第4話 世の中にはプリクラでハメ撮りをするカップルがいるらしい

「なかなか泣ける映画だったわね!」


 どれだけ感動したのかは分からないが、キラは映画館を出て一時間が経つのに未だに涙目になっていた。


「どこがだよ」


 正直、どこに感動する場面があったのかが分からない。あの映画はただラマが旅をするだけの話じゃないか。それのどこに涙腺崩壊する要素があるんだよ。まあ、確かにラマの子供がワニに喰われるところには驚いた。というかスプラッタ好きの俺としては興奮した。だがそれだけの事だ。涙が出る事は決してない。


「分かってないわねぇー。いい?あれは苦労の上に報われるところがいいの。あ!あれとか!血縁関係のある相手との禁断の恋愛とか!」


 ――えー、そんな背徳的な場面があったのかよ。マジドン引きだわ。


「い、言っとくけど、あたしはあんたとなんか恋愛したくないわよ!」


 ――んなの知ってるわ。


「で、そのラマは最終的には血縁関係のあるラマと交尾するの!その時のラマの喘ぎ声——」

「わああああ!!」

「なに大声出してんの?」

「出すわ!女子学生が平然と喘ぎ声とか—―」


 そこまで言って思い出す。


 ――そう言えば最近の若者は普通に下ネタを言うんだっけ……


「ごめん、なんでもない」

「じゃあ続けるわよ?それで—―」


 それから小一時間ぐらい下ネタに付き合わされました。





「それで、あのラマの涎が鉄を溶かすのよ!凄くない!?」


 それから小一時間が経ってショッピングを楽しむ事になったのだが、未だにラマ話は続いていた。


「そっすね」

「あっ!ピアスがある!ちょっと見て来る!」


 ――やっと話が終わったか。これでラマ地獄から抜け出せる。


「ねえ!これ買って!!」


 颯爽と宝石店に入ったかと思うと、すぐに呼び出された。何かイヤな予感がする。この予感はきっと間違いではないだろう。きっと……いや、確実にキラが『これ買って』と言ったのは高額だ。


 たどたどしい足取りでキラの下へ行き、彼女の指差している商品を見ると、こりゃビックリ。


【¥180000】


「お前バカじゃねえの!!?」

「はあ?バカなのはあんたよ。他の物を見てみなさい」


 キラの言うとおり他の商品を見てみると、キラが買えと言ったピアスの倍以上の値段がするものばかりだった。こんなの学生の俺が買えるわけがない。


「じゃ、買いなさい!」

「イヤだよ!てか貧乏学生に無茶ぶりするな!!」

「はあ、これだから童貞は……」

「それ関係ないよねえ!?」


 ――いや、まあ、童貞である事は否めないけど。


「仕方ないわね……じゃあ………っ!」


 キラはある場所を見てカッと目を見開く。


「どうした?」

「な、なんでもないわよ!それより他行くわよ!」

「あ、ああ」


 キラの後に続いて歩き、何となく彼女の見ていたであろうところを見ると、あるものが目に映った。


「もしかしてあいつ……いや、まさかな」





「ねえ、この亀頭君取って!」


 ゲーセンを通り過ぎ、一旦立ち止まり、引き返してクレーンゲームの前まで来てキラはお目当てのものを指差す。


 キラの指差した先を見ると、そこには亀のぬいぐるみが置かれていた。てか―—


「亀に亀頭言うなよ!!」

「えっ?でも名前が亀頭君よ?」

「えっ!?」


 クレーンゲームの両端に置かれたのぼりを見ると、確かに【亀頭君】の文字が書かれていた。


「えー……」


 ――これは狙って付けた名前なのか?


