第4話
彼女たちが呼び出された部屋には、現場を指揮していたエグバートと、数名の部下。黒のスーツに灰色の髪をした背の高い細身の男と濃いグレーのスーツを着た茶色の髪を持つ体格のよい男。そしてその場には似つかない赤いドレスを着た長い黒髪の少女。すみれ色の瞳がドアから入った三人を捉える。
「クリスティーヌを殺した人は見つかったって聞いたのだけれど?」
再び集められた彼女たちは代表ともいえる赤毛のブリジットがそう言うと、出来損ないの首振り人形のようにがくがくと頭を揺らした。
「それが、毒瓶を持っていた男はクリスティーヌ嬢とまったく接点がないんですよ」
右手で彼女たちを奥の方に誘導しながらエグバートが言う。
「毒瓶を持っていたのに?」
アデレードが同じホテルの一室にいるジュリアンへ視線をやった。彼がその人であると知っているのだろう。目立つ男だ。
「クリスティーヌにモンブランを配った人間だと聞いているし、接点なんて調べれば出てくるんじゃないの?」
しかしエグバートは残念ですがと、二枚の紙を三人に向ける。
「その問題の人物、そちらのレノックス氏なわけですが、彼の出入国に関する資料です。もう一枚はクリスティーヌ嬢。彼は各国をかなり行き来している人物ですが、この街、レイムスに来たことはありません。そしてクリスティーヌ嬢はガードラントを出たこともなく、旅行先でレノックス氏とかちあっていることもない。残念ですが、彼と被害者の接点は認められないのです」
今まで会ったことがなかったから殺人犯ではないだろうというのは多少強引な気がする。だが、クリスティーヌは会ったことがないのに殺す動機が見つかるほどの有名な人間ではない。その婚約者も然り。たかが地方都市レイムスの一貴族にすぎない。
警察は彼を最重要参考人の席から退けた。
直前までの面白がっているあの態度のせいもあったのだが。そして今もそれは変わらない。
「それで次は私たちを疑うというの? クリスティーヌを殺したい動機があると?」
ブリジットが怒りを含んだ声色でそう問うと、エグバートはいやいやと首を振る。不自然に笑顔で彼の思惑はまるわかりである。
いえいえ、まさか、その通りです。
「皆さんずいぶんと落ち着かれたようですