第12話 野郎共が女性用水着!?

「よーし、今日も全員来ているなー」


 担任教師が出席を取り終えた。


 ――言うなら今がチャンスだ!!


「じゃあホームルームを始め──」


 担任教師がそこまで言ったところでビシッと右手を上げる。


「先生!その前にちょっと良いですか?」

「なんだ?どうした?」


 無言で立ち上がり、教卓に上がると深呼吸。


 ――ここからが勝負だ。頑張るのは俺の性分じゃないが、これは内藤に楽しい学園生活を送らせる為。負けるわけにはいかない。


「みんな聞いてくれ!学園祭の出し物、あれ女共はもちろんだが野郎共も女性用水着を着る事にしないか?」

「えー、野郎のビキニ姿とかキモくて見たくなーい」

「だよねー、キモーい」

「お前正気か?」


 ――やはりクラスメート達はこう来たか。これは説得に骨が折れそうだ。


「みんなよく考えてくれ!こういう行事は年に三回しかないんだぞ?面白くて思い出になる学園祭にしたいとは思わないのか?」


 ――これならどうだ?少しは考えを変えてくれると良いのだが……


「それはそうだけどさあ、でもキモいのは見たくないよねー」

「そうそう!」


 ――あー、マズい。不穏な空気が流れ始めた。


「ああん?俺らだって女共の水着姿なんてお断りだよ!な?みんな!」

「「「そうだそうだー!!」」」


 ――やっぱり喧嘩が始まっちゃったよ……てか野郎共!お前ら絶対に強がってるだろ!ぶっちゃけ女生徒の水着姿見たいと思ってるだろ!夜のネタにしたいと思ってるだろ!


「はあ?あたしらだって水着になるのはお断りよ!野郎にエロい目で見られたくないし!」

「「「そうよそうよー!!」」」


 ――あー、ヤベェ。このままだったら水着カフェ事態無くなってしまう。どうにかしないと……でもどうやってどうにかするんだ?………そうだ!


「お前ら!もし野郎共も女性用水着を着るって事になったら、内藤のビキニ姿を見れるぞ!」

「「「っ!?」」」

「よく考えてみろ!内藤は中性的且つ整った顔をしているから、きっと絶世の美女になる!あまりの美女さにみんな興奮するんじゃないか!?」


 ――さあ、これでどうだ!?


「………いや、それお前が見たいだけだろ。何てったって内藤の恋人なんだからな」

「待て、俺はそんなものになった覚えはないぞ!」

「でもみんな噂してるぞ。お前らは付き合っていて、既にセックスまで済ませているって。いや、それどころかもう結婚の約束までしてるって話だ。しかも両家公認で」

「んな事するわけねえだろ!!てか噂の発生源は誰だ!?」


 みんながコイツだと言わんばかりに亮を見る。視線を向けられた亮は、恥ずかしそうに頬を赤らめ、いやぁー、と言いながら後頭部に右腕を回した。


「…………」


 ――アイツ後でぶっ殺す……それよりもう諦めるしかないのか!?いや、これは内藤の為。まだ諦めるわけにはいかない……それなら!!


 俺は覚悟を決め、屈辱に堪えながら、ゆっくりと膝を折って土下座した。そんな俺を見てクラスメート達は驚愕の表情を浮かべる。


「頼む!このとおりだ!!」

「お前…………そこまでして恋人のビキニ姿が見たいのか!?」


 顔を引きつらせながら男生徒は訊ねる。


「ああ!そうだ!!」


 ――いや、マジで違うけど。でもここまで来たらなり振り構っていられない。


「どうしても見たい!!」

「も、もしかして内藤の女性用水着姿を見て、ハアハアするつもりか!?」

「ぬるい!!その日の放課後、女性用水着を着させてセックスするつもりだ!!」

「せ、聖夜様が汚れぅーー!!」

「俺の白濁液でアイツの全身を汚してやるよ!!」

「アイツ……狂ってやがる」

「そうだよ!俺は狂ってるよ!!それはもう内藤の菊門にしか興味が無いぐらいになあ!!」

「「「…………」」」


 ――………はっ!マズい、何言っちゃってんの俺!?これじゃあ俺が内藤にガチ惚れしてるみたいじゃないか!!つーか変態じゃん!!俺、モロ変態じゃん!!マジで何言ってるんだよ俺!!な、何とか訂正しないと!!


