第3話 妹が平然と下ネタを言うのですが

「で?」


 そう言ってキラはドリンクバーのメロンソーダをストローで吸う。


「で?ってなんだよ?」

「で、なんでネットで恋人を作ろうと思ったの?」


 ――なんだ、それか。あまりに唐突且つ短すぎて意味が分からなかった。


「お前には関係ないだろ」

「あるわよ!!」


 バンと机を叩きながら立ち上がり、上半身をこちらに乗り出すキラ。


 ――いや、ねえよ。マジで関係ないから。だがここは答えてやるとしよう。


 溜め息を吐いて、


「答えは簡単だ。俺がオタクだからだよ」

「はあ?死ねば?」


 ――ですよねー、そう言いますよねー。


「お前こそなんでネットで恋人を作ろうと思ったんだよ?」

「別にどうでもいいじゃない」


 ――このアマ、人に喋らせておいて自分は喋らないつもりか。こうなったら……


「この女、小6までおねしょしていましたよー!!」

「なっ!?」

「しかもそれがまたアルパカに似ていて――むぐっ」


 キラに口を塞がれた。


「アルパカじゃなくてラマだから!」


 ――えっ?論点そこ?普通『何言っちゃってんのよバカー!!』って言って怒るだろ。てかアルパカとラマのヴィジュアルってそこまで変わらなくね?


「あの娘、そんな歳までおねしょをしていただなんて……奥さんどう思います?」

「イヤだわ。私の娘なんておねしょは小3で終わったのに…」

「可愛いのに残念だな」

「どうだ俺のフランクフルトは?」

「すごく……大きいです…」


 ――だから最後のは何なんだよ!!


 そして羞恥に身を震わせながら涙目でこちらを睨む妹君。だが今の恥ずかしがっているキラの顔が、あまりにも滑稽こっけいすぎて全く恐怖を感じない。寧ろ妹に一矢報いることが出来た嬉しさでゾクゾクする。


「もう何も言うなよ」

「なら答えろ」

「……からよ」

「あ?」

「好きな人がネット好きだったからよ!」

「……は?」

「これ以上は何も言わない。てかキモい、死ね」


 ――さすが俺の妹、投げる言葉がいちいち辛辣しんらつだ。しかしなかなか良い情報が聞けたから、これ以上は訊かないでおこう。


「はあ……何であんたの事なんか好きになってしまったのやら……親父の精子だった頃まで時間をさかのぼりたいわ」

「思春期真っ只中の女の子が精子とか堂々と言うなよ」


 ――そしてそこまでさかのぼって何をするつもりだ。


「あ?現代の若者女性はみんな卑猥な言葉を平然と言うわよ」

「えっ!?」

「例えば」


 そこまで言ってキラが真剣な眼差しになる。


 ――コイツはいったい何を言うつもりなのだろうか……


「おちんち―—」

「わあああああ!!」


 急いでキラの口に両手を当てて、喋りを遮る。だがキラはそれを払いのけて今度は—―


「おマン―—」

「うぅおおおおお!!」


 キラの後ろに回って両手で彼女の口を塞ぐ。これなら絶対に逃れられないだろう。


 そして思う。


 ――今時の若者女性は末恐ろしいな!


「おい、今あの女卑猥な単語を発してなかったか?」

「発してたわよね?」

「すみません!今言ったのは俺です!そう、俺です!!おちん〇ん!おマ〇コ!」


 隣の席に座るカップルに一礼。そして腹いせにキラの後頭部に頭突きをくらわせる。迷惑をかけられたんだ、これぐらいしても文句は言われないだろう。


「いっっったぁーい!!」

「うぉぉぉぉぉぉ!!」


 思いのほかキラの頭が固くて、額を押さえて悶絶する。で、キラも激痛で後頭部を押さえて悶絶する。なんだこのコントは……


「何すんのよ!!」

「それはこっちのセリフだ!なに平然と卑猥単語を発しているんだよ!!」

「あんたが言えって言ったんでしょ!」

「言ってねえよ!お前が『例えば』とか言って勝手に言ったんだろうが!!」

「はあ!?んなこと言って…………あっ」


 キラは気まずそうに俺から視線を逸らす。


「今『あっ』って言ったよな?」

「言ってない」

「言ったね」

「言ってない」

「言った」

「…………あー、もう!言ったわよ!はいはい、言いました!!」

「なにキレてんだよ!!」

「キレてないわよ!!」

「いいや、キレて――」


 ――……待てよ。ここで俺がキレてるって言ったらまた口喧嘩が始まるよな?


