第6話 俺が妹に結婚指輪を渡す!?
映画館で寝てしまった時に見た夢で思い出した。指輪を落としたのはここら辺のドブだ。それ以上細かいところは覚えていないが、とにかくこの辺りだった。
「あんた……覚えて……」
「あの時はすまない。今なら考えられるが、大人に頼めば絶対に取れた。そこまで考えが至らなかったせいでお前を悲しませて……本当にごめんなさい!!」
今の気持ちの分、深く頭を下げる。
「ま、待って!あれは指輪を落としたあたしが悪いのよ!?何であんたが謝るのよ!?」
「いいや、俺が悪い!お前は俺の大事な妹だ!だからいつもお前には笑っていて欲しかった!でも俺が指輪を諦めたせいでお前は泣いてしまった!!だから……悪いのは俺だ!!」
あの頃の俺にとってキラは、何よりも大切な存在だった。そんな大切な人にはずっと笑っていて欲しい。だから彼女の笑顔を守る為なら何でもしようと思っていた。だが………俺はそのキラの笑顔を守る事が出来なかった。更には、また買ってあげると言った指輪もあげていない。
「違う!あれはあたしが指輪を落とさなければ良かったの!悪いのはあんたじゃないわ!」
「それでも!!」
バッと頭を上げる、キラの目を真っ直ぐに見る。そして真剣な眼差しで――
「ごめん!!」
シーンと場が静まり返る。
数秒後キラは『しゃあなし』と言うかのようにため息を吐いた。
「分かったわよ。じゃあどっちも悪かったって事にしてあげるわ」
「そ、そうか」
「さ、帰りましょう」
キラは家の方向に踵を返し、歩き始める。
「今日であたしとあんたの恋人関係は解消か。せいせいするわ。てか恋人が兄って、どんなバカ女だよ。はあ、かなりの黒歴史を創ってしまったわ。もう死んでしまおうかしら……」
ブツブツ呟くキラの手首を掴む。
「待て、話はまだ終わっていない」
「はあ?」
「先程の話の続きになるが、お前にあげたいものがある」
「………なに?くだらないものだったら去勢するから」
――最近の若者マジで怖えっ!!
身の危険を感じつつも、上着の裏ポケットに入っている紺色のケースを取り出し、それをキラに渡す。
「それ、開けてみろ」
「……………」
キラは訝しげな表情でゆっくりとケースを開け、恐る恐る中に入っている物を確認すると、目を真ん丸にして固まった。
ケースに入っているのは、あの高級品ばかりを取り扱っている宝石店の、キラが一瞬だけ目を止めて、カッ!と目を見開いたと思ったら、すぐに視線を逸らしてスルーしたシルバーの指輪だ。
「本当に今更だけどさ、あの時の約束、ちゃんと果たしたからな」
「……お兄ちゃん……」
――えっ!?今コイツ、俺の事をお兄ちゃんって呼ばなかったか?……いや、きっと気のせいだ。それに、キラぐらいの年齢の娘なら普通は兄の事を『お兄ちゃん』だなんて呼ばない。何故か?それは恥ずかしいからだ。もしいるとしたら、そいつは確実にブラコンである。だが俺の妹は俺の事を毛嫌いしているから、ブラコンであるわけがない……結論、やはり気のせいだ。
「……これ……結婚指輪……?」
「……は?」
――なんかデジャヴ。イヤな予感がする。
「これ、結婚指輪!?」
「いや、違う」
「ふえっ……」
キラの可愛い顔が歪み、今にも泣きそうになる。
「待て、泣くな」
――あー、どうしよう。これ面倒くさい。
「じゃあ結婚指輪?」
「いや、絶対に違う」
「ふえっ……」
――よし、こうなったら……
無言で踵を返す。そして深呼吸をし……
「…………逃げる!!」
スタートダッシュを決めて全力疾走。
ここから家までの距離は恐らく一キロメートルぐらいだろう。時間にしたら多分、六分では着く。本当ならもっと早くに家に着くが、如何せん、夜道で女の子を一人にしたら危険だから、一定の距離を保ちながら走らないといけないので、どうしてもそれぐらいは時間がかかる。
「お兄ちゃん、待ってー!!」
心配になり、振り返ってみる。
「速っ!!?」
確実に距離を詰めて来ていた。
またアイツの身体能力が高い事を忘れていた。このままでは家に着く前に捕まってしまう。
「どこかに隠れきれるものはないか!?………っ!これだ!」
「お兄ちゃーん!どこー?」
キラの足音がどんどん近付いて来る。
見付かったらきっと俺の人生はバッドエンドになる。それだけはマジで勘弁だ!!
足音が隠れているところの近くで止まった。
「お兄ちゃーん?」
辺りを探っている音が聞こえる。
――このままでは見付かる……早くどっか行け!!
「うーん、もう帰っちゃったのかな?」
――帰った!帰りました!だからあなたも早く帰りなさい!!
