探偵Nと相棒Mの誘拐事件2

「さてと。僕にはさっぱりわからないが、Mは見当がつくかい?」

 じいっと暖炉の炎を眺めながらNがMに訪ねる。ゆらゆらとした影が不気味に壁に張り付いていてさながらお化け屋敷の様な部屋だが、二人ともそんなことを気にしている余裕はなかった。

「君が分からないなら俺だって分からないね」

「まあそうか。僕に分からないって事は全世界の誰にでも分からないって事だから、心配する必要はないよ」

「犯人は……Lは方法を知ってるけどな」

「僕より頭がいいって言いたいのか?」

 むすっとした顔をするNにMは首を横に振った。

「そうは言ってないだろう。方法を知ってるのはLだけってことさ」

「行ってくれた方が張り合いがあったかもしれないけどね」

 警察も二人も完全に行き詰まってお手上げ状態になっていた。

 少年Oが自殺した謎が解決しないまま、新たな犠牲者が出た。二人に共通点は無く接点すらもない。

 二人目の自殺者はLと無関係だと警察は初め思っていたそうだが、Nによればそうでは無い。いや、ここでも自殺する理由なんてものが無かったからNにとってはLが関与していると見た方がいいと言うことだ。

「M、Lは何か言っていなかったか? 警察に話した時よりも詳しく教えてくれ」

 そう言われて腕を組んだMは額に皺を寄せて低く唸った。Nほどでは無いにしてもそれなりに記憶力はあると自負している。

「こう言っていたな……『僕が潜ませた種は既に芽吹きつつある。君たちが生活するうえで必要な物のなかに溶け込んでいるんだ』ってさ」

「他には?」

 それからMはまた頭をひねって、ぞうきんを絞る様にして記憶を抽出する。

「そういえばLは本を読みもするし、書きもするって言ってたな……」

「まさか! Mそれは本当に言っていたのか!?」

 椅子を倒して立ち上がったNはMに詰め寄った。

「ああ」

「もしかして『予定された物語』じゃないか?」

「それはLが手にしてた本のタイトル……ってまさか、二人の共通事項ってその本をもっていた事かい!?」

 Mもハッとしたように立ち上がると、おたがいに額をぶつけ合って悶絶してしまった。

「「~~~~」」

 額に手を当ててNが。

「なにをするんだM! 僕の知識がどこかにいってしまうだろう」

「じゃあ俺のを分けてやる」

「ダメだ。それじゃあ使い物にならない。それよりもだ。もし僕の仮説が本当ならば、二人だけじゃすまいはずだ」

 正気に戻ったNは薄い上着を一枚着て、Mにも外に出る支度をするように急かしてきた。

 二人は玄関を出て真っ先に警察署へ行くと、『予定された物語』に関しての販売情報を集める。

 『予定された物語』はベストセラーにもなった物語だ。十代から四十代前半の読者層を持ち、テレビやネットで騒がれたものの、作者の顔は伏せられ担当編集者しか分からないのだと言う。

「そしたら、出版社と編集者はすぐに分かるから、そこから作者を辿ればいいんだな?」

「いや、僕の予想が正しければ編集者はとっくに自殺しているはずだ」

 大量に集められた紙の資料に視線を走らせながらNはほぼ断言するような口調で言う。

 署で作業をしろとの命令を断って、集中できるからと自宅へまた引き返して三時間が経過していた。しかしMにはさっぱりNがやっていることが分からない。

「初めに発売した時の売れ行きと、その後、その書店近くで起った自殺数を比べると……やっぱり比例しているな」

 やっとNが口を開いてどこか納得した様子を見せた。

「どういうことだいN?」

「あの本が自殺を誘発しているんだM。すぐに警察に行って本の破棄と、書店の在庫処分、あとネット通販の対応もしてもらって……」

「ちょっと待てよN。いくらなんでもそれは難しいだろう。自殺と何の関係も無いじゃないか。本をもっていたから自殺ってありえないって」

「どうしてあり得ないって言いきれる? さあほら出るぞ」

「いやどうしてってさ……」

 Mの肩を推して外へと出ようとするN。しかしMは納得がいっていなかった。本で自殺するなんて信じられない。

「まあ取りあえず説明してくれよN」

「これは多分、ウェルテル効果だ。彼らはその実験に使われているんだろう」

「まさか……だってウェルテル効果ってつまり、本に影響されてって言うあれだろ?」

 Nは間髪入れず首肯する。

「『予定された物語』は二人の主人公、彼女がいる方と、いない方。そして二人とも自殺する。これがベストセラーになった理由はリアリティが高くストーリーに没入できるからだ。それに一人称で書かれているため、非常に読者の意識の中に主人公は入り込んでくる。普段使っている『俺』『僕』が無意識のうちに暗示になっているんだ」

