探偵Nと相棒Mの奇妙な村 前編

 Lの取材から数か月後、NとMは山中で、道に迷っていた。

 おんぼろ車の窓ガラスには木々の枝がビシビシと当り整備されていない道がずっと続いていた。

「レンタカーでよかった。これが僕の車だと思うとゾッとしたよ」

 ハンドルを握るMがそう言いながら隣にいるNを一瞥する。

「そうだな。この車、年式と型からして相当古いから、払った代金だとおつりが来る」

「え、そうなのかい? 言ってくれたら余計な分は払わなかったのに」

「車に傷がついて返した時に文句を言われるだろうから、その時に言い返してやるさ」

「なんとも頼りがいのある言葉だ」

 そのまま一時間突っ走り、目的地である小さな村にやっとたどり着いた。

 車から降りるとNは大きく伸びをして。

「随分と長く走ったような気がするな」

「ナビが壊れてしかも君は地図を読めない。道は何本も分かれているし、そりゃ迷子にだってなるさ」

「そうなのか? 僕が事前に見た時は直進だったけどな」

「暗記してたなら言ってくれよ」

 そう呟きながらMはトランクから二人分の荷物を出した。

 一泊二日の予定だが、Nの分と一つにまとめているためかなり重い。

「暗記はしてない運転手は君だから、ほら、信じてんだよ」

「はいはい、そりゃどうも」

 Mが荷物を担ぎ、二人は集落の入り口まで歩く。

「それにしても、何もない所だ。村の入り口も結構草木が生えているし、手入れが行き届いていないのか?」

「目を輝かせながら言うなよN」

「依頼内容は『魔術師を退治してくれ』ってことなんだろ? 面白すぎる」

 二人の部屋に送られてきた手紙には、村に魔術師が存在し悪だくみをしていると言うことだ。

 魔術師の特定は出来ておらず、村ではなんと死人が出ているらしい。

「もしかして、探偵のNさんと助手のMさん?」

 女性の声が聞こえて、二人はいつの間にか目の前に現れた女性にMは驚く。

「あの、いつの前に……」

「さっきからここに居ましたよ」

 Mよりも顔一つ分低い女性は目を細めて笑うと、Nが口を開いた。

「この村の入り口はそう広くは無い。近くの草むらに隠れていて飛び出してきた……とも思ったが多分違うな。どこかに鏡が用意してあってそれで君の姿を隠していた。僕たちが近づくと君はそこから出て、村の入り口に立っていると言う訳だ」

「だから突然現れたように見えたのか。でも一体何でそんなことを?」

 Mが尋ねると、女性はくすっと笑う。

「Nさんのおっしゃる通りです。そこの茂みに三角形の鏡がありまして、私はそこに隠れていただけです。まあ理由としては」

「魔術師を見抜けるかどうかだろう?」

「ええその通り」

 女性が頷くと、Nは目を細めて彼女を観察する。

「あついのに手首までの日焼けしかないのは普段長袖を着ている証拠。視線の誘導の仕方に話し方が演技臭いし、出て来る際に足音がしなかったのは何度も練習をしているからだろう。しかし種としてはかなり単純。君はマジシャンの助手?」