「はい!」


 沈黙の中、亮が手を上げる。


 さすが親友だ、俺をフォローする為に何か言うつもりなのだろう。だが人の不幸を見るのが大好きなアイツが、俺をフォローしてくれるとは思えないので、正直無視したい。しかしこのタイミングで俺がアイツを無視してしまったら、更に空気が悪くなるだろう。


「どうした?死ね」

「せっかくフォローしようとしたのに酷くね!?」

「すまん、つい本心を口にしてしまった。続けてくれ」


 亮は場を仕切り直す為、咳払いした。


「別に野郎全員が女性用水着を着る必要はなくね?」

「どういう意味だ?」

「いや、お前はただ内藤が女性用水着を着ている姿を見たいだけなんだろ?なら内藤だけ着ればいいじゃん」

「分かった。じゃあそれで行こう」


 俺の目的は、クラスメート達に、男の内藤が女性用水着を着る、という固定観念を植え付ける事だった。理由は、それさえ成功すれば、みんなが『あれ?内藤ってもしかして女?』と疑う事が無くなるからだ。


 人は固定観念を持ったら、それだけを信じようとする。それを利用すれば、内藤が女だとバレないようにするのはなんて事ない。まあ、内藤一人だけが女性用水着を着る事になってしまったのは計算外だが、内藤が気兼ねなく女性用水着を着れるようになったので、問題は万事解決したと言って良いだろう。


「でも俺は敢えてビキニを着けるけどなあ!!」


 ――亮がノリノリだぁー!!


 これは内藤だけじゃなく、男子も着る事になるやもしれぬ。


「見たくねえし」

「アイツ脛毛とか濃そうだよねー。キモッ!」

「死ねば良いのに」


 女生徒達の容赦ない言葉に亮は涙目になる──頑張れ亮!骨は拾ってやるからな!!


「そ、それより!俺以外の野郎共。お前らは着たいとは思わないのか?」

「いや、そりゃあ一度ぐらいは着てみたいけどさあ、買うお金が……なあ?」

「ああ、そうだよな」


 亮同様、男子共も興味はあるらしい。しかしそれを実行する難しさに諦めを感じているようだ。だが問題ない。


「大丈夫だ。それはこっちで用意する」


 内藤曰く、彼女の親父さんは娘に激甘らしい。なので内藤が『大量のビキニが欲しい』と言えば、すぐに用意してくれるだろう。


 ずるい手を使う事になるが、これは内藤の為。それに、内藤がトカゲの尻尾になってくれるだろうから、俺がやましい気持ちを抱く必要もない。もし何かあった時、責任を取るのは全部内藤だ。俺はやりたい放題すれば良い。

 

「でも男子全員が女性用水着を着たいって言ったら、その分準備しないといけないんだぞ?それは大丈夫なのか?」

「俺に任せろ!」


 ――まあ、準備するのは内藤なんだけど。


「かつらとかはどうするんだ?」

「俺に任せろ!」


 ――まあ、準備するのは内藤なんだけど。


「あっ、ムダ毛処理どうしよう……」


 ごりマッチョで毛深いクラスメートが、頬を赤らめながら呟く。あの毛の多さは一人では処理できない。だがしかぁーし!!


「それは自分でやれ!!」


 そこまで責任を取るつもりはない。というかあの剛毛には触りたくない。なんか蚊とか蠅とかの羽虫が絡まってそうだし。


「じゃあ野郎共!やりたい人だけで良いが、お前らも女性用水着を着る事でOKか!?」

「「「おうよー!!」」」


 よし、これで内藤が水着を着てもおかしくない状況は作れた。これで俺の役目は終わったと言って良いだろう。


 そして俺は絶対に着ない。てか恥ずかしくて着れるわけがない。だってそうだろう。もっこりするんだぜ。自分の珍のサイズバレちゃうじゃん。一応、俺のサイズは普通だと自負してはいるが、やはりもっこりは無理だろ。


「じゃ、後はみんなで仕上げをするぞー!!」

「「「おー!!」」」


 クラスメート達は一限目の授業の準備を開始する。


「お前らー、先生の事を無視するなー、と。まあ、こっちも授業の準備しに行くか」


 一方の担任教師はブツブツと呟きながら教室を出て行った。何か悪い事をしたような気がする。でもあの人意外とドライだから、そこまで気にはしてないだろう。


 ここで頬を赤らめた内藤が俺の正面に現れる。きっと先程の俺の問題発言を聞いて恥ずかしくなったのだろう。かく言う俺も恥ずかしかった。というか死にたくなった。


「な、なあ、宮平……」


 俯いているが、チラッチラッと上目遣いで俺を見る内藤。何か気まずい。


「ど、どうした?」

「今日の放課後……学園祭の準備が終わったら付き合って欲しいんだけど……」


 ――どうする俺?


 内藤は気まずい中、勇気を振り絞って言ったのかもしれない。もしそうなら断るわけにはいかない。だが──


「…………」


 ――男共にはニヤニヤと笑われ、女共には殺気の籠った鋭い視線を向けられているこの状況で俺は何と答えるべきだろうか?了承したら男共には更にニヤニヤされる。かと言って断ったらマジで女共に殺されそうだ……いや、でも勇気を振り絞って言ってくれたんだから、ここはこう答えるしかない。


「分かった」


 ふと、スマホが振動した。この振動はきっとメールを知らせる時のパターンだ。いったい誰だろうか?


【クラリス】


「…………」


メールを開く。


【お前を殺す】


「わおっ!」

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