 辺りを見回すと店中の客がこちらを見ていた。非常に恥ずかしい。


 ――となると、これはこちらが折れた方が良い。


「分かった。取り敢えず言い合いはここまでにしよう。それにメニューが来たぞ」


 そう言うと同時に、店員が俺のグリルチキンとキラのカルボナーラを持って来た。


「キターー!!」


 お前はねらーか!と突っ込みを入れたい所だが、きっと彼女は元ネタを知っていないだろう。なので突っ込みそうになるのをグッと堪える。


「いただきまーす!」


 ビッチのクセに『いただきます』は言うんだな。と突っ込みたくなったが我慢だ。また喧嘩して店中の客の視線を浴びて恥ずかしいことになりそうだしな。


「いただきます」

「そう言えばお前、俺の事が好きなのか?」

「ブフゥッ!!」


 キラはジュースを吹き出した。それが思いっきり俺の顔面にかかる。マジで汚い。しかし大好きな彼女の唾が混ざったもの……これは逆に顔に付いたジュースを舐めるしかないだろうか。


「き、急に何言ってんのよ!!」

「いや、チャットで『小さい頃なんて本気で兄のお嫁さんになりたいとか思ってたし』って言ってたから」

「はあ!?んな事言ってないし!!」


 また喧嘩になるから『言ってたし!』とは言わないでおこう。もうこれ以上お店に迷惑を掛けたくないと思うなら尚更だ。


「そっすか。じゃあ俺の気のせいだな」

「そうに決まってるでしょ」


 だが俺のパソには記録が残っている事を忘れてもらっちゃ困る。と言うわけで今後ムカつく事があったらそれをネタにさせてもらうとしよう。


 取り敢えず、彼女が俺の顔にぶっかけたジュースをナプキンで拭き取る。


「そうだよな、お前が好きなのはドラゴンなんだよな」

「そ、そうよ!あんたなんか大っ嫌いなんだから!」


 ――チャットで俺の事が好きだとか言っていたのに今は嫌いと言う……これほど矛盾している事はない――いや待て、これはもしかしてツンデレなのか!?もしそうなら俺の妹は末恐ろしい。ツンデレで俺を籠絡するつもりだ!しかし俺は騙されないぞ!何せ相手は妹なのだから!!


「俺はお前が好きだ」


 取り敢えずおちょくってみる。


「ブフゥッ!!」


 キラは口に含んでいたジュースをまた吹き出した。そしてまた俺の顔にかかる。今度こそ舐めても良いだろうか。


「な、何言ってるのよ!!」

「俺、妹系のエロゲ沢山持ってるし」

「なっ!?」


 ボフッと湯気を上げながらキラの顔が真っ赤になる。それと同時に俺を軽蔑するような視線を向ける。だがもうちょっと遊ばせてもらうとしよう。


「特に美人系で身長も160cmぐらいで胸はEカップぐらいのヒロインが好きだな」


 先日、たまたまキラのブラが脱衣所に置かれていて、仕方ないから拾って洗濯機に入れる時に確認したからEで間違いない。別にやましい事を考えてバストを確認したわけじゃないぞ?ただ何となく気になったから確認しただけだぞ?


「へ、変態!!死ね!!」

「何故顔を真っ赤にする?あっ、そう言えば体型がお前と似ているな。もしかして俺の好みと全く一緒だった?」

「ち、違うし!!あたしGだから!!」


 ――コイツ虚勢を張りやがった!?てかカップ数が2ランク上がってる!?


「とにかくあんたは死ねばいいのよ。分かった?だから死ね」

「死ね死ねうるせえな。お前は何回俺を殺すつもりだ」


 ――コイツが死ねと言う度に本当に死ぬのなら、何度も生き返っている俺はゴキブリ以上にしぶとい……待て、それなら俺はゴキブリ以上に忌み嫌われる存在になるんじゃないか!?直接『お前はゴキブリ以上にキモイ』とは言わず、間接的にそれ同等のけなしをするとは……コイツは策士だ!諸葛亮孔明以上の策士だ!!悔しい……でも感じちゃう!ビクンビクン!!