「さすがです。では村の中をご案内します」

 女性が踵を返して歩き出すと、二人もついて行く。

 Mが重そうなリュックを担ぎなおしてNの横に並ぶと耳打ちをした。

「あれだけでマジシャンだって推測が良くできたな」

「彼女が突拍子もないことをしなければマジシャンだって見抜けなかったさ。マジックを見たあとにマジシャンですかって聞いただけのことだよ」

「そうなのかい?」

「アラブなんかでは暑くても長袖を着ているし、ぎこちない話し方は初対面人と話す時に人間がとる行動の一つだからね」

 Nは額に出ている汗を拭うとMだけに聞えるように小さくつぶやいた。

「少し厄介な所に来たかもしれないな」

「どういう事だい?」

「彼女のようにマジックを生業としている人たちは所々に癖が出る。けれど、もしそれを意図的に隠されてしまうと」

「見分けがつかなくなるのか。Lよりも厄介か?」

「さあね。見当もつかないよ」

 NとMが案内された場所は村の中心にある大きな建物だった。

 木造家屋だがしっかりと内装がリフォームされている。昔と今がまじりあったような所だ。

「随分といい場所ですね。風情がある」

 Mは感心したように言うと、女性が笑みを見せた。

「そうでしょう。でもその……Nさんは何をしていらっしゃるのですか?」

 女性の視線の先には、二歩進んで一歩下がるNがいた。

 ぎしぎしと板の音がうるさい。

「いやいや、君のように隠れている人がいるかもしれないと思ってね」

「床にか?」

「そうだよM。床に出入り口があるのは定番中の定番。東方の歌舞伎ではこの仕掛けの事を……」

「大丈夫ですよ。ここはそんな所では無いですから」

 女性がそう言うと、Nはピタリと動きを止めた。

 やっと板の音がしなくなりMは小さくため息をつく。

「ほら行こう。俺は早くこの荷物を降ろしたいんだ」

 大きな屋敷の廊下を数回曲がると、和室へと通された二人。

 そこには白髪交じりの優しそうな男性が座っていた。

「おお、ようこそ来た下さいました。私がお二人に手紙を出したものです」

 初老の男性は立ち上がり二人と握手をすると、次に座るように促してきた。

 Mがどっかりと荷物を降ろしNは辺りを見回しながらゆっくりと座る。

「それでは聞きましょう、一体何があったんですか?」

 Mはそそくさと筆記用具を取り出してメモの準備をする。

 初老の男性が言うには、この村自体が少し特殊なのだそうだ。

 元々マジシャンだった団体が、仕掛けやタネを作り出すために廃村寸前のここの土地の大半を買い取ったのだと言う。

 元住民との交流とマジックのタネ開発は順調すぎるほどにうまく行っていた。

「それはいい話ですね。廃村は結果として救われたわけですから」

「我々はマジックを住民に教え、その子供たちが成長して各地でマジックを行って見せた結果、ここに移住する者も出てきました」

「ほう。尚更いい事じゃないですか」

「しかしマジックを生活の支えとしてきた連中は仕掛けがばれることを恐れて出て行ってしまったのです」

 初老の男性が悲しそうに視線を下げて肩を落とした。

「なるほど、つまりネタの発展がなくなりそれと共に移住者も減ったわけか」

「よくお分かりですね」

「村の周囲には草木を見れば、人手が足りずに刈り取られていない事は明らかだからな。それにチープなネタをもう見せてもらった」

「N、あまり言いすぎるな」

「分かった、僕はもう口を閉じておこう」

 Mが続ける。

「村の現状は分かりましたが今回の魔術師と言うのは……」

「はい。数日前から村の住民、特に先ほど言った移民してきた者たちが謎の死を遂げているのです」

「たとえばどんな?」

「川でおぼれ死んだり、村の中で突然倒れる者が出てきたのです」

「事故死じゃないのか?」

 Mは口を開いたNを一瞥する。

 Nは肩をすくめて。

「憶測を言ったまでだ」

 と反論してきた。

「当初はわしらもそう思っておったんですが、死者は増え続けるばかりでして……それから奇妙な事に」

 初老の男性は少し間を置くと。

「村の中で釘を刺された藁人形が落ちておりまして、それが見つかった翌日には誰かが死ぬのです。首を絞められた藁人形だと被害者は首をつってますし、焼け焦げた跡だと被害者は火あぶりになるのです」