 ぬいぐるみとは主に女性が好むものだ。その理由はとにかく可愛いから。俺には理解しかねるが、人によってはかなり不細工なキャラのぬいぐるみを見ても可愛いと言う。それはもうドン引きする程に。それを考えた上でなのか、考えていない上でなのかは分からないが、こんなものをぬいぐるみとして出すとは……これを出そうと考えた企業はバカだ。きっとすぐに潰れるだろう。


「ねえ!取ってよ!てか取りなさい!!」

「俺に命令するな!!」

「じゃあ……」


 キラは俺に抱き付いた。そして上目づかいで言う。


「取って……お兄ちゃん……」

「…………おい、キラ……」

「なぁに、お兄ちゃん?」

「……お前、絶対に俺をバカにしてるだろ」

「……てへっ!」


 ――このアマ……


 ペロリと舌を出すキラに激しい憤りを覚える。


 ――いや待て、今のコイツは俺の彼女だ。彼女の要求を断る事は男として許されない。それなら――


「分かった。取ってやる」


 袖を捲り、クレーンゲームの前に立つ。そしてコイン投入口に二百円を入れて、準備完了。


 この手のゲームはとにかく落ち着いてプレイする事が肝心だ。何故ならテンパってプレイしたら、ボタンを放すタイミングがずれてしまう可能性が高いからである。もしタイミングがずれたらそこで終わり。ターゲットを逃したクレーンが行き着く先は何もない空間。そしてそこで虚しく空振りするだけ。で、ゲーム終了だ。


 スー、ハー、と大きく深呼吸する。


「よし!!」


 まず、右に進むボタンを押し、ターゲットに狙いを絞って放す。そして今度は奥に行くボタンを押して放す―—さあ!来い!!


 クレーンが亀頭君の亀頭を掴む。


「おっ!」


 クレーンは亀頭君のカリに上手く引っかかった。


 そのまま亀頭君が持ち上がる。


「あっ!」


 カリは所詮カリ。そこまで出っ張りが凄いものではない。これは失敗だ。


「はあ……」


 肩を落としてため息を吐く。


 ――何で俺は陰茎いんけいに似た景品が取れない事にため息を吐いているんだ……


「待って!まだよ!!」

「えっ!?おっ!?」


 見ると、クレーンはタグに引っかかっていた。


 ゆっくりと出口へ向かう亀頭君。クレーンが動きを止めた。後はそのクレーンがアームを開くだけだ。


 ゆっくり開いてゆくアーム。そして景品は出口の方で落ちるのであった。


「ヤッター!!」


 ぬいぐるみを取ってキラに手渡す──前にぶん取られた。どんだけこの亀頭が欲しかったんだよ。


「お兄ちゃんありが—―死ね!!」


 ――えー、何で俺罵倒されてんの?


