俺は地獄を見ていた。それを考えると死にそうな顔になるのは当然だ。
「何でそんなにテンションが低いんだい?」
「誰のせいだと思っているんだ!?お前のせいだよお前の!!」
「………?」
内藤は、コイツ何言ってんの?と言いたげに首を傾げる。マジで殴ろうかな?
「あっ、アイスだー!」
内藤はアイス専門店を見付けると、そこに颯爽と駆けて行った。
「そして自由だなあ!!」
取り敢えず内藤にはアイスを奢らせて、現在フードコートにあるベンチに座ってそれを食べている。
「まあまあ、そう怒らないでよ!」
「黙れ」
「トリプル買ってあげたじゃないか!」
「知らん」
「あう……」
内藤はまるで雨に濡れた猫のような顔でガックシと項垂れる。
思ったのだが、いつも堂々としているコイツが、俺の前でだけこうも落ち込むのを見ていると何と言うか……ゾクゾクする。もっとイジメたくなる。しかし言っとくけどこれは、小学生男子のように相手が好きだからイジメたくなるというものとは全くの別物だ。別にコイツの事なんか全然好きじゃない。寧ろ煩わしい。だが何故だろう……ゾクゾクする。
「ううっ……」
でもイジメすぎるのも悪いので構ってやるとしよう。目にうっすらと涙を浮かべる内藤を見て、そう思う。
「許してやるよ。でもお前とは絶対に水着買いに行かねえ」
それを聞いた内藤の顔が一瞬で明るくなる。
「このツンデレさんめ!」
人差し指で俺の額を突っつく内藤。やぱり許さない方が良いかもしれない。しかし一度許すと言ってしまったので今更退けない。
俺は一度決めた事は必ずそれに従う。それはもう未だにキラと付き合っている程に。でもムカつくからやっぱり殴ろうかな。
「ねえ、宮平君……」
右手に拳を作ろうとした瞬間、内藤の表情が真剣なものに変わる。
――いったいどうしたのだろうか?もしかして花摘みに行きたいのか?しかしそういう風にはみえないよな?ならなんだ?
「僕と結婚してくれないか?」
コイツはふざけているのだろうか?取り敢えずぶん殴ってやろうか?
「冗談は止めろ。あまり面白くないぞ」
「いいや、僕は本気だ。いつも本気で君を口説いているけど今回はいつも以上に真剣だよ。どうだい?結婚してくれるかい?」
――結婚か……キラと結婚するよりはまだマシだとは思うけど、俺はまだまだ遊びたい年頃だ。そう簡単に結婚を承諾するわけにはいかない。でも相手はブルジョアだから、幸せにはなれるんだろうなあ……と思う。
「まあ、そう答えを急ぐ事はない。だから学園祭が終わるまで待っておくよ」
内藤ははにかんだ。でもその表情はどことなく哀愁が含まれているように見える。
――これは真剣に考えないといけないな。
「分かった」
真面目な話だったので、何か空気が重くなっているような気がする。
そして俺達はアイスを食べてから帰る事にした。
「ただいまー、うっ……」
玄関のドアを開け、中に入ろうとしたらキラが般若のような顔で仁王立ちしていた。いや、というか般若のお面を着けて立っていた。
「お兄ちゃん、どういう事かな?」
きっと今朝のHRの時に俺が言ったあの話について訊いているのだろう。
――マズい、ここは無視して階段を登るか。
と思ったらキラに左手で右手を掴まれた。そして彼女は右手に隠し持っていた果物ナイフの先端をこちらに向ける。
「ま、待て!冗談にしては笑えない!」
「何で……何で!?何で何で何で何で何で!?何で浮気したの!?」
「お前はヤンデレか!!」
「そんな事より浮気よ。あたしという妻がいるのに何でそんな事をしたの?」
「いつ結婚したんだよ!?」
「産まれた時からよ!!」
――俺の妹ぱねぇ!てか逃げないと本当に殺される!!となると──
キラの手を振り払う。そして急いで部屋に入り、ドアを閉める。
「お兄ちゃん?ねえ、開けて」
――何か果物ナイフでドアを引っかく音が聞こえるのだが……怖ぇよ!!ホラー映画か!?これはホラー映画の撮影なのか!?もしそうなら監督、早くカットを入れてくれ!!
キラの声があまりにも怖くて、布団に潜り込み耳を塞ぐ。
「殺される殺される殺される殺される!!」
そして一時間後、やっと恐怖から解放された俺は気絶するように眠りに就くのであった。
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