第二十八回 段末杯は段匹殫を討つ
かつて
「吾は
劉琨は皇室に尽忠して孤立する
温嶠は上奏し、劉琨の子を召還して優遇し、朝廷が忠臣に篤く報いることを示すべきであると論じた。晋帝の
これに憤った温嶠は河北に還って母の喪に服すると称し、職に就くを
合わせて晋帝は温嶠の才を惜しんで河北に還ることを嫌い、詔を下して私情により勅命を拒むかと責めた。温嶠はやむなく散騎侍郎の官に就いた。
※
この頃、晋帝は
朝廷では皇帝を尊んでその権威を高め、
温嶠はその二人を通じて劉琨の冤罪を明かにしようと考え、刁協と劉隗はそれに同じて上奏する。
「劉琨は晋の重臣であるにも関わらず、段匹殫に殺害されたのです。理においてはその罪を問わねばなりません」
段匹殫は幽州に拠って強盛を誇り、さらに江南から遠く離れた
温嶠は重ねて刁協と劉隗に言う。
「段匹殫は朝廷の仇敵です。劉太尉(劉琨)は
二人はその旨を上奏し、晋帝は段末杯に詔を下すこととした。
※
段匹殫討伐の詔を得た段末杯は出兵の名分を得た。
劉琨の子の
幽州の兵はそれを知ると馬を返して段匹殫に報せ、段匹殫は弟の
両軍の士気は高く、幽州軍の陣頭には段文鴦があって敵陣を
両軍とも本軍はまだ到着していないものの、将兵の
「賢弟の行いは不仁の極みであろう。骨肉の親が争うことは古来より大悪とされており、史上にも枚挙に暇がない。それを顧みず、この不祥の戦をなすつもりか」
段匹殫が叫ぶと段末杯が応じる。
「吾は詔を奉じて劉琨を殺した罪を問うものである。すでに晋より爵禄を受けて久しく、朝命を違えるわけにはいかぬ。ゆえに軍勢とともにここに来たのだ。疑う余地はあるまい」
「吾は忠心によって晋室のために力を尽くし、尺寸の功績を立てたく思っておった。しかし、劉琨は義に背いて吾らを害そうと図った。ゆえに、天は奸心を許さず、その密書は段文鴦の手に落ちたのだ。その書を見た劉琨は罪を恥じて吾に見える顔がなく、自ら縊れて死んだ。それを厚く葬ってやったのだ。咎が吾にあるはずもない。書状はまだ手元にあり、いつでも見せてやる」
「私の書状など証拠にならぬ。詔が降った以上は確たる証拠があるのだ。誰ぞ馬を出して劉公の仇に報いてみせよ」
段末杯の言葉に応じ、劉琨の子の劉群が鎗を捻って突きかかる。段文鴦は槊を振るって前を阻み、二人の戦は二十合を超えた。劉群の劣勢を観た
宇文悉が救いに向かい、大刀を振るって斬り込む。大刀が雷電のように煌いて槊は風を起こし、五、六十合を過ぎて勝敗を見ない。
代の
姫澹と衛雄が陣前に出れば、宇文悉が段文鴦に追われて槊を頭に受けて落命する。二将も士気が下がった軍列を支えきれず、ついに幽州兵は総崩れとなった。
段文鴦は赫連楨、練千秋とともに追撃し、姫澹と衛雄は殿後となって追撃の兵を進ませない。かつ戦い、かつ逃れること三十里(約18.3km)を超えても、幽州兵の死傷者はそれほど多くなかった。
日暮れにあって段文鴦はようやく兵を返し、段末杯は軍営を置いて諸将と進退を諮った。
「今日の一戦で宇文悉を喪い、劉濟の死もあって士気を挫かれた。明日にも段文鴦が攻め寄せてくるであろう。どのように応じるべきか」
「吾らはまだ負けたわけではございません。必ずや劉公の仇に報いて御覧に入れます。まずは再戦して敵情を窺いましょう」
盧諶がそう言い、軍議はそれまでとなった。
※
翌日の早朝より段文鴦が軍営に攻め寄せてきたものの、段末杯はただ軍営を守って戦わない。それより十日ほどもそのような対峙が続いた。段末杯が盧諶に言う。