 ハッとした後に文句を言うキラを見て、心底理不尽に思う俺であった。


「そうだ!ぬいぐるみも取った事だし、プリクラ撮るわよ!!」


 そう言ってキラはパチンと右手の指を鳴らす。


「はあっ!?」

「ほら!行くわよ!」

「ちょっ!?えっ!?えーっ!?」


 キラに右手を引かれるまま、俺はプリクラ機の撮影所まで来る。


「待て、俺は何をすれば良い?」

「ただここに立ってれば良いのよ」


 そう言ってキラは俺の腕を引っ張って撮影所の真ん中、だが少しだけカメラ寄りのところに立つ。


『じゃあ撮るよー!』

「せ、セックスとかした方が良いか!?」

「はあ!?なに言ってんのあんた!?」

「いや、今時のカップルはプリクラでハメ撮りをするって話を聞いた事が――」

「んなもんあるわけないでしょ!!」

「えっ?マジで?」

「はあ、これだから童貞は――」


【パシャ!!】


「「えっ?」」

「…………もしかして今、撮った?」

「『撮った?』じゃないわよ!!あんたのせいで一回無駄にしてしまったじゃない!!」

「俺のせいかよ!!」

「あんたのせいよ!!」


【パシャ!!】


「「えっ?」」

「……また無駄にしてしまったじゃないのよー!!」

「俺のせいにするなよ!!」


『最後行くよー!』


「つ、次こそはちゃんとするぞ!」

「そ、そうね!」

「そうだ!髪型整えないと!!」


 慌てて前髪を両手で整える。


「んなもん、必要ない!あんたの髪は十分キモいわよ!」

「お前それ酷くねえか!?」

「やっぱ訂正!あんたがキモい!!」

「やっぱ酷ぇ!」

「なに?文句?」

「ああ、文句だ!!」

「死なす!!」


 キラは両手で俺の髪の毛を掴み引っ張った。地味に痛い。


「止めろコラ!!」

「うっさい死ね!!」


 俺の髪を引っ張っているキラの手を掴み、頭突きをするためキラをこちらに引き寄せる。そして力の加減を忘れて引き寄せ過ぎた事で不本意ながら俺達は────キスをした。


【パシャ!!】





『落書きタイムだよ!』


「「…………」」


 ――き、気まずい!!しかしこのままだと落書きタイムとやらが無くなってしまう。


「妹よ、落書きするぞ」

「…………うん」


 キラはテンションが駄々下がりになっているらしく、項垂れながら頷いた。


 ――うわぁー、めっちゃ落ち込んでるよ。こりゃ数日はこの状態になってるな。殺されないだけマシだが、数日は背後に気を付けるとしよう。


 キラは落書き室?に入った。それに倣って俺も入る。


「妹よ、これはどうやって落書きするんだ」

「勝手にしろ」


 キラはモニター脇に置かれたプラスチック製のインクのないペンを手に取り、それの先をモニター上で走らせ始めた。


「分かった」


 俺もペンを手に取る。


 ――さて、何を落書きするか……ん?


 俺とキラがキスをしている画像が目に入った。キラの事だから、きっとこの画像には何も書かないだろう。というか書きたくないと思っているはずだ。


 一人だけ除け者にされるのは誰だって悲しい。それはこのプリ画も同じことだ。それならこの画像は俺が落書きするしかない。


 ペンでキスしている画像を押す。そしてペンシルの線の太さを調整して一言。


【□□□□!!】





『それじゃあ印刷するね!』


 落書きタイムをギリギリまで使って俺達は落書き室から出る。


「「…………」」


 ――やはり気まずい。


「…………ねえ」

「ひゃい!何でひょうか!?」


 キラにギロリと睨まれ、つい恐怖してしまった事により、俺は喋りながら舌を噛んでしまった。だが心配する事なかれ、軽く噛んだだけなので怪我はしていない。


「この事、誰にも言うなよ」

「も、もちろんだ」


『印刷が終わったよ!』


「それなら良かったわ」


 そう言ってキラは出口から出て来たプリクラを手に取る。そしてそれを確認するとわなわなと震えだす。


「…………ねえ」

「なんだ?」

「……どういう事…?」

「なにが?」


 プリクラを見て怒っているキラを訝しく思いながら、キラの差し出したプリクラを見る。


 言い合いをしているヤツ――キラが書いたから結構華やかで文字もシチュに合った事が書かれている。何の問題もない。


 言い合いをしているヤツパート2——同上。


 キスをしているヤツ――【新婚夫婦♡】と書かれている。


「別におかしいところはないだろ?」

「あるわぁっ!!」

「じゃあどこがおかしいんだよ?言ってみろ」

「ここよ、ここ!!」


 キラは俺とキラがキスをしているプリクラを指差した。


 ――兄妹でキスをしている。それ以外は別に全くおかしくないと思うのだが……


「何で新婚夫婦って書くのよ!!」


 ――なるほど、そこか。だが俺からしたら別に全くおかしくないので、反論をさせてもらうとしよう。


「画像がそれっぽいなぁー、と思ったからだ」

「あんたバカじゃないの!?普通こんなの書く!?夫婦って何よ夫婦って!!」

「いや、今は恋人同士だからこれぐらいは良いかなぁー、と思って」

「ならせめて恋人同士って書きなさいよ!!」


 ――あっ、夫婦はダメで恋人は良いんだ……俺としてはどっちも変わらないと思うのだが……女の子っておかしな生き物だなあ。


「じゃあ結婚しようごふぅっ!!」


 無言のボディーブロウが俺の肝臓を捉える。


 激しい鈍痛が全身を襲い、俺は倒れこそしないが、腹を抱えて悶絶する。


「兄妹で結婚出来るかぁー!!」

「愛があれば倫理なんて関係ない!」


 そう、愛さえあれば何でも出来る。例えば鳥のように自由に空を飛ぶとか—―ごめんなさい、ウソです。いくら愛があっても空は飛べません。


「あるわっ!!有り過ぎるわっ!!てかセックスしたら捕まるぞ!!」

「えっ!?セックスしたいの!?——待て、何故俺の胸倉を右手で掴んで左手に拳を作っているんだ!?」


 ――俺悪い事言ってないよな!?ただキラの欲求に驚愕しただけだよな!?


