探偵Nと相棒Mの殺人学校 後編

 Nが半ば強引にMを学校に配属してから、数週間が経過した。

 NはMが部屋にやって来ると、いつもハイタッチをする。二週間ほど嫌がっていたMだが今では積極的だ。

「調子はどうだい?」

「いや、別に普通だ」

「本当に? でも、この記事を見て普通だとは言えないと思うぞ」

 Nは手に持っていた新聞をMに見せつけた。

 そこにはまた殺人事件が載っている。しかもあの中学校だ。

 警察の調査も入ったが、結局は何も得られることはないと報道されている。

「ああ~これは……三年生だな」

「そう、三年生だ。以前、事件を起こしたのは二年生」

「一年生がまだだ」

 そういうと、Nは僅かに口の端を釣り上げた。

「その通り。だけど、一年生の様子を見るに……少しばかりうかうかはしていられないかもしれないな。まあそれもM次第だが」

「何を言っている」

 Mが眉根をしかめると、話を変えた。

「そういえば、犯人の共通点ってなんだよ。俺にはさっぱり分からないんだけどな」

 Mは入学する前の記憶を引っ張り出して来言った。

「なに、まだ気が付かないのか? 潜入捜査みたいなことしているのに?」

「これはNがやらせたんだろ。で、勿体ぶるな」

 Mは深々とソファに腰を掛けて、相棒の返答を待った。

 Nがゆっくりと立ち上がり、それから部屋の窓の外に目をやる。

「共通点は学校だ」

「いや、それは分かってるけど」

「なんだ分かってるじゃないか。そう、僕たちは見逃していたんだ、彼らは同じ学校の中にいるんだ」

 Nははっきりと言うがMはまだ分かっていない様子だった。

 そんな相棒の表情を読み取ったNは。

「彼がいつも行う事は何だと思う?」

「……え、授業とか? まさか、授業の中に殺人のヒントがあるとかいうのか? あのLの本のように、ウェルテル効果を持ちだす授業が行われていると!?」

「いい線だが。それはない」

 Nは窓の近くの壁に背中を預けた。

「あそこで使われているのは国が認可した教材を電子化したものだ。だから、中学生による殺人事件が起こるのだとしたら、全国的に広がっているはずだ」

「まあ確かにそうだな。じゃあ教材には意味がないってことか」

 Mは顎に手を当てて考え込んだ。

 しかし結論が出るわけもなく、Nに「見当はついているんだろ」と視線で投げかける。

 その意図をくみ取ったNは僅かに首肯するが。

「まだ実験中だMを使ってな」

 結局打ち明けなかった。


 それから一ヶ月後。

NはMを呼びだすと、Mが入ってきた。

いつも通りハイタッチをすると、Mはさらに、Nのがら空きになった脇へ、触る程度の数発のパンチを入れた。

「へへっ、Nがらあきだぞ」

「よせ、とにかく座ってくれ。状況を聞こうじゃないか」

「まったく、そう急かすなって」

 Mがソファに座ると、Nは尋ねた。

「学校はどうだ?」

「すごく楽しいよ。クラスメイトとも気が合って、教頭にしている定時連絡も特になしってことかな」

「そっか。というか、授業中も昼食も学校内だし、ほぼ生徒と変わらないが、頭の悪い君に勉学は苦じゃないか?」

「バカなことを言うなNは、そんなわけないだろ。ま、不満があるとすれば教頭が自室にこもっていてあんまり外に出てこない事かな。定時連絡の時間が遅くなるからやめてほしい」

