第2話 俺が妹を口説き落とす

「うわっ、最悪」


 そう言ってキラは顔を引きつらせる。


「……最悪だ」


 俺も同じく。


 ――まさか俺の彼女が妹だったなんて……これは神の悪戯としか考えられない。神なんてものがいると信じてはいないが、こういう時だけはヤツのせいにさせてもらう——神様のばか!!


「まさかあたしの彼氏が兄だったなんて……友達に彼氏がいるって自慢したのよ!それに今度紹介するって言ったのよ!あんたどうしてくれるのよ!!」

「知らねえよ!俺に責任なすり付けようとするな!!」


 紹介するなんて言われても俺にその責任を果たす義務はない。というかコイツが勝手に決めた事だ。責任なんて取れるわけがない。


「はあ!?どう考えてもあんたの責任でしょ!!」


 ――いや、どう考えてもお前の責任だろ。


「黙れビッチ!自分で何とかしろ!!」

「ビッチ!?誰が!?」

「お前に決まってるだろ!!それ以外どこにビッチがいるんだよ!!」

「あたしはビッチじゃないわよ!てかまだ処女だし!!」


 し!し、し……とキラの声がエコーでその場に木霊こだまする。


「おい、あの娘あんな派手な格好をしているのにまだ処女だってよ」

「あらまあ、まだ処女なんて今の若者は遅れてるわねえ」

「やらないか」


 ――最後の誰!?


「……嘘吐くな!お前もう20人以上の男と付き合っているんだろ!?それで処女なんておかしいぞ!!」

「うっさいわね!それがどうした!?てか処女処女言うな!!」

「最初に言ったのはお前だろうが!!」


 キラは真っ赤な顔で俺の右手首を掴み、そのまま人通りの少ない裏路地に入る。


「今度処女って言ったら殺す。そうじゃなくても殺す」

「理不尽だろ!!」

「黙れ童貞!!」

「はあ?俺童貞じゃねえし!」

「えっ?」

「は?」

「マジで言ってんの?」

「…………ごめんなさい、思いっきりウソです。僕童貞です」

「そ、そう……」


 ホッと安堵の息を吐くキラ。普通ならここは嘲笑ちょうしょうするところではないだろうか。もし俺がキラだったらきっとそうしている。それなのに安堵とか――もしかして俺にだけは負けたくないとでも思っているのだろうか?もしそうなら拳骨ぐらいはかましたい。


「それで、どうするの?」


 ――唐突に『どうするの?』なんて訊かれても、どう答えて良いのか分かるわけがない。でもこれだけは言っておきたい。


「デートしよう!」

「はあ!?あんたバカじゃないの!?」


 ――ですよねー。でもきっと今日で俺とクラリスとの関係は終わる。俺はクラリスの事が本気で好きだった。そのクラリスがキラだったのは不本意だが、今日で終わるなら最初で最後のデートを楽しみたい――その相手が実の妹だったとしても!!


「別に良いじゃん、一日ぐらい」


 因みに、現在時刻は午前11時だからデートする時間は沢山ある。それにクラリスとの思い出を作りたいから、どうしてもデートをしたい。


「なんであんたとデートなんかしないといけないのよ!」

「妹よ!お前はドラゴンの事が好きだったか?」


 明らかな嫌悪感を漂わせるキラに真剣な顔で訊ねる。


「そ、それは……」

「『それは』なんだ?言ってみろ」

「す、すす……」

「はあ!?聞こえねえなあ!!」

「す……き…」

「聞こえねえなあ!!?」

「あー、もう!好きだったわよ!!」

「excellent.ならデートするしかないな!」


 指を弾きながらそう言った瞬間、俺の首にキラがラリアットをくらわせる。


「うげふっ!?」


 キレイに決まって俺は衝撃を受けた勢いのまま、アスファルトの地面に後頭部を強打する。更に喉の痛みでゴホゴホとせき込む。そしてやっと痛みが引くと—―


「何しやがる!?」


 涙目だが、睨んで凄む。


「くたばれ!!」

「ほう、じゃあこのまま別れても良いんだな?後悔しないんだな?ドラゴンとデートをしたいと思った事もないんだな?」

「うっ……」

「あーぁあ、せっかく恋人同士なのになあ!」

「ううっ……」


 ――これはあと一押しだな。


 キラの両肩に手を置く。そして眉をキリッとさせて……


「俺とデートしろ。分かったな?」

「…………」


 沈黙の後、キラは顔を真っ赤にして小さく頷く。


 ――この女、落ちた!


「じゃあ行こうか!」


 さり気なくキラと手を繋いでみると—―


「フンッ!!」

「うぎゃあああ!?」


 目つぶしされました。





「じゃあどこ行こうか?お前、行きたい所とかあるか?」

「無い」


 ――このツンツン具合、さすが俺の妹だ。それがこれからデレると思うとそそられるものがある。そしてあわよくば妹とキスを—―しねえわ。妹とデートするだけでもおかしいのにキスなんてするわけが……いや、この際妹でもいいか。


「お前、お腹空いてるか?」


 キラと待ち合わせした時間は11時だった。という事は当然昼ご飯はまだ食べていない。それはキラも同じだろう。


「空いてない」

「ツンデレか?」

「違うわよ!!」


 昼飯時でお腹が空いているはずなのに空いていないと言う。これをツンデレと言わずしてなんと言うか。


 ――なら仕方ない。


「じゃあ俺が決めるぞ。ファミレスな!」

「彼女とのデートでファミレスを選ぶとか、さすが童貞ね」


 キラは鼻で笑った。


「何が悪いんだよ?」


 ファミレスは安価だから金のない学生には最良だと聞いた事がある。それなのに文句を言われるとか心外にも程がある。


「いい?デートって言うのはムードが大切なの。それなのにワイワイガヤガヤ騒がしいファミレスになんて行ってみなさい。そこでどうやって甘い雰囲気を出すのよ」

「っ!?」


 そう言われるとそうかもしれない。ファミレスで甘い雰囲気なんて出せるわけがない。出せるとしたらせいぜいコミカルな雰囲気だけだ。


「だ、だがそんなの別れ際に作れば良いじゃないか」

「あんたバカァ?」


 ――お前はエ〇ァンゲリオンのアス〇か!


「じゃあ例え話をするけど、あんたは女の子です」

「いや、男だし」

「最後まで聞け!」

「はい……」


 キラに刺すような鋭い視線を向けられ委縮する。


「で、初めてのデートです。甘いデートになる事を期待しています。それなのに、のっけからガキの騒ぎ声がうるさいファミレスで昼食を食べる事になりました。はい、どう思う?」

「子供大好き!」

「フンッ!!」

「ウゴフ!?」


 思いっきり腹部を殴られました。


「ちゃんと女の子の気持ちになって答えろ」


 ――キラのこめかみに太い血管が浮き出ている。これはマジだ。マジでキレている。となるとここはちゃんと考えるとしよう。じゃないと殺されるかもしれないからな――実は俺は密かにWeb小説サイトで執筆をしている。その作品は女性向け、つまり少女漫画風のものだ。だから女性の気持ちなんて俺には直ぐに分かる。なのでこれの答えは簡単だ。


「……はっきり言って彼氏に幻滅します」

「でしょ?」

「……はい」

「でも今回だけは許してあげるわ。じゃあ近くのファミレスに行きましょう」

「はい」


 ――……ん?今回だけは?この言い方、また次回があるみたいな感じだけど……いや、気のせいか。キラがまたデートしてくれるわけがない。うん、そうだ。

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