第9話 王子様は強引

「はよーっす」


 クラスメート達に挨拶しながら自分の席に向かい、椅子に座る。


「おいーっす、龍!」

「おう、おはよう亮」


 亮とハイタッチ。


「いつもどおり朝から元気だな」

「まあ、バッテリーは満タンになってるからな!」

「はあ?」


 ――何を言っているんだコイツは?バッテリー?満タン?全くわけが分からん。


「あっ、もしかして龍のバッテリーは満タンじゃないのか?」

「お前、何語喋ってんの?」

「自家発電だよ!じ・か・は・つ・で・ん!!」


 ――なるほど、やっと理解した。コイツは朝から自慰行為をしたから元気なのだ。いや、でも普通は疲れて元気がなくなるだろ。それなのにバッテリーが満タンとか言ってるし。


「みんなおはよう!」


 内藤が教室に入って来た。彼はいつもどおり女生徒を気絶させながらこちらに近付いて来る。そして俺の正面まで来るとクッキーの入った袋を俺の机に置いて……


「べ、別にあんたの為に作ったんじゃないんだからね!たまたま昨日作ったのが余ったからついでよついで!つ、ついでだけどせっかく作ったんだから今食べなさいよ!」


 ――コイツ一体どうしたんだ?てか何故にツンデレ?


「あ、ありがとう」


 色々と突っ込みたいところだが、なんか面倒くさい事になりそうだから止めておく。


 袋を閉じているリボンを解き、クッキーを一口。


 ――甘すぎないし、サクサクしてる。それにこれは……ココアだな。


 俺はココアが好きだからそれ関係の食品にはかなりうるさい。なのではっきりと言わせてもらう……このクッキーはとても美味しい。


「ど、どうかな?お兄ちゃん」


 ――お兄ちゃん!?お前マジでどうした!?気持ち悪いぞ!!


「普通に美味いぞ。お前、意外と家庭的なんだな。正直驚いた」


 それを聞いて内藤は嬉々とした笑みを浮かべる。そして唐突に目を潤ませ、上目遣いになりこう言うのであった。


「じゃああたしと結婚してくれる?」

「しねえよ」


 即答した瞬間、涙目になる内藤。そして彼は──


「僕には君が分からない!!」


 ──と言い、泣き声を上げながら走り去ってしまった。


 直後、女子連中が一斉にこちらを睨む。


 ――理不尽だ。てか『君が分からない』と言いたいのはこっちだからな!


「はーい、じゃあ出席取るから席就けー」







 終礼が終わり、早速学園祭の準備をする事になった。現在、役割分担をする為の会議をしている。


「A班は看板でB班は内装、C班は小物を買いに行くという事で良いか?」

「「「はーい!!」」」


 俺の問いにクラスメート達は声を揃えて元気良く答える。


 前々から思っていたんだけど、うちのクラスってこういう時に限って団結力があるんだよなあ……多分、どのクラスよりも団結力があると思う。


「じゃあ早速作業開始だ!」


 ――さて、俺はB班だから内装を変える作業か。


「宮平!みんなでどんな内装にするか考えようぜ!」


 B班の密集地にいた同じ班のメンバーが俺を呼ぶ。


「ああ!すぐ行く!」


 ――それにしても、内藤のヤツあれから帰って来なかったな。もしかして俺のせいだろうか?いや、まさかな。でも、もしそうなら申し訳ないので謝罪しておくとしよう。


 ケータイを取り出し、アドレス帳を開いて内藤のアドレスを探す。


「……あっ」


 ――よく考えたら俺、アイツからアドレスを教えてもらっていないんだっけ。


「困ったな……ん?」


 メールが来てる。


「誰だ?」


 メールアイコンをタップ。


「……あっ」


 差出人は俺が執筆活動をしている小説サイトだった。


【メッセージが来ています】


 内容を開く。


【ライトです。今って時間ありますか?】


「…………」


【はい。大丈夫ですよ】


 以下、ライトさんとのやり取り。


【残念ながらツンデレ妹属性で攻めてみたら失敗しました──】


「はあっ!?」


 ――待て!俺は何もアドバイスしてないぞ!?ただ自分の好みのキャラを教えただけだぞ!?コイツ何してくれちゃってんの!?