「いやでも」

「もちろん仮説だ。しかしいくつかの歴史的事件もある。Lは『既に刷り込んでいる』と言ったのならば多分、これを読んだ読者のことを指しているに違いない」

 説明されてもにわかには信じがたいM。しかしNの推理が外れたことはなかった。

「それ、実は俺読んだ」

「僕は読んでない」

「俺は読んだんだよ! まったく、君の推理が正しかったら俺も自殺するのかい?」

「いったろ仮説だ。それにウェルテル効果は誰にでも出るとは限らない。極度に他人に鈍感だったり、感情移入しにくい人間なら」

「俺は鈍感やろうって事かい?」

「さあ、それは知らん。とにかく行くぞ。別に読んだとしても気にするな、その時は殴ってやる」

 二人は警察署へと赴き、すぐに書店に連絡を入れ、購入者の破棄を促す広告をと考えたが……あっさりと追い返されてしまった。

 現実的に可能なのは書店での破棄までだと伝えられたのはいい。しかし本を破棄するための根拠が科学的に基づかない仮説であるために、見送られることとなってしまった。

「あいつら、自殺者が増えてから止める気だろうな」

「根拠が無ければ動けない。動けないなら事件を未然に防げない。いやそもそも起ってから対処するのが一般的なんだっけ?」

 警察署から出てきた二人は、とくにNは怒りに肩を震わせながら歩いていた。

 途中で買ったコーヒーを一気に飲み干して紙コップを握りつぶす。

「せっかく謎を解いたのに、あいつらのおかげでLに……」

 とNが怒りを吐露しようとした時だ。

 Mがあっと声を出して足を止めると目の前にいる人物を指さした。

「やあM、それにN。こんな所で散歩かい?」

 微笑を浮かべて旧友にでもあったかのような口調のLがそこにいたのだ。

 手に持っているのは『予定された物語』。

「おまえ……」

 とMが一歩ふみ出すと、そこでNが止めに入った。

 肩をおさえられたMはNに何か言いたそうだったが、そのまえにNが切り出してしまった。

「お前がLか。ウェルテル効果とはまた随分と変な仮説に手を出したな」

「さすがはNだ、そこにもう気が付いたのかい? ニュースや新聞じゃ、なにも手掛かりはないと書いていたんだけれどね。ひょっとしてついさっき突き止めたのかな?」

「バカ言え、昨日すでに警察に連絡している。今日は……別の用事で来ていただけだ」

 Nの隣に立つMは小さくため息をついたが、何も言わずに見守っていた。

 Lはクスッと笑い、本の背表紙を撫でる。

「そう。ならいいけど、どちらにしろ今回は僕の勝ちだ。君は証明こそしたけれど自殺は止め切れていない」

「いや、トリックは暴いたから僕の勝ちだ」

 Nはふんっと鼻を鳴らす。

 しかしLは気にも留めずに。

「僕の目的を止め切れていない時点でNの負けだ」

 そう言い返し互いに自然をぶつけ合った。

 僅かな沈黙が場を支配したが、先に切り出したのはLだった。

「まあいい。僕も用事があってね。今回はこれでお邪魔するとしよう」

「バカを言えL! 逃げられると思うなよ。今すぐ警察に連絡して」

 Mがポケットに手を突っ込んでスマホを取り出すも、Lは気にした様子も無く首を横に振り、本で肩を叩く。

「分かってないねM。僕は直接手を下してはいない。出版しただけだからね。それに自殺は不規則に起きるだろうから、本があっても自殺しない人はいるわけで証拠にはならない。これがウェルテル効果のいいところだね」

「この……!」

「それじゃあ二人とも失礼するよ」

 Lはヒラヒラと手を振って遠ざかっていく。

 呆然とその背中を見ていたNは、Lの姿が見えなくなると踵を返して警察署の方へと戻り始めた。

「M面白くなってきたが……やっぱり自殺者が出るのは気に食わない。恫喝してでも対応策を練らせてやる」

「そうだなN、俺も付き合うよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る