 思い出すのも嫌だと言った表情を作る初老の男性。

 しかし悩みの種はすぐに追加された。

「大変です村長! これを見てください!」

 部屋の扉を開けて入ってきたのは、若い青年だ。

 彼は手にしていたものを村長に見せる。

「まさか、首吊りの……藁人形か!」

「はい、明日誰か首をつって殺されると言うことです」

 青ざめる青年に間髪入れずNが口を開く。

「いや、僕が止めて見せよう。その為の依頼なんだろう?」

「おお、早速やってくれますか」

「もちろんだ。Mそれじゃあ村を見て周ろうか。まだ日は高いから十分に見れるはずだ」

 Nが立ち上がると、Mは開いていたノートを閉じて頷いた。

 村の中は至って平穏だった。藁人形が今日出たことはあの青年と村長しか知らないらしい。

「M、ここの村には建物が何件ある?」

「五十六件だな。もしかして首吊りなら屋内って考えているんだね?」

「その可能性が高いと言うことだけだ」

 二人は足早に家屋の中を覗いてみて周る。

 このとき、村の入り口で二人を迎えた女性がついてくれたおかげでスムーズに事が運んでいた。

「ロープで首つりが出来そうな家屋は五十六件中三十件、それ以外は済んでいても問題ないな」

「明日、それ以外の人たちは一か所に集めればいいね」

「ああ、首吊りの場所が無ければ吊り様が無いからな」


 翌日。

 Nは村長に対策をは話した。

 安全な家屋に住んでいる者はそのままでいいと判断したが、結局は一か所に集めることになった。

「住民が集まったのは三か所。村長の大広間、食料保管庫、機材保管庫。それと各場所への連絡係は二人一組で行動」

 Mが今日の予定を読み上げる。

 ついでに言うと、食事はあらかじめ用意しており、風呂は無し。排泄は三人一組で行く事とされている。もちろん村長も同じ条件だ。

「それでN、他には何かあるのか?」

「対策はこれくらいだ。なにせこれだけの人数を管理したことないからな」

「Nは他人と接するのが下手だからな」

「僕の説明を聞ける奴が少なくて困るからだ」

 Nはいつも通りの返しをする。

 連絡係の村人からの情報は何の変哲も無い。以上は無いのだから当たり前だ。

 だが。

 日が沈んで夜の七時ごろ、連絡係の一人が、二人の所に飛び込んできた。

「人が! 人が死んでいます!」

「なっ! 一体どういう事だ! もう一人はどこ行った!」

 連絡係は二人一組だったはずだが、やってきたのは一人だ。

「それが……隣にいたんですが目を離した瞬間に悲鳴が聞こえて……気がついたら何もないのに上へと引っ張られていったんです!」

「くそっ、要領をえないな! M行くぞ!」

 Nが走り出すとMも続く。

 連絡係の青年が言った場所まで走ると、そこには宙に浮いている人間がいた。

 首にはロープが引っかかっているが、吊るす場所なんてどこにもない。

「異常だ! あんな場所に人が……宙に浮いているぞ!」

「騒ぐなM! 見れば分かる! 誰か梯子を持ってきてくれ!」

 Nが叫ぶと同時に、既に三脚が運ばれてきていたようで、住民が宙に浮く青年の足元に備え付ける。

 連絡係だった青年がするすると梯子を上っていく。

「変なワイヤーとかは無いのか!?」

 Mが叫ぶと、梯子の途中で青年がぴたりと立ち止まった。それから護身用として持っていた腰の棒を手にする。

 宙に浮く青年の周りを棒でぐるぐると調べてみるが、特には何もないようだった。

「本当に宙に浮いている……のか……」

 梯子を上った青年が仲間に触れると、宙に撃ていた青年は糸が切れた様に落下しそうになる。

 皆がざわめくが、なんとか梯子を上った青年は仲間をキャッチして降りてきた。

「死んでいるのか?」

 誰かが口にするよりもさきにNが喉元に指を当てて瞳を閉じた。

 しかし一分もしない内に首を横に振る。

「脈は無い。降ろした時間から推測してからも蘇生は難しいだろうな」

 Nは立ち上がると、三脚を自身で登っていく。

 天辺まで到達して腕を伸ばしてみるが何も見つからないのか、すぐに降りてきた。

「N何かあったか?」

「何かあったら手ぶらで降りてこないさ」

 つまりは何もなかったと言うことだ。

「ここを歩いていて縄をかけられ、なにも無い空中までひっぱりあげられた……バカな。こんなことあるはずない」

「でも現に目の前でこうしておこってる」

「分かってるさM。けれど、まさか何もない屋外で首つりが起るなんて思わないだろ」

 Nが頭をかくが、その表情はまったく曇っていなかった。

「いや、予想外のことが起っている……面白い。M、僕は少し部屋にこもる」

「え、いやでもこれからの対策は……」

「それを練るんだ。本物の魔術師か……こんな辺ぴな所まで来たかいがあったぞ」

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