探偵Nと相棒Mの奇妙な村 後編

「N、面白がってたけど見当はついたのか?」

村の中を歩きながらMは尋ねた。

「ああ。一つだけお思いついたことがあるが……」

「あるが?」

「いや、それだとこの村の依頼そのものをなかったことにするしかないんだ」

 Nはぶつぶつ言いながら歩く速度を早くする。

「あの時、確かに宙に浮いてたよな?」

「被害者の少年か? 棒で回りに何もなかったのを確認したの見てただろ」

 それを指示したのはNだ。

「まあ、そうだな……」

 なんて話をしていると、皆が集まっている建物から悲鳴が聞こえてきた。

 NとMはお互いに顔を見合わせて一目散にその場所へ駆けつける。

「どうしたんですか!」

 Mは部屋に集まている人たちの中に入って行って、現況へと辿り浮く。

「これは! 濡れた藁人形……いったい誰がここに置いたんですか」

 室内の、それも人目があるところでこんなものが置かれたら、誰か見ているはずだ。

 しかしMの問いに誰もが首を横に振った。

「見てないんてあり得ないだろ!ここにこれだけの視線があるんだぞ!」

 声を上げたのは少し遅れてやってきたNだ。

「監視カメラが部屋中を見渡しているようなもんだ。いやそれ以上か。とにかく何で誰も見てないんだ」

「おい、落ち着けよ」

「マジシャンの視線誘導は超一流だ。こいつらもその心得があるから、人形が出る際の違和感にも気づくと思ってたんだがな」

「無茶を言うな。村人が一人なくなってすぐのことなんだぞ」

 Mが止めに入るとNはおびえている住人たちを見て頭を抑えた。

「みんな、すまなかった。えっとその……藁人形を見せてくれないか?」

 Nが手を差し出すと住人の一人が濡れた藁人形を渡す。

「ありがとう」

 半ば無理やり作った笑みを見せて、Nは藁人形を観察する。

「作った人間は手先が器用だな。それにひもの結び方と藁の先端の切れ目が揃えられているのを見れば生真面目な性格だとわかる。濡らしたのはついさっき。藁がまだ湿っていない」