「何回もよ。あたしに逆らったらその分だけ死んでもらうわ」


 ――理不尽だ。


「それならこっちにも考えがあるぞ」

「はあ?どんな?」

「お前は小さい時、俺から貰ったシルバーの指輪を大事にしていた」

「うっ……」

「それはもう指輪に俺の名前を付ける程に」

「ま、まさかそれで脅迫をするつもり……?」


 キラの顔から血の気が去って、真っ青になる。どうやら今となっては大っ嫌いな俺の名前を付けて、非常に大切にしていた事が黒歴史になっているらしい。だがもっと酷い黒歴史がある。


「問題はここからだ。それでお前はある日、その指輪をドブに落としてしまった。それはもう焦っただろうな。おしっこを漏らすほどに!!」


 取り敢えず言いたい事を言ってキラの顔を見ると、彼女は『どうでもいい』と言いたげな顔でこちらを見ていた。


「待て、何故指輪に俺の名前を付けていた事には青ざめて、お漏らしした事には冷ややかなんだ」

「別にどうでもいいし」

「…………」


 ――コイツの感情が分からない。


「てかさあ、あの指輪いったいいくらしたの?絶対安物でしょ」


 ――コイツ俺を舐めてやがる。だがこの際だから教えてやるとしよう。


「ニ千円だ」

「プギャーー!草生える!!」


 ――ムカつくわあ……ビンタしてやろうか?


「そんな安物をあたしにあげたの!?マジウケるんですけど!!」

「うるせえな!!その時俺はまだ小学生だったんだぞ!?小学生にとってニ千円は大金だ!しかも当時の俺のお小遣いは月五百円だったんだ!!大人で言うと、給料四か月分の指輪だぞ!!」

「あー、笑った笑った!」


 キラは笑い過ぎて目に浮かんだ涙を左手人差し指で拭う。


「お前、酷くね?」

「酷いのはあんたの顔よ、気持ち悪い」


 ――本当に酷え!!


「でも……」

「ん?」

「あ、ありが……とう」


 視線を逸らし、顔を赤くしながら礼を言うキラ。そのキラのあまりのツンデレさに不覚にもキュンとトキめいてしまう。


「お、おう……」


 何故かこちらも恥ずかしくなり視線を逸らす。そしてワシャワシャと指が動く両手を机の下に隠す。


 ――か、勘違いしないでよね!別に久々に頭を撫でたいと思っているわけじゃないんだからね!


 と、ツンデレになってみるが、きっと俺がそれを言ったらキラは帰ってしまうだろう。なのでそれは止めておく。せっかくのデートなのに彼女(今は)に帰られたら、きっと一生後悔するだろうから。


「さ、さぁーって、次はどこ行こうか!?」


 話を変える為にそう言ったのだが、きっと周りの人達から見たら俺はかなり不自然だろう。


「そ、そうね!じゃああたし映画観たいわ!映画!」


 そして赤面してきょどっているコイツも不自然。


「はあ?映画?……もしかして恋愛映画か!?」

「違うわよ!!あたしが観たいのはこれよ!これ!!」


 キラはケータイを数秒いじると、画面をこちらに向けた。


「……アル……パカ…?」


 画面には草原の背景と涙を流しているアルパカが映っている。


 ――コイツ、自虐にも程があるだろ!?


「違うわよ!ラマよ!!」


 ――いや、だからどっちも変わらないだろ。


「ほら!早く行くわよ!」

「ちょっ!?」


 キラに手を握られた瞬間、ビクリと身を震わせる。これは童貞あるあるだ。いきなり異性に体を触られたら、童貞なら必ずビクつく。そして自然と色んな事を想像して勃起するものだ。しかし相手は妹、ここで勃起してしまったら俺は親族に手を触られただけて欲情した変態になってしまう。なので、


 ――何とかして気を逸らさないと……


「なに?行かないの?」

「いや、行くけど………その……」


 ――童貞には辛い状況なんですよー。


「歯切れ悪いわね、死にたいの?てか死ね!!」

「お前はいったい何回殺すつもりなんだよ!てか手、握ってるんだけど!!」

「はあ?」


 キラは繋いでいる手を見た。そして俺を見て、手を見て、俺を見て、を三回ほど繰り返すと一気に顔を真っ赤にする。


「ななな、なにあたしに触っているのよ!!」

「ま、待て!触ったのはお前だろうが――ごふぅっ!?」


 キラに股間を蹴り上げられた。


 ――俺、終了のお知らせ。さらば将来出来るであろう子供達……


「信じらんない、死ね!!」


 俺を罵倒した後、キラはブツブツと呟きながら先を歩いて行った。


「だから俺を何回殺すんだよ」





『べえええ!!べえええ!!』


 ラマが大粒の涙を流しながら雑草を食べている。


 どうやらこの映画は、ラマが空腹に耐えながら旅をして、川に流され溺死しそうになったり、その川に潜んでいたワニに襲われ、危機一髪で助かったと思ったところで子供がワニに喰われたりして、その末に何とか牧草地にたどり着いてハッピーエンドになるものらしい。


 キラの話によると、こっからまた二時間は似た感じの展開が続くとの事。


「ううっ……ラマしゃん………」


 そしてキラはそのくだらない映画で号泣してるし。俺には分からないが、きっと感情移入できるところでもあるのだろう。


 ――あっ、駄目だ……このままじゃ…寝る……





『うわああああん!!うわああああん!!』


 小さな女の子が庭で泣いている。彼女は何故泣いているのだろうか?