【──あっ、そう言えばまだアドバイスは受けてませんよね?すみません、ドラゴンさんの好みなら、相手の好みでもあると思って勝手に暴走してしまいました】


 ――うむ、分かれば宜しい。


【それで、何か良いアドバイスを下さい!】


 ――うーん、どうするか……俺の見立てだとこの女はかなりのバカだ。俺の好み=相手の好みだと勘違いして失敗するぐらいだからな。


「……あっ」


 ――それならそのおバカキャラを猛プッシュしてみるのはどうだろうか?それプラスドジッ娘キャラもさせてみよう。男性はおバカキャラとドジッ娘キャラが大好きだ。よくテレビに出て来る女性有名人にそういうキャラが多いのはそれが原因である。それなら、そのキャラを演技してみたら相手は少なからず萌えるのでは?


「……よし」


【おバカでドジッ娘キャラを演じてみてはどうでしょうか?】

【ドラゴンさんはそういうキャラの女性は好きですか?】


 ――いや、全く好きじゃない。寧ろ見ているだけでイライラするし、ぶん殴りたくなる。でもここは──


【はい、大好きです】


「宮平ー!!」


 送信した数秒後、帰ったはずの内藤が、ゼー、ハー、と息を切らしながら教室に入って来た。そして俺の前まで来ると、深呼吸し、息を整えて……


「はう~、1+1が分からないよぉ~。宮平君教えてくれる?」


 バカみたいな質問をする。


「2だ」

「そっかぁ~、2かぁ~。ありがとね!キャッ!?」


 今度は何もないところで躓く。


 歩いていたり、走っている時に躓くのはまだ何となく分かるが、何故直立した状態から躓いたのだろうか?これ、力学的に不可能だぞ。


「はうぅ~、ごめんね。僕いつも何もないところで躓いちゃうんだ!」

「…………フンッ!!」


 内藤の腹部に渾身のボディーブロウをかます。すると──


「うごぅっ!?」


 内藤は意味不明な単語を発して腹を抱えて地面に膝を突いた。


「………らない…」


 何かを呟く内藤。しかしボディーブロウのダメージが残っているらしく、何を言っているか聞き取れない。


「すまん、もう一度言ってくれ」

「……僕には君が分からないぃー!!」


 内藤は涙を流しながら教室を出て行った。


 そしてお馴染みの複数の鋭い殺気が俺の全身に突き刺さる、と。


 ──帰りたいなあ……








 パソコンを立ち上げ、ネットを開き、小説サイトへ飛び、メッセージが来ているか確認。


【おバカでドジッ娘キャラも失敗しました……もう泣きそうです】


 ――いや、泣くなよ。でもそうか、失敗したのか。なら今度は何で攻めよう……ツンデレ妹もダメ、おバカドジッ娘もダメと来たら……今度は仕草で攻めるか?よし、そうしよう。


【今度はモテ仕草で相手を籠絡するとかはどうでしょうか?】

【モテ仕草ですか……例えばどんな仕草がモテますか?】


 ――マズい、ここら辺はどうすれば良いか全く分からない。さて、どうしたものか……あっ、ここはキラを参考にしよう。アイツはモテるしな。アイツの良くやる仕草は……いきなりキスしようとする、無理矢理胸を触らせる、何度も求婚する、ぐらいか。


【唐突なキス、強引に胸を触らせる、相手がドン引きするぐらいに求婚する、が良いかもです】


 いや、訂正する。これはモテ仕草じゃなくてただの痴女仕草だ。普通の人がこれをやったらモテるどころか嫌われる。最悪、警察沙汰になるだろう。


 取り敢えず今打ち込んだ文章は削除して――


「って!もう送信してる!?」


 ――ライトさんこれ絶対本気にするよ……いや、さすがのバカでもこれが明らかにおかしいことぐらいは分かるはずだ。大丈夫、きっと真に受けない。


【分かりました。明日やってみます!】


「真に受けたぁー!!」


 ――待て待て待て待て!は、早く訂正のメッセ送らないとライトさんが痴女になってしまう!


【あっ、今日はもう寝ますね!おやすみなさいzzz】


「………………オワタ」





 本日、学園祭の二日前。昨日かなりの時間と人員を使ったから、ある程度まとまって来た。しかし細かいところの準備がまだあるので忙しい。今、急ピッチで作業をしているところだ。


 ――それにしても、今日は内藤のヤツ一度も絡んで来なかったな。いつもはうざ絡みしてくるのにいったいどうしたのだろうか?


 と、思っていたら俺の背後に立っていた。


「み、宮平君!」

「なんだよ」


 取り敢えず内藤が変な行動に出たら堪ったもんじゃないので、金槌を持って立ち上がる。


「恥ずかしくない恥ずかしくない恥ずかしくない……」


 スー、ハー、と深呼吸する内藤。そして『よし!』と気合を入れると、俺の胸倉を掴み、引き寄せて……………………唇を重ねる。


 ――待て、何が起こっている?俺は今、内藤とキスをしているのか?えっ?なんで?てか同性に何しちゃってんのコイツ!?


 内藤の舌が口内に侵入する。その舌は俺の口内を蹂躙し始めた。激しいだけの簡単なキスでもテクニックが凄いようなキスでもなく、ぎこちない初々しいキス。きっと彼は一度もキスをした事がないのだろう。


 本気モードに入ってしまったのか、内藤の目がとろけ始める。このままだと俺の貞操が危ない。でももう、初めての相手がコイツでも良いかな……って!ダメだろ!


 内藤の両肩を掴み、思いっきり彼を突き飛ばす。


「え、えーっと、次は胸を触らせて求婚して……で、でも恥ずかしい事はもう出来ないぃ~。僕の精神がもたないよぉ~」

「おう、コラ内藤……何しくさってやがんだテメェは……?」

「でも頑張ろう!よし、頑張れ内藤聖夜!」


 コイツ、俺を無視しやがった。どうやら本気でぶち殺す必要がありそうだ。


「やっぱり無理ぃ~!宮平君のバカァ~~!!」

「殺す!!」


 内藤はここ数日でお馴染みになりつつある、逃走を開始した。今までどおりだったらスルーしていたが、今回ばかりは絶対に捕まえて殺す!今右手に持っている金槌で撲殺してやる!!


「待てやゴルァ!!」

「今の僕の顔を君に見られたくない!だから追いかけて来ないでくれ!」

「知るか!んなもん!!」

「頼むから帰ってくれ!!」

「拒否する!てか早く止まれ!じゃないと殺せない!!」

「じゃあ結婚してくれるかい!?」

「しねえよ!!」

「宮平君のいけず!!」

「黙れ!てか早く止まれって……言ってるだろうがっ!!」


 大きく振りかぶり、全力で金槌を投げる。


 内藤に吸い込まれるように放物線を描く金槌。


 そしてそれは内藤の後頭部に衝突し、その衝撃で内藤は正面にあった、下の階へ続く階段を転げ落ちた。


「あっ、やばっ……」


 ただ金槌が当たっただけなら良い。だが、階段から落ちるのは危険だ。もしかしたら死んだかもしれない。


「内藤!?大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄り、死んだようにぐったりしている内藤の肩を叩く。


「うーん…………はっ!」


 あっ、死んではいないようだ。良かった、危うく犯罪者になるところだった。


「大丈夫か?」

「最後に目に映ったのが君の姿で良かったよ……ああ、パトラッシュ…僕、もう眠いよ……」


 ――冗談のつもりなのだろうがたちが悪い。何回かぶん殴っても良いだろうか?いや、面倒だからスルーしよう。


「立てるか?」

「ああ、大丈夫――あぐっ!?」


 俺が差し出した右手を掴み、立ち上がろうとしたところで、内藤は苦痛に顔を歪ませ、右足首を押さえた。その右足首を見ると、僅かに腫れて内出血を起こしている。


「すまない、立てそうにない」


 ――仕方ない。


 しゃがんで内藤に背を向ける。


「ほら、保健室に連れてってやるから早く乗れ」

「えっ!?そ、そんな……申し訳ないよ!」

「いや、俺が金槌を投げたからこうなったんだ。せめてもの罪滅ぼしぐらいはさせろ」


 ――それに、何もしなかったら女子からの大顰蹙だいひんしゅくを買いそうだし。


「で、でも僕重いよ……?」

「大丈夫だ。俺、鍛えてるし」


 ――いつも腹筋、腕立て伏せ、スクワットを五十回の三セットやってるしな。


「じ、じゃあ……よろしく…」

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