「この部屋から一番近い水場っていえばトイレだな」

「ああ。そうだ。まだ風呂に入るには日が高すぎる」

 Nは部屋の人間を一通り見て、声を上げた。

「この中でついさっきトイレに行ってきた人はいるか?」

「……誰もいないみたいだな。もしかして部屋の近くに水たまりとかあるのかも」

「いや藁が汚れていないからその辺の水たまりにつけたわけじゃないだろう。くそっ犯人も手口も分からないなんて」

 いらだちを隠さないNは人形を握りしめたまま部屋を抜け出し、外へと出た。

 それから庭にあるきれいな祠の近くの石に腰かけて足を組む。

「殺人予告の人形を置いた奴は誰も見てないし、実際犯行は空中でお行われた。本当に魔術か……」

「そんなもんがあるなら俺はとっくにNを痛めつけてるぞ」

 Mが軽口をたたくとNは鼻で笑って口の端をつりあげた。

「君が僕を? なんのうらみがあるんだい?」

「Nは記憶力いいからな、思い出してみたらいいさ」

「分からんな。料理教室のときに気がある相手に不倫癖があることを教えてやったこことか? それともLから助けたこと?」

「……俺の腕を叩いて腫物が引く時間を計算したり、服を改造して着られなくしたり、ソファーの上にボウリング球を長時間乗せていたりしたことかな」

「ソファーはいいだろ。あれは事件現場と同じクッションだったからどのくらいで元に戻らないのか実験してたんだ」

「おかげで俺が座る場所はなくて、実費で新品を購入したけどな」

 Mは腕を組むとじっとNの持つ藁人形を見つめた。

「犯人の見当はついたのか?」

 Nは少しの間目を閉じて、それからゆっくりと開く。

「……ああ。一応ね。けれどその前に村長に会いに行こう。魔術師と直接対決できるか知りたい。M連れてきてくれないか?」

 Nに頼まれたMはすぐさま村長を連れてくる。

 村長は犠牲者が止まらないため顔が青ざめていた。

「お話というのは何でしょうか?」

「魔術師と話がしたい。それは可能なのか?」

「そうか。だったら、僕には到底手におえない事態だ。帰るしかない。この村の住人が全員審で魔術師が世界支配を望んでいても止められないだろうな」

「そんな……」

「安心してくれ。この村のことは一切外に漏らさない。もちろん警察にもだ。まあ僕の手に負えないんだから警察も手も足も出ないだろうね」

 肩をすくめて見せるNに村長は口を開きかけたが、すぐに閉じた。

「では今晩までせめて、おつきあいください」

「それくらいはかまわないさ」

「では、私はこれで失礼します」

 村長が去っていくと、MはちらりとNに視線を飛ばした。

「あきらめるのか?」

「ああ。明日になれば僕のお役目はなくなる。けれどその前に面白いものが見れそうだ」

 その夜。いつも通りの時間がやってくることはなかった。

 風呂場にいた女性の一人が水死体として見つかったのである。

「Nこれは……予告通りじゃないか?」

「いや違うね」

 死体のそばに膝をついたNが断言する。

「M見てくれ。この死体、昨日の死体と違うところがあるぞ」

「違うって、首つりじゃないとか男じゃないとかってことか?」

「よく見てみろ。爪には誰かの皮膚が残っていて、歯には血が少量だがついているだろ」

「争った形跡ってことか。確かに昨日なくなった青年には見られなかったな」

 Nは立ち上がるとこの世の地獄を見ているような顔つきをする女性に視線をとした。

 そして小声でMにささやく。

「魔術じゃない。ただの殺人事件だ」

 それからしばらくすると、今度は庭でまたひと騒ぎあった。

 住人が何事かと村の広場に集まっていたが、何が起きているのかはすぐに分かった。

「探偵N!この私と話がしたいそうだねえ」

 紫色のフードを被った女性が宙に浮いてそう声を上げていたのだ。

 下から見上げるNは数歩前に出た。

「僕がお前なんかと話したがっているってよくわかったな」

「この村での言動で私が知らないことは何もない。今日お前が初めて口にしただろう?会いたいと」

「そうだっけ?覚えてないけど、まあいいや。単刀直入に言おう。お前がやっているのは魔術でも何でもない。ただの殺人だ。それも大規模なトリックを使った殺人だ」


「で、その後はどうしたんだい?」

 太陽が真上に上った正午、Lが我が家のようにくつろぎながら、ソファの背もたれに体重を預けた。

 Nは暖炉にあるくすぶった日を見つめながら。

「トリックを暴いたさ。何簡単なものだったよ」

「ほう」

「まずあの村全員が役者だったんだ。誰一人として村長が頼んだように『魔術師を見つけて犯行を止めてくれ』なんて思ってなかったのさ。加えて町全体に種が仕掛けてあった。改修したばかりの家の床がきしんでいたのはそのためだ。まだ見つけきれなかったのもあるだろう」

「でもよく気が付いたね。彼らがマジシャン集団ならそう簡単にはボロを出さないはずだけど」

「濡れた藁人形が見つかった時、部屋にいる女性の服の袖口に濡れた跡があった。おそらく、人形を濡らしたときに濡れたんだろう。この時点で犯人が村人にいることが分かった。村人の中に犯人が混ざっていると仮定すれば、宙で首をつっていた青年、あの青年が確かに宙に浮いていることを確認するために棒を振った男も犯人の一員だと考えられる」

 足を組みなおしてNは続けた。

「加えて初めの依頼内容から疑ってみた。もし僕が達成できなくなればどうなるのか、達成できればどうなるのか……。前者であれば村は話題になる。この僕が解決できない事件が起こったとしてね。でも後者だったらただの集団殺人で村人全員が逮捕だ」

「おかげで逃げる最中、道に迷ったけどな」

 口をはさんだのはMだった。自身のソファに座って眉根を寄せるとLをじっとみる。

「僕は取材に来ただけさ。N続けてくれ」

「村長の狙いは村人全員と結託して僕をだまし、不可解な現象が起きる村として一世を風靡させたかったんだ。そのために必要な条件は僕が降参して警察に知らせる必要があった」

「けれどNは降参しなかったんだよ。それどころか村の殺人を秘密にするって言ってやったんだ」

 MがニヤリとしてNと視線を合わせる。

「ああそうだ。僕はあえてこの実態を秘密にすると村長に言った。村長は気が動転し『藁人形が見つかった翌日に死人が出る』という初期設定を破ることになったんだ。死人役は突然の変更に心の準備もなく殺されその結果、抵抗が生まれ爪の間に証拠を残す形となった」

「なるほど。それで後は全て警察に任せたということか。記事によれば確かに大掛かりなセットがあって、被害者女性の詰めにあった皮膚は別の女性のものと一致しているらしいね」

「村のために犠牲者を出すなんて馬鹿げだことだ。僕ならもっとうまい手を思いつくね」

「全員のために一人が犠牲になるなんて、昔の文献にはよく出てくることさ。人身御供、と言いうらしいよ。命をささげて神に祈るんだそうだ」

「くだらない」

 と一蹴したNは鼻を鳴らす。

「科学がここまで発展しても、人が不安になった時にすがるのは他人じゃなくて全知全能の神様なのさ。なぜだと思う?」

「さあ?」

「それは知識の外にあるからだ。化学は仮定を説明できても理由を説明できない。人は『なぜ自分がこんな目にあうんだ』と思ったときに根本的な理由を科学では解決できないことを知っているからだ。だから結果をポンっと持ってくる神にすがる」

「二人で話しているところ悪いんだが、Lは事件の記事を読んだのに何でここまで足を運んだんだ?」

 そう切り出したMは眉根を寄せてLを見据える。

「取材だよM。僕がここに、相談者用の椅子に座っているのが見えないのかい?」

「小説のネタってところか」

「ご名答。ま、使うかどうかはわからないけどね」

 Lは立ち上がると。

「僕はこのあたりでお邪魔するよ。あ、でも一つだけ」

扉に手をかけようとしたLが振り返ってNと視線を合わせる。

「記事を読む限りでは村の事情を知った若手マジシャンたちが数人、いるそうだね。復興にはたどり着かなかったとしても村おこしにはなったわけだ。これじゃあ君の負けだね」

「…………いいや、規模が小さい。僕の勝ちだ」

 長い間があってNは小さく言った。

「そうしておくことにするよ。じゃあまたどこかで会おう」

「二度と来るな」

 Lは笑うとそのまま部屋を出て行った。

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