『□□!もう泣かないで!』


 兄らしき子供がそう言った。その兄らしき子供の背後には干された布団があり、その中心がラマの形に濡れている。推測するに、女の子はおしっこを漏らしてしまったのだろう。兄らしき子供はその女の子を宥めようとしている。


『でもお父さんに笑われたあああ!!』

『大丈夫、父さんは僕がぶん殴っておくから!』


 —―兄凄え!?


 兄の身長を考えるに、彼はまだ小学校高学年ぐらいだ。そんな兄が父をぶん殴って仕返しするとか凄いにも程があるだろ。


『どうせお兄ちゃんも笑いたいんでしょ!』

『いいや!』


 兄は女の子の両肩を掴んで真剣な表情になる。そして……


『僕は絶対に笑わない!!だって□□は僕の大事な妹だから!!だから絶対に笑わないよ!!』

『お兄ちゃん……』

『□□!!』


 女の子の名前を呼ぶと、兄はポケットを漁り始める。そして何かを見付けると、ポケットから手を抜いて、その手をゆっくりと開いた。開いた手にはシルバーの指輪が乗っている。


『これ、あげるから泣き止んで。僕は□□の泣いている顔は見たくないよ』

『何で……?』

『だって、僕が□□の表情の中で一番好きなのは笑っているところだから……だから□□にはいつも笑っていて欲しい!!泣いて欲しくない!!』

『じゃあ□□の事好き……?』

『うん、大好きだ!!』

『大きくなったら結婚してくれる……?』

『いや、それは難しいんじゃないかな?』

『ふえっ……』


 女の子は再び顔を皺くちゃにした。


『わ、分かった!結婚しよう!!』


 ――おい、兄、流されるな。


『じゃあこの指輪は婚約指輪…?』

『ああ!そうだ!!』


 兄の顔に大量の汗が浮かび、それが何度も顎から滴り落ちる。兄!絶対に後悔してるだろ!!


『ヤッター!!』


 女の子は兄からぶん取るように指輪を受け取った。


『お兄ちゃんと結婚だ!結婚ー!!』


 喜びを飛び跳ねる事で表す女の子。一方の兄は激しい後悔で額に手を当てて俯いていた—―兄、ドンマイ。





『ふええええん!!ふええええん!!』


 また場面が変わった。景色がだいだい色になっているから夕方ぐらいだろう。


 先程の女の子が道路脇で泣いている。その隣にはまたもや先程の男の子が、ドブの蓋と蓋の僅かな隙間から中を覗いている。


『これを取るのはさすがに無理だな……』


 兄は困ったように左の頬をポリポリと掻く。


『お兄ぢゃんごべんなざいいいい!!』


 女の子は泣きながら何度も謝る。兄はそんな女の子の頭に手を置いて、彼女の頭を優しく撫でた。


『大丈夫、怒ってないから』

『本当……?』

『うん!本当だよ!』

『□□の事嫌いになってない…?』

『嫌いになるわけないよ!寧ろ大好きだ!!』

『じゃあ結婚してくれる……?』

『いや、それはー……』

『ふえっ……』


 女の子は今にも泣きそうな顔になる――なんかデジャヴ。


『よ、よし!結婚しよう!!』

『本当!?』


 女の子の顔が嬉々としたものに変わる。


 この歳の女の子というのはこんなに表情が変わるものなのだろうか?もしそうなら戦慄を覚える。


『ああ!でもそれは大人になってからだ!!』

『ヤッタ―!!』


 そして兄は女の子に聞こえないような小さい声で呟く。


『まあ、その頃には現実を知るよね』





「べええええ!!べええええ!!」


 また女の子の鳴き声だろうか?


 いや、それにしては非常に野蛮だ。なんか人間以外の動物の鳴き声のような気がする。


 目を開ける。すると、視界にスクリーンが映った。どうやら俺は眠りに就いていたらしい。そしてラマの鳴いている姿を見るのはこれで何度目だろうか?


 と、ここでエンドロールが流れ始める。


 眠ってしまう程クソつまらない時間がやっと終わったか。これでラマ地獄から逃れる事が出来る。そして隣では何故かキラが号泣してるし……わけが分からん。


 それにしても、今の夢はいったい何だったのだろうか?


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