エピローグ

 相続人を失い、一族から犯罪者を出したストーン家だが、相続に関しては特例と称し、様々な思惑が動いた末、チャールズ・ストーンが無事社長を就任した。何週間も紙面を賑わせて当然の話題であったはずなのに、アーヴァイン・ストーンの死去と報じられ、盛大に弔われたあとは、狙い澄ましたように起きた政界のスキャンダルに流され、人々の記憶から薄れていった。

 もちろんそのように手を回したのはガードラントで、当事者たちも騒ぎ立てれば得られるものが消えてしまうと一様に口を閉じた。

 誰も彼もがもやもやとしたものを心に抱いて、この先を生きていくことになる。

 それでも、パトリシア・カーロフは子を産む決心をし、マイケル・ストーンは日常へと足を踏み出した。

 みんな自分の道を歩き出している。

 

 

 

 

「何をそんなに落ち込んでいるんだい? マイケルは、確かに可哀想なことだったけど、後遺症もなく過ごしているというじゃないか」

 軽く伏せられた薄いすみれ色の瞳が、夕日に染まって色を濃くする。

 道を間違えたわけでもなく、雪で閉ざされていたわけでもない。本来の正しい道を行き、たどり着いたオブライエンの遠縁の邸宅でのことだ。

 そのまま中央に帰るのかと思えば、本当に用事はあるのだという二人に付き添ってやってきた先で、セイラはもう一週間以上過ごしている。用事とは遠縁の見舞い。わざわざセイラがするようなことではなかった。オブライエンの孫娘が逗留するとなれば相手に予想以上の気をつかわせる。普段の彼女ならそこを十分に察して早々に引き上げるのだが、今回はなかなか動こうとしなかった。クライドも何も言わない。

 ジュリアンは人様の家で我が物顔に振る舞うことに慣れている。環境適応能力は世界一だと誇れるので、退屈もしていないし、窮屈にも感じない。

 けれど、セイラの元気がないのは気になった。

 魔生生物と対峙したあとは、概して気落ちするのだが、今回は少し長すぎる。

 そっとしておくのが一番だとわかってはいたが、尋ねずにいられなかった。

 魔導で外気が遮断されたテラスで、銀色に染まる庭園を眺めたままセイラは少しだけ首を傾げた。

「何が君をそんなに悩ませているんだい?」

 丸いテーブルの向かいに座り、のぞき込むようにして言葉を繰り返す。

「わからないの」

「どこら辺が?」

 何がとは言わない。こんなとき彼女を悩ませるのはいつも魔生生物だ。

「身体を乗っ取った後でも、成長に合わせて外見を変化させることができる。でも、子を産むことはできないわ……。ブレンダに乗り移ったのは間違いなく三人が産まれてから。アレは、自分の子どもだと言った。魔生生物が、よ? いったい……何を考えていたの」

 自分が敵対するものは、わかりやすい悪がいい。

 ストーン家の財産を手に入れ、悠々自適に時代の一部を生きるのならば、長男のチャールズの身体を手に入れるのが一番手っ取り早く、そして無駄な争いを引き起こすことはない。彼に足りないのは経験だったのだから。長く生きてきた魔生生物としての生があれば、たいていのことは上手くこなせる。そして、その子、その孫へと手を伸ばしていけばいいのだ。後継者を手に入れてから。

 なぜジラなのか。子どもの時分に身体を乗っ取っては、次は望めない。

 いや、それよりもセイラを悩ませているのは――、

「なんでクインジー・カーロフに殺されようとしたか」

 そうなの、と少女は呟く。

「あの場で、彼に殺されれば、本能として次の宿主をクインジーに移した。間違いなくそうするのよ、魔生生物は」

 セイラたちのようなものがいなければ、魔生生物は必ずそうする。己の命を惜しまない生物はいない。だから、アレらは人の中に紛れるのだ。いつ何が起きてもいいように。

「でもクインジーは、罪を犯した。確実に逃げ切れる保証なんてなかったはずよ。私たちが、突き止められないと確信していたとでもいうの?」

「ああそれは……むしろ逆、なんじゃないかな」

 ジュリアンの言葉に、セイラは戸惑った様子で眉を寄せた。

「ジラの中にいたアレの言葉がすべてだと思うよ。――見捨てられなかった。私の子どもたちってやつ。ジラにとって、あの屋敷に来るものはすべて可愛い自分の一族だった」

 本当の血のつながりはない。

 でも、愛する子孫。子どもをもてない魔生生物だからこそ、そう考えた。

 あのとき、マイケルが殺されたのは自分のせいだけではないと言った、その言葉が今でも耳に残る。

 他人の気持ちなんてすべてわかるはずがない。

 ましてや、魔生生物の考えなど。

 それでも、

「アレは、後悔していたんじゃないかな」

 何かに懺悔したかったのでは。

「後悔?」

 わからないと、少女は夕暮れの中で首を振る。

 確かに、たった十数年生きた程度のセイラに理解するのは難しいかもしれない。憎むべき魔生生物が相手だというのも、その判断を鈍らせる。

「そう言えば、さっきクライドに会ったけど、そろそろ移動しないといけないらしいよ」

「次のお仕事かしら?」

「みたいだねぇ」

 ふぅと小さく息を吐いて、セイラは立ち上がった。もちろん素早くそれを察知したジュリアンが椅子を引く。

「次も付き合ってくれるの?」

「セイラがイヤじゃなければ」

「嫌じゃない。クライドとの二人旅も楽しいけど、三人はもっと楽しい。それに、一緒にいてくれるのは――ああ」

「うん?」

「……後悔かはわからないけど、ジラの中にいたアレは、……寂しかったのかな。それなら私もわかる気がする。今はみんなが一緒にいてくれる。でも、やがては私を置いていってしまう」

 仕方ないことだけれど、寂しい。

 セイラの中にも魔生生物がいた。魔生生物を捕らえる魔生生物。毒をもって毒を制す。その犠牲とされた少女の手を、そっととる。

 人前では外さない手袋。その中には彼女への呪いが刻まれている。

「あのね、セイラ。僕は何度でも言うよ。君が望むなら、君が望み続けるまで、ずっと傍にいるって、ね」

 そう言った相手を、自分から捨てたことはない。

「僕は嘘はつかないよ」

 出来ないことは出来ると言わないだけ。

 沈む己への気休め的言葉だと受け取ったのか、セイラはそれ以上気をつかわせないようにと無理矢理に微笑んだ。

「次はもう少し暖かいところがいいな」

「確かに。雪は見飽きたね。そうだ。次の仕事が一段落して時間が空いたら、水族館に行かないかい? 去年出来たんだけど、少し変わっていて面白いと聞いたよ」

 そうして、二人はそろって歩き出した。

 

   了

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ストーン家白の別荘殺人事件 鈴埜 @suzunon

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