第10話 珍が無くて牌がある……うん、気のせいだ

 あの後、保健室に行って取り敢えず内藤の怪我を見てもらった。先生曰く、完治するまでに一週間はかかるが、骨は折れていないらしい。

 そんで歩けないから保護者を呼んで車で迎えに来てもらおうか、という話になったのだが、『家が近いからその必要はない。気合で歩いて帰ります!』と内藤がとち狂った発言をしたので、それならせめてという事で俺が内藤をおぶって家まで送る事となった。


「お、重くないか?大丈夫か?」

「気にするな、もっと肉食べろと言いたくなるぐらい軽いぞ」


 ――そう言えば、内藤って意外と痩せ型なんだよなあ……今度焼き肉にでも連れて行ってやるか。あっ、でもキラにあのクソ高え指輪を買ってあげたから金欠だ……仕方ない、貯蓄を増やす為に今度バイトでもするか。


 俺の家は親父が医者で、おかんがデザイナーのお偉いさんだから、比較的金持ちだ。しかしだからと言って、親の脛齧すねかじりにはなりたくないので考えておくとしよう。


「でも僕、昨日甘い物食べちゃったから、いつもより10gぐらい重いよ?」

「それ、あんま変わんなくね?」

「変わるよ!同じ重量である10mlの水でアフリカの子供が何人救われると思っているんだ!?」

「その量じゃ絶対に救われないだろ!!」


 ――逆にそれだけしか飲めなかったストレスで気を病ますわ!!


「はうぅ~、恥ずかしいよぅ……」


 なんか、いつも堂々としているコイツが体重を気にしたり、恥ずかしがったりしている姿を見ると、かなりの違和感を覚えるな。別におぶっているだけなのに。


「あっ、そろそろ着くよ!」

「そうか」


 若干、腕が痺れて来てたから助かった。


「この家だよ!」


 内藤は自分の苗字と同じ表札が掛けられた家を指差す。


 彼の家の外観は、木造二階建ての一軒家で、だいたい造られて五十年ぐらいは経っているんじゃないかと思わせるぐらい古い。だが決してボロいわけではない。昔懐かしのお家という感じだ。


「お前ん家凄ぇな。歴史を感じる」

「でしょ?でも古いからあまり友達とかは呼びたくないんだ。だってバカにされちゃうでしょ?」

「そうか?」


 訊ねながら玄関前まで行き、内藤を背中から降ろす。


「うん、そうだよ……あっ!家まで送ってくれたお礼がしたいから上がってくれ!」

「えっ!?」

「イヤかな?」

「そういうわけじゃないけど……いいのか?」

「もちろんさ!さあさあ!上がって上がって!」

「お、おう」

「因みに僕の保護者、今日帰って来ないから!」


 そう言って内藤は頬を朱に染める。


「帰って良いか?」

「すまなかった」





「ここが僕の部屋だよ!」


 内藤の部屋は何と言うか……かなり殺風景だった。部屋に置かれている物が少ない。あるとしたら勉強机と、その上に置かれたパソコンと、箪笥と、本棚と、テレビのみ。それ以外は本当に何もない。


「お前の印象と真逆の部屋だな」

「えっ?どうして?」

「いや、俺が想像していたお前の部屋はもっと豪勢だった。例えば羽の生えた白馬がいたり、キスをしないと絶対に目覚めないお姫様がベッドで寝ていたり」

「君は僕をどんな人だと思っているんだい?」

「王子様!」


 日頃の行いがあれなんだ。誰でもそう思う。というか思わない方がおかしい。


「し、ショックだ…ショック過ぎる……もういい、風呂に入って気分を変える。というわけで適当に冷蔵庫開けてジュースでも飲んでいて」

「はあっ!?ちょっと待――」


 引き止める前に内藤は項垂れながら部屋を出て行った。マジかアイツ、てか他人の家の冷蔵庫を開けられるわけがないだろ。


 どうしよう、もう帰るか?いや、でもまだもてなされていないのに、帰るのは何か癪だ。取り敢えず戻って来るのを待つとしよう。


 そう思った瞬間、キャーーー!!という悲鳴が聞こえる。今の声はきっと内藤が出したものだろう。でも何故悲鳴を?


