探偵Nと相棒Mの会見

 Nは少しだけ眉根を寄せて、Lを見ていた。

 以前、村一つ丸ごと使った犯罪の取材を受けたのは記憶に新しい。

「で、今日は何の用だ? 僕は忙しいんだ」

「Mはいないのかい?」

「質問しているのは僕の方だN。用がないならさっさと出て行ってくれ。バカの相手をしている暇はないんだ」

 そういいながら、Nは机の上に置いてあった新聞をこれ見よがしに広げて、顔を隠した。

 ソファーの背もたれに体重を預けたLはふっと笑うと。

「その本読んでくれたかい?」

「本?」

「そう、そこの広告欄に本が載っているだろう? 僕が出したものさ」

「三日前に発売……」

 新聞の欄に目を落としたNはそれからLへと視線を向ける。

「今、忙しいんだったねN?」

「いや、たった今暇になった」

 Nは新聞をたたんで机の上に放り投げる。

「ウェルテル効果を試しているのか? 全くあほなやつだ」

「そう言わないでくれ。今回はその応用だ」

「応用だと?」

「このごろ担当している事件があるだろう? それが今回の実験の結果、起きている事件だ」

 Nが今担当しているのは、政治家の殺人事件だった。

 一件目は防ぐことは出来なかったが、二件目は何とか防ぐことができた。

 しかし、三件目はだめだった。

「起きているのは会見での殺人。初めは野外での会見だったから次は室内へ行くように助言をした。すると見事に予告された事件を防ぐことができたが、三件目での街頭演説ではまた失敗しているね」

「ふんっ、僕の忠告を無視するからだ。警察を通して政治家にも忠告はしているんだがな」

 Nが鼻で笑う。

「じゃあ今回は僕の勝ちかな? Nは犯罪を誘導した僕を捕まえられず、実行犯も捕まえ切れていない」

 Lが白い歯を見せて笑うと、Nの眉がピクリと動く。

「Lの勝ちだって? 笑わせるな僕はすでに事件を解いているし、犯人の目星もついている。襲撃に使われたのは銃。それも遠くから狙撃されている。事件現場から離れたところに薬莢と火薬を見つけたから多分素人だろうな。プロなら匂いまで消す」

「へえ、それで」

「そこからは簡単さ。監視カメラとあとはビルの出入りを調べれば一目瞭然だ。ビル専門の清掃員が事件当日に、街頭ビルに出入りをしていた。それも二件ともだ」

「なるほど。被害のあった二件。そこに清掃員が偶然いたから逮捕したってことか」

「靴に火薬が付いていたし、家宅捜査していたら銃が発見された。競技用ライフルだったが、人を殺すには十分だろう」

「なるほど……それで推理は終わりかいN?」

 Lはニヤリと笑うと同時にNのスマホが鳴った。

 相手は相棒のMだ。

 Nが電話に出ると。

『M今どこだ!?』

「事務所だ。Lが来ている」

『は? Lが何で……いやまあ今はいい』

「いいのか? 君がLをとりあえず置いておくなんて珍しいな」

『しょうがないだろ、たった今政治家が殺されたんだ』

「なにを言っているんだM。その犯人なら既に逮捕されて」

『ちがう。そのあとに予告状が送られてきてその通りになったんだ! しかも今回は室内で起こった』

 ガタッと音を立てて椅子から立ち上がったNは半ば呆然としてLを見つめる。

 しかし脳内はちゃんとMの言葉を聞いていた。

「詳しく話せ」

『予告状が来たのは昨日だ。けれど配達方法が郵送だっから、犯人が捕まってから送られたんだろうってことになったんだ。でも用心には用心を重ねるってことで、野外会見から室内に変更したんだ』

 それは正しい。なぜなら一度防いだ実績があるからだ。

 三回の予告のうち、室内に移したときだけは成功している。

「けれど、ダメだったんだな?」

『ああ、会見の時にえっと……そう、会見の時に政治家が入ってきてから一度停電したんだけど、その時に殺されたみたいなんだ』

「停電しただけか?」

『ああ、それだけだ』

「会見時の警備体制を教えてくれ」

『入れるのは許可証を持った記者だけで、入室時には手荷物検査があって外部と連絡するものはすべて取られるな。だから持ち込めるものは最低限の物だけだ』

「分かった。すぐに行く」

 Nは通話を着ると。

「やってくれたなL」

「ウェルテル効果は自殺を助長するものだが、今回僕が書いたものは殺人を助長するものだ」

「なんだと。いや、でたらめだ。購入した奴が偶然、お前の本を購入したに過ぎない。こうして広告が出ているならばそんな奴が一人いてもおかしくはない」

「そうだね。確率的にはね」

 Lは立ち上がって「それじゃあ捜査頑張って」と言い残してNの部屋から出て行った。


 現場に駆け付けるとNを見つけたMが走ってくる。

「N!」

「やあM。状況はどうだい?」

「それがもう混乱しっぱなしだ。犯人は捕まえたって君が言っていたのはみんなの記憶に新しいからね」

 そうまくしたてたMに、しかしNは謝るそぶりも見せない

「今日Lが事務所にきた」

「あ、ああ。そういってたな」

「あいつはウェルテル効果が自殺を引き起こすものなら、殺人も引き起こせるんじゃないかって言ってたぞ」

 Nは新聞に載っていた本のことをMに告げる。

「けれど逮捕なんてできない」

「ああ。まあそれはいい。今はこの事件を解くことが先だな」

「見ての通り殺人だ。室内で銃弾が一発。それで政治家は死亡している」

「入れるのは確か、許可証を持っている記者だけなんだな」

「ああ。しかもちゃんと荷物検査はしているんだそうだ」

 ほかにも金属探知機を通しているということでかなり厳重らしい。

「ボディチェックを受けないのは政治家だけか」

「どう思う?」

「簡単すぎる」

 Nは頭をかいて口をへの字に曲げる。

「は?」

「犯人は室内にいた誰か」

「ああ、そうだな」

「問題は方法だろ」

 Mが首肯する。

「M、君はめぼしはついているのか?」

 Nにそう尋ねられてMはしばらく考えたが、お手上げといったばかりに肩をすくめる。

「まず、スーツに銃弾は仕込めない。金属探知機に引っかかるだろ。てことは問題は道具の方だ」

「その道具が見つからなくてだな」

「カメラ」

「は? もしかしてカメラの中に仕込んでいるっていうのか?」

「ペン型のカメラがあるんだ。カメラ型の銃があってもおかしくはないだろう? むしろ、堂々と持ち込めて狙いを十分に定められる。それにカメラを持ち込まない記者よりも持ち込むやつの方が不審じゃない」

「でも確か犯人はビルの清掃の人って」

「多分それは間違いだ。事前に政治家は会見場所を伝えていただろ、だから狙いやすような場所に事前に火薬やらを巻いておく。当日は出入りせずにカメラに仕込んだ銃で撃つって方法だろうな」

 Nの新見解を聞いたMはすぐに警察に報告するために走った。

 その後ろ姿を見て、Nはわずかにため息をつくと、壁を一発殴る。

「この僕が誤認だなんて。ありえない……なにもかもLのせいだな」 

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