探偵Nと相棒Mの殺人学校 前編
その日の朝の新聞。小さな一面に、中学生による殺人事件の記事が掲載されていた。
しかし昨今の汚職事件や、自殺、他の他殺に比べると、特段目立った様子は無かった。
「ただの事件だ。僕には関係ないね」
Nはクラシックを聴きながら、その紙面を一瞥するだけだ。
「そうだな。犯人も分かっていて、凶器もすでに見つかっている。何より監視カメラにも映っているから、僕たちの出る幕じゃないね」
Mも同意見で、手にしたタブレットで流していた映画に目を移す。
しかし、その数日後。
電話がかかってきたNは神妙な顔をしてソファーに座っていた。
「どうしたんだ、そんな神妙な顔をして。誰からの電話だった?」
「警察からだ」
「捜査の依頼か。でも近頃は連続殺人事件も起きてないし、Lだって姿を見せてないだろ?」
「ああ、そうだな。Lは見せてないが、Lが残したものならある」
「あの本か?」
ウェルテル効果を利用して人を殺人衝動に追い込むとLが言っていた本を、Mは思い出した。
あのおかげで実際に何人かは殺人を起こし、自殺者もいる。
けれど、実際に手を下していないLを警察に突き出せない。
ソファの近くにある丸テーブル。その上に置かれている新聞をNは一瞥した。そこには中学生の殺人に関する記事がある。以前とは別の少年だが、その学校は同じだ。
「この写真で、少年が持っている本を見てみろ」
「……ほんとだ。Lが書いた本じゃないか!」
Mが勢い良く立ち上がると、その拍子に椅子が倒れ、僅かな静寂がよぎる。
「同じ学校から二人もの犯罪者が出ているとは考えにくいって言われてね。ま、警察も賢くなってきている証拠だな」
Nは立ち上がると、すぐに身支度を済ませてMと一緒に外に出た。
問題の学校に到着したのはお昼丁度だった。
生徒たちは昼食を取り、外で遊んでいる者もいる。
「いたって普通ですね」
「普通だから怖い。異常の中に異常があれば普通だが、普通の中に異常があるのに普通に見えてしまうんだからね」
「N、俺は言葉遊びをしているんじゃないんだ」
「知ってるさ。それで、えっと教頭先生は、生徒が殺人を起こす理由に心当たりはないんですか?」
Nは前を歩いて学校を案内してくれている教頭先生に向かって訪ねる。
禿げ頭の教頭は頭をかいて僅かに考えこんだが、首を横に振った。
「いいえ。心当たりはありませんね。犯罪をしてしまった二人の二年生は、真面目な生徒でしたから」
「なるほど。読書家なのか?」
「二回目に殺人をした生徒はよく本を読んでいるようでしたが、初めの生徒は全く違います。どちらかと言え体育会系でした」
なぜそんなことを聞くのかとよく分からない顔をする教頭だが、もはや知りたかった情報を得たNは、教室を覗きこんでいる。
「黒板、机、椅子、蛍光灯、本棚……僕の小さい頃とは何ら変わりはありませんね」
「そうですな。変わったところはあまりないですね」
教頭がなおもゆっくりと進んでいくと、そこで音楽が聞こえてくる。若者に人気の曲で歌詞もいいと評判な曲だ。
「授業十分前です。我が校では、かなり現代に即した学校にしようと取り組んでいるのですよ」
「なるほど、プログラミングの授業を取り入れたのもその一環か?」
Nが足を止めて覗いていたのは図書室、その中にある生徒が自由に使えるパソコンスペースだ。
「どうしてそれを?」
「あの生徒が弄っているキーボード、テンキーがない。それにもかかわらず生徒はかなり慣れた様子で操作している。あの生徒特有かとも思ったが、普通のパソコンにはテンキーが付いているから慣れている可能性は低い。それに……わざわざ付いていないのを生徒が使う図書室のキーボードに採用すると言うのがおかしい」
「ええ。その通りです。プログラミング教室を一部取り入れておりましてな。論理的な思考が身につくとか何とかで。いやあ年寄りには難しいですな」
「プログラミング教室はどこで? 行うんですか?」
今度尋ねたのはMだった。
「各教室で行いますよ。かなり前までは大きな教室に移動してましたが、いまじゃタブレットがあるので」
「そのタブレットを見せてもらっても?」
「ええいいですよ」
教頭についていき、NとMは応接室に通され、生徒が使っているものと同じタブレットを借りた。
中にある教科書類は学年によって違うようだ。その中でも二人が注目したのは、学校が推薦している本だった。
全生徒が見られる本で、タブレットから読むことができる。
「あったか?」
「いや、ないな。電子書籍になっている可能性は高かったが……普通に図書室にあるのか」
そう会話をしていると、目の前に座る教頭が口を開いた。
「どの本でしょうか?」
「この本です。著作者はLです」
Mがスマホで画像を見せる。
「ああ、知ってます。図書室にありまして私も何度か読んだことはありますが、生徒たちには不人気の様でして、貸出数は今月ゼロですよ」
「推薦図書にはないようだな」
Nも実際に確かめると、首を傾げた。
「この本の効果はその程度あるのか未知数だが、少なくとも関係はないかもしれないな」
「でも一応預かったほうがいいんじゃないか?」
「その後で燃やしてしまうか?」
「そこまで言ってない」
MがLの本を預からせてほしいと願い出ると、教頭は心よく承諾してくれる。
「N,ほかに見るところはあるかい?」
「ふむ。特にないが、先進的な学校にしたと言われている割には、設備的にはそれほど進んでいるようには見えないな」
「それはぼちぼち、進めていきますよ」
「では僕らはこれで失礼します」
Mが椅子から立ち上がると、Nは最後のもう一つだけと口をはさんだ。
「予鈴代わりの曲なんだが、あれ以外は何が流れてるんだ?」
「いえ、あれだけですよ?」
「朝と放課後も流してる?」
「ええ、そうですね。流してますよ。通常のチャイム以外は」
Nは僅かに唸って。
「なぜ学校でおこるのか……」
一人はLの本を読んでいたというが、もう一人は読んでいない。そもそも、Lの本の貸し出し自体がまず皆無と言っていい状態だ。
もし二人の殺人事件が何らかに関連しているならば、Lの本は関係ないということだ。
「あの二人の共通点は?」
そこまでNが質問すると、Mは再びソファに腰かけた。
「いえ……真面目な生徒と言うだけです。ちょっと待ってください、生徒の資料を持ってきますので」
教頭は急いで、該当する生徒の資料を持ってくると、机の上に広げて二人に見せた。
名前も、生年月日はもちろん違う。所属している部活も違えば、趣味も違う。
「それ以外にも……友達の接点もないか」
「別々のクラスですからね。まあ、友達の友達くらいならば接点はあると思いますが……」
「ふーむ。しかし、生徒が行った犯罪方法はともに、ナイフで相手を刺したとある。結果に共通点があるのだから、原因にも共通点はあるはずだ」
「そうは言われましても、我々学校側としても警察側としても、関係性を調べましたが何もなく……」
教頭はにじみ出てきた汗をハンカチでふきながら言った。
「いや、共通点あるな……」
「ほんとかN!?」
「ああ、けれど、まだ仮定段階だ。とにかくもう一度校内を見て回って外に出よう」
Nは立ち上がると、意気揚々と教頭の船頭も待たずに応接室を出ていった。
すれ違う生徒はみな元気がよく、時折、イヤホンをしてスマホに夢中になっている生徒に出会う。
Mはそんな様子をみながら。
「やはり中学生、みんな元気ですね! おっと」
時折、ハイタッチしてくる生徒や変に絡んでくる生徒の相手をしていた。
「ふむ。ここはいい学校だし生徒は全員優秀だ。まあ、僕には及びませんが」
「さ、さようで……」
「M、外に出よう」
Nはさっさと校舎の外に出ると、それから正門を出る。
街中を歩き、事務所に戻ると、Nはパソコンを立ち上げ、それから警察へと電話をかけた。
「N,一体どうした? さっき言っていた共通点を報告したのか?」
電話を切って、キーボードでなにか入力しているNに問う。
「いや違う。これからMには生徒になってもらうんだ」
「は?」
「聞こえなかったのか? 君は明日からあの学校の生徒になってもらうんだ」
「いやでも、意味が」
「もう遅い。警察と学校への連絡は終了した。君が調査に一役買ってくれて学校に行くってね。あ、そうだ。学校に行く前に僕とハイタッチをしようじゃないか」
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