「段文鴦は驍勇、吾らは軍営を守っているが、日々の罵詈雑言で士気は下がっておる。これを何とかせねばならぬ。
「一計が成りました。敵の士気は段文鴦の驍勇に頼っております。この者を破らねば勝利はありません。これまでの戦勝により、その気は驕っておりましょう。さらに計略を善くする者でもなく、容易に陥れられます。明日は軍営を出て布陣し、五千の弓兵を軍門の左右に伏せておきます。主帥は
段末杯はその策を容れ、盧諶の計略に従って軍勢を部署した。
※
翌日、盧諶はすべての用意を整え終わった。
段末杯は劉群とともに出戦して陣を布き、段文鴦もそれに応じて布陣した。
「段末杯は宇文悉を喪い、内心では恐れおののいていよう。それゆえにこの数日は戦を避けておったのだ。今日になって出戦するとは、遼西に逃げ帰るつもりであろう。敵を破った後、決して逃がしてはならぬ。必ずや段末杯を擒として後患を除け」
段匹殫の言葉を
「宇文悉はすでにあの世に行った。誰ぞ吾に戦を挑む者はあるか。賢兄(段末杯)は劣勢を覚らず、軍勢を遼西に返されよ。さすれば、身を傷つけることもなく、骨肉を損なうこともあるまい」
段文鴦が叫ぶと、段末杯が応じる。
「自らの強を誇っているようだが、宇文悉は馬蹄の乱れによって不運にもお前に討たれたに過ぎぬ。今日こそお前を討ち取って先日の仇に報いてくれよう」
その言葉が終わる前に劉群が飛び出して叫んだ。
「賊めが、吾が父を殺すのみならず、先の戦では吾が兄をも害した。屍を微塵にしてもこの怨みは晴らせぬ。さっさと馬から下りて罪の報いを受けよ」
「小童めが、父と兄の後を追いたいか」
段文鴦はそう言うと、槊を振るって迎え撃ち、十合にも及ばず劉群は劣勢となる。段末杯が馬を飛ばして加勢に向かい、幽州軍の練千秋が馬を駆って前を阻んだ。
段末杯は怖れたように装って馬を返し、自陣に向けて逃げ奔る。段文鴦はそれと覚らず先頭に立って後を追う。遼西軍が崩れたと見ると、段匹殫も本軍を進めて攻め寄せてきた。
そこに砲声が響き渡り、姫澹、衛雄、
盧諶が旗を挙げると遼西軍の陣より蝗のごとく矢箭が射かけられ、段文鴦はその身に十を超える矢を受けた。ようやく計略に落ちたと覚って馬を返したものの、郝詵の鎗が右膝に突き立つ。それでも馬の勢いを止めず、包囲を破るべく馬を駆る。
姫澹と衛雄は段匹殫と段叔渾の軍勢を支え止め、段文鴦を阻む余力はない。段文鴦は包囲を脱して自軍に逃げ込んだ。その一方、赫連禎と練千秋も包囲から逃れようとしたものの、張儒と郝詵が前を阻んで逃がさない。
段末杯が馬を飛ばしつつ叫んだ。
「逆賊を逃がすな。生きながら擒として宇文悉の仇に報いよ」
二将は決死で包囲する遼西兵を蹴散らし、身に幾つもの鎗傷を追いながらも包囲を逃れ出る。そこから百歩も行かぬうちに、姫澹と衛雄が駆けつけ、それぞれ一刀の下に赫連禎と練千秋を討ち取った。
「二将を討ち取ったが、段匹殫と段文鴦はまだ生きておる。討ち取って劉太尉の仇に報いよ」
段末杯がそう言うと、遼西兵は鬨の声を挙げて攻めかかる。幽州兵はその勢いを支えきれず、後も顧みずに逃げ出した。遼西兵は逃げる幽州兵を追って屍が野に連なり、地が大地を赤く染めた。屍は四十里に渡って延々とつづき、刀鎗や兜鎧が至るところに投げ出されていたことであった。
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