第一章 ”二人は出会う” 第二節



 声の方へ振り返ってみると、初夏の風の正体は声の印象通りの、暖かな笑顔で立っていた。

 綺麗なロングヘアの女性だった。

 それに白いけれど白すぎない、健康的な肌の色。

 背丈は私の方が少しだけ上だけど、彼女の雰囲気は決してそれを感じさせない。

 木漏れ日に照らされて、うっすら栗色がかって見える髪。

 小さい顔に、ぱっちりしながらもキリっとした、少し鋭い眼つき。

 二重で茶色の瞳、長い睫毛、ほんのり桜色に潤んだ唇。

 血筋の良さというか、生来の美少女を感じさせるその洗練された顔立ちに、私はしばし見とれてしまっていた。

「あの……大丈夫?」

 その女性の言葉にはっと我に返った。

 その次の瞬間、自分のしていた事を客観視してとても恥ずかしくなり、顔がやかんのように熱くなった。

 初対面の人をぼうっと見つめるなんて、変な人と思われたかもしれない……。

 入寮初日からさっそくやらかしてしまった事に、後悔が後を絶たない。

 真っ白になっている頭をなんとかフル回転させてなんとかその場を取り繕うとする。

「いえ、あの……!

 きょ、今日からこちらにお世話になります、草壁栞と申します!

 せ、先輩にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたしましゅ!」

 ………最後の最後でとても恥ずかしい噛み方をしてしまった……!

 その辺の雪の塊に頭を埋めてしまいたい……。

 一人で勝手に慌てふためく私を見てか、その女性は笑い出す。

「ぷふっ……はっはっは!

 面白いねキミ!」

 面白い人認定されてしまった。

 まだ寮にすら入っていないのに、その目の前の駐車場で私のキャラが決まってしまった……。

「あぁ、そんな死にそうな顔しないで!

 笑われたのが嫌だったんなら謝るよ。

私、男兄弟に囲まれた所為かちょっとガサツな性格でね……。

こういうカンジで今後も迷惑をかけるかもしれないけど、こちらこそ宜しく」

 そう謂って先輩は、とても深々とお辞儀をした。

 容姿に引けを取らない洗練された振る舞いに、育ちの良さが伝わる。

「で、話を戻すけど、荷物を寮に運ぶの?

さっき笑っちゃったのも悪かったし、手伝わせてよ」

 私が持ってびくともしなかった衣装ケースを、ひょいと持ち上げる。

 その姿は先輩が男性なのではと錯覚させる。

 と、思いきや――

「おっとっと。重いねコレ。

一緒に運ぼうよ」

「は、はい……!」

 慌てて一端を持つ。

 先輩に迷惑をかけないように力を振り絞って――

「あ、そんなに力まないで。

ゆっくり運べばいいから」

 先輩の言葉が、とても心強く感じられた。

 たしかに少し男っぽい部分はあるけど、それでいて私なんかよりずっと綺麗で、優しくて、そして心強い――

 ――――先輩と一緒に学院生活を過ごせたら、どんなに素敵なのだろう――――

 私達は一歩一歩、ゆっくりと寮へ進んでいった。

 ――友達がいた事の無い私にとって、その行為は――

 ――先輩の暖かさは――

 ――この張り詰めた空気のように閉ざされた私の心を少しずつ溶かし――

 ――この地では一足早い春の訪れをほのかに感じさせた――



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