「それはあんたを殺すためよ。常日頃からあんたには死んでほしいと思っていたけど気が変わったわ。死んでほしいじゃなくて……殺す!!」

「ヒイッ!?」


 せっかくの可愛い顔が台無しになるぐらいの般若顔になるキラ。


「フフフッ……大丈夫、せめてもの情けで痛みを感じる前に殺してあげるわ、フフッ」


 ――コイツ目が笑っていない!!こりゃあ確実に殺される!!多分、一瞬だ。気付いたら死んでいた、なんていう最悪な死に方をするだろう。ならこちらにも考えがある。その考えとは――


 俺の胸倉をつかんでいるキラの右手を払って、踵を返す。


 ――逃げる事だ!!


 スタートダッシュを決め、広いエントランスを全力疾走で駆け抜ける。ふと振り返ってみると、キラが俺より速い速度で追い上げて来ていた。


 ――やべぇっ!!アイツの身体能力が高い事を忘れていた!!


「待てやゴルァッ!!」


 ――マズいマズいマズい!!マジで殺される!!どこか……どこか隠れる事が出来る場所は………っ!?あった!!


 視界の右端にトイレが映ったので、急いでそこに入る。


「出て来なさい!!」


 キラの声はトイレの外から聞こえる。どうやらいくら怒っていても、男子トイレに入るのは恥ずかしいらしい。


「イヤだ!!出て行ったら確実に俺は死ぬだろ!!それだけはごめんだね!!」

「分かったわよ!じゃあ半殺しで済ませてあげるから!」

「半殺しって!それかなり痛いだろ!?」

「そうね!!痛いでしょうねえ!!」

「なら変更だ!!痛みを感じる前に殺せ!!」

「分かった!そうするから出て来なさい!!」

「ごめんなさい!やっぱ殺さないで!!」

「わがまま言うな!!お前はガキか!!」

「ならお前はそのガキに怒鳴るお母さんだなあ!!」

「そうよ!お母さんよ!!ほらりゅう!もう怒ってないからそこから出て来なさい!!」

「絶対に怒ってるよねえ!!」

「怒ってないわよ!!」

「はい!もうその言い方自体怒ってるー!!」

「あー、もう!じゃあ適当にそこらへん回ってクールダウンするから、あたしが戻って来る前には出ていなさいよ!!」


 そしてキラの足音が遠ざかって行く。俺はそれを聞いて安堵し、壁に背中を付けると、ずるずると落ちて床に尻餅をつく。


「た、助かった……」


 ――マジで死ぬかと思った……もしあのまま捕まっていたら……俺は殺されていた。


 そう思うと身の毛がよだつ。人にあれほど殺意を向けられた事が今まであっただろうか?いや、確実にない。だからだろう、手足が震えている。


「……はあ」


 これで俺が死ぬことは無くなった。後はどのタイミングで出るかなのだが、それが分からない。でもずっと出ないわけにはいかないので、今出るとしよう。そしてキラが機嫌を直していると判断した瞬間、彼女の前に現れる。


 ナイスだ俺。もし俺が女だったら結婚したい!!って、何で自分と結婚するんだよ!!


 ま、まあ、冗談はここまでにして、さっさと出よう……と、早速キラが見付かった。


 キラは雑貨屋の前で商品のビックリ箱を開けて、ウワッ!?と声を上げる。何か面白いからちょっとだけ放置しておこう。


 今度はカレー屋の前で、おすすめ商品のポスターをジーッと見ている。そして口端から涎が垂れた事に気付いて、慌ててそれを拭う。


 いつもツンツンしているから気付かなかったが、アイツ顔だけじゃなくて仕草も可愛ええ!!

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