 Mが陽気に笑うと、Nは「そうか」と一言口にして、席を立ちあがった。

 それから、ノートパソコンを開いて、画面をMに見せる。

 映し出されているのは数学の教科書の一ページだ。

「これはあの学校でも使われている動画で、さっきも言った通り国が配布しているものだ。それを警察から取り寄せてもらったんだが見て感想を聞かせてほしい」

「これは昨日やった内容だな。全部同じだ。でもこれだけ見て感想を言えって?」

「そうだ」

 Mは不審に思いながらも顔をパソコンの画面に近づけ、少ししてからソファの腰掛に体重を預けた。

「うーん。特に変わりはないけど……なんか足りないかな……?」

 歯切れの悪い回答だが、それでもNは満足したというように頷いた。

 それから立ち上がると、外出の用意を始める。

「どこいくんだN?」

「決まってるだろう、学校さ」


「しかしですなあ、それは困ります。何せ学校の設備を丸ごとだなんて……」

「捜査の一環だ。ここの学校の設備、特に予鈴代わりの音楽と、すべての教室の電子黒板を調べる」

 学校につくなり、教頭室にのりこんだNは何の脈絡もなく言いだした。

 けれど、そこで教頭が首肯するはずもない。

「第一そうすれば授業が進みません」

「しなくていい。むしろしては困る。これは僕の予想だが、学校全体に殺人衝動を起こさせる起因がある。あ、それと警察はすでに呼んでいるから、抵抗しても無駄だ」

「そ、そんな……」

 教頭ががっくりと項垂れるのと同時に警察が入ってきた。

 事前に何を調査するのかはNから聞いていたのだろう。警察はてきぱきとすべての教室の電子黒板と、配られていた教科書のデータを回収し、次に音楽史へと踏み入れば、予鈴代わりに流している曲のデータも持っていく。

「面白い結果が出ると思うぞ」


 数日して、あの学校が封鎖される記事が載っていた。

 殺人者を生み出す学校として題がうたれ、その犯人は教頭だ。

「トリックを明かしてくれるんだろうN? 警察から聞いたが、俺も危うく殺人犯になるところだったそうじゃないか」

 ソファに腰かけたMが僅かに不機嫌になって尋ねる。 

 しかしそんな怒りはどこ吹く風と、Nも自分の定位置に座り、口を開いた。

「初めに学校内に異変が起こっていると感じたのは、生徒たちの行動だ。やけに元気で真面目、だからこそ粗に気が付かなかった」

「粗?」

「僕たちが初めて学校を訪れた際にハイタッチをした少年がいたことを覚えているかい?」

「ああ、数人だったけど」

「そう数人だ。しかしハイタッチだけの生徒と、ハイタッチ後にパンチのようなしぐさを見せる生徒、二つに分かれているのに気が付いたんだ。一人ずつハイタッチ後の動作は異なってもいいのに、パンチのようなしぐさを見せる生徒しかいない」

「偶然だろ?」

 Mは鼻で笑ったが、今までの行動を思い出して顔が青ざめた。

 その様子に気が付いたNは首を縦に振って続ける。

「君は初めはハイタッチを嫌っていたのに、徐々にするようになって、最終的にはさっきった仕草もして見せた。このことから、いくつかの段階を経て、人の性格が変化をする仮説が立つ」

「でも一体どうやって……」

「電子黒板だよM。あの電子黒板に仕掛けがあったんだ。普通のチョークで書く黒板ならば無理なトリックなんだが、これが電子黒板ならできる。それは、サブリミナル効果さ」

「あのCMとかで禁止されている? まさか……電子黒板のディスプレイに殺人画像でも表示させていたってことか。あのパンチをするようなしぐさは、パンチじゃなくて刃物で人を刺すしぐさだったんだな!」

「その通りだ。しかもこれは音楽でも効果があるという意見もある。曲の中に聞き取れないほどの小さな声を入れておくんだ。だから予鈴の曲も調べるように警察にいったんだよ」

「はー、そういう事だったのか。でも教頭が犯人ってのが分からないな」

「何それも簡単だ。彼は言っていたじゃないか『私も何度か読んだことはあります』ってね。あの時点でおそらく、Lの術中にはまっていたのさ」

 Nはそうしめくくり、満足そうに新聞を読み始めた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

探偵Nシリーズ! 桜松カエデ @aktukiyozora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