「…………っ!?」


 イヤな予感が脳裏を過る。


 今の悲鳴、もしかしたら何らかの事件に巻き込まれたのかもしれない。例えば泥棒と遭遇したとか。


 最近、ここらで空き巣の被害が出ているらしい。もし内藤がその泥棒と遭遇してしまって悲鳴を上げたのなら?


 アイツは今、足を怪我している。もし泥棒に襲われたらひとたまりもない。


 急いで内藤の悲鳴が聞こえた場所へ向かう。そして内藤がいるであろう部屋を見付けると、その部屋のドアを開ける。


「内藤!!大丈夫……か……」

「へっ?」


 内藤聖夜のプロフィール。

1.王子様

2.女好き

3.ゲイ

 そう、内藤イコール男だ。それなのに……


「何でチンコが無くて胸があるんだああああ!!?」

「き……」


 ――あっ、マズい。涙目の内藤の顔が次第に赤くなっていく。このままではあれが来るだろう。


「キャーーーー!!」


 ――やはり悲鳴が来た。


「…………」


 静かに風呂場のドアを閉める。そして何事もなかったかのように部屋に戻る。


 ――待て、今見たものは絶対に気のせいだ。アイツが女であるわけがない。だって女好きだぞ?そんなヤツが女……?ねえわ。


 脳内で先程の事を全力で否定していると、急に立ちくらみがしてフラッと体勢を崩す。しかし咄嗟に机に手を置いて、何とか倒れるのを防ぐ事が出来た。が、その拍子に机の上に置いてあったマウスが床に落ちる。


「ヤバッ、壊れてないよな?」


 パソコン関係の機材は何かと壊れやすいから、もしかしたらやらかしたかもしれない。


 マウスを拾い上げ、机の上に置く。


「……ん?」


 パソコンが起動していた。起動ボタンは一切押していないので、元々スリープ状態に入っていたのだろう。それでマウスが落ちた時、たまたまクリックボタンを押してしまったから起動したって感じか。


 何となくモニターを見ると、何かのページが表示されていた。


 ――これは人のパソコンだ。云わばプライバシーの塊である。なので絶対に見てはいけない。いけないけど……敢えて見る!!


 画面を一番上までスクロールさせて、どんなサイトを見ているのかを確認する。


「…………えっ?〇〇書房!?」


 本気で驚愕する。ここは俺が小説の作品を出しているサイトだ。ログインする時、毎回見ている名前なので間違いない。


「マジかよ……」


 まさかアイツも作品を出しているなんて事はないよな?


「いや、止めておくか。プライベートだしな」


 アイツがどんな作品を書いてるのか気になって仕方ないが、マイページに飛ぶのを諦め、画面を下にスクロールする。するとどこかで見た事のあるメッセージのやり取りが目に止まった。


 ライトという人がドラゴンという人に恋愛相談をしている。


【こんにちは、ライトです。もうお家にいますか?】

【はい、いますよ】


 ――ん?このやり取りどこかで……


【良かったです。早速で悪いのですが、わたしには好きな男性がいるんです。あっ、もちろんわたしは女ですよ?それで、彼を落とす方法が知りたいんです】


「おいおいおい、ウソだろ……」


【因みに好きな彼はどんな感じの人ですか?】

【可愛くて、真面目で、素直じゃなくて、堂々としていて、勉強が出来て、優しい人です】


「おいおいおいおい……マジでか!?」


【彼の趣味とかはありますか?】

【小説を書く事です。恋愛系ですね】


「…………」


 ――これ、俺とライトさんのやり取りだ!!でも何でコイツがこのページを開けているんだ!?コメントとかレビューなら誰でも内容を見れるが、メッセージは送った人と送られた人にしか見れないのだが……


「……っ!?」


 背後から鋭い殺気を感じる。


 錆びた機械みたいなぎこちない動作でゆっくりと振り返ると、内藤が笑顔でこちらを見ていた。しかし明らかに目が笑っていない。

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