「お兄ちゃんのバカ!!もう知らない!!」
そしてキラの『でも大好きー!!』という叫び声と共に足音は遠ざかって行った。
それを確認して人がぎりぎり入れるサイズのポリバケツから出る。
「……ふう、それにしてもまいったなぁー……このデートの結末がまさかこんな感じになるなんて……これから俺はどんな顔してキラと接すれば良いんだよ……」
家に帰り、部屋で着替えを取り、風呂に入って、一人遅い夕食を食べ、部屋に戻るまでの間、キラとは遭遇しなかった。もしかしたら自分の恋心が、倫理に反している事に気付いて、自己嫌悪に陥り、部屋に籠ってしまったのかもしれない。
キラには悪いがそうなってくれているとこちらとしては助かる。これは高望みになるが、これでまた今までの関係に戻れれば尚の事助かる。
てか兄妹では結婚出来ない事ぐらい分かっているだろうに……どんだけブラコンなんだよ。
いや、まあ、好かれているのは嬉しいけど。でも限度というものがある。
「……ん?」
ケータイがメールの着信を知らせる。
差出人を確認すると、そこには【クラリス】という名前が表示されていた。
よく考えたら、俺はキラのアドレスを知らない。もしクラリスとチャットで連絡先を交換する前から、アイツのアドレスを知っていたら、今日みたいな事にはならなかっただろうに。
取り敢えず要件を確認する。
『まだ付き合っててあげてもいいわよ。別にあたしはもう別れても良いと思っているけど、でもどうしてもあんたがまだ恋人関係でいたいって言うんだったら、別にあたしは構わないわ。勘違いしないでよね!別にあんたの事なんか全然好きじゃないんだからね!』
「わおっ!さすがツンデレ!【別に】が多い!」
――さて、どうしよう。拒否するのも悪いし……というか拒否したら確実に声を張り上げて号泣されるからなぁ……そう言えば俺、子供の頃『ずっとキラの隣で彼女の笑顔を守って行こう』って決意した事があったっけ。だったらその決意に従うしかないんじゃないのか?そうだ!付き合っていればずっとキラの隣にいれるじゃないか!だったらもうこのまま付き合っちゃえば良い!
『分かった。よろしく』
短く打って送信すると、直後、隣の部屋からキラの『ひゃっほーぅ!!』という絶叫が聞こえた。
「……はあ」
――もうなるようにしかならない。取り敢えず今日はもう寝よう。
「おやすみなさい」
「グヘヘヘヘッ……グヘヘッ!」
龍からから貰ったケースに入った結婚指輪をうっとりしながら眺めるキラ。
きっと今の彼女の表情は人には見せられない程、締まりのないものになっているだろう。だがキラはそんな事気にしない。何故なら、今は自分の部屋にいるので、誰かにこの顔を見られる可能性は少ないからだ。それに龍ならこんな自分でも愛してくれると確信している。
この龍が自分にくれたシルバーの結婚指輪。額が高かったのは見てすぐわかる。きっと龍は顔を真っ青にしながら、激しく震える手で店員にお金を渡してこれを買ったのだろう。そんな状態になりながらも、自分の為に結婚指輪を買ってくれたんだ。そんな龍がキラを愛してくれないわけがない。
「うーん、でも兄妹で結婚かぁー……難しいよなぁー。法律でも禁止されてるし……」
そう思うと気が沈んできた。
「ううん、諦めちゃダメよ宮平キラ!愛さえあれば何でも出来るんだから!!よーし、そうと決まれば既成事実を作りに――」
左の拳を突き上げ、そこまで言ったところで、自分が家に帰ってからまだ風呂に入っていない事を思い出す。
「だ、大丈夫。お兄ちゃんなら汗臭くても愛してくれる、うん、大丈夫……じゃなーい!!あたしが大丈夫じゃないぃー!!」
キラは着替えを持つと部屋の明かりを消し、物凄いスピードで風呂場へと駆けて行った。
キラが去った後の部屋は静けさを取り戻す。
真っ暗な部屋……その中で、龍がキラにあげた指輪だけが光り輝いている。まるで彼らの輝かしい未来を示しているかのように……
『ここは……』
気付けば、再び真っ白な世界にいた。
『元気だったか?』
背後から声が聞こえたので振り返ってみると、そこには顔のない少年が立っていた。
『まあ、それなりにな』
『そうか。一人目の天使ガブリエル、現在名は【宮平キラ】の籠絡おめでとう。後は三人だな』
――そうかそうか、俺は一人目の天使を籠絡する事が出来たんだな……
『って!一人目はキラだったのかよ!!』
『気付かなかったのか?』
『気付くわけねえだろ!!お前、考えてもみろよ。四人の天使を籠絡するって、端的に言えば俺にデレさせろって事だよな?そのデレさせる相手が血の繋がった妹だったなんて普通思うか?思わねえよ!!てか何でアイツが天使なんだ!?』
『さて、約束通り一つだけ質問に答えてやろう。何でも訊け』
――うわー、完全にスルーされたよ。
『じゃあ訊くが、俺に天使を集めさせてお前は何がしたいんだ?』
『世界の改変だ』
『世界の……改変?』
『そう、私がしたい事はとても大きい。それはもう人の未来を変える程に…………これ以上は別途料金がかかるが、訊くか?』
『いや、代わりに寿命を持っていかれそうだから止めておく』
『賢明な判断だ。じゃあもう一人を籠絡する事が出来たらまた会おう』
『はいはい、そうですねー』
――正直、もう会いたくねえわ。
『さらばだ』
そして俺を包んでいた世界は無くなり、俺は再び夢の中に落ちる。
因みに――
「ううっ、ドアも窓も全部鍵が閉まってる……」
――キラの夜這いは当然、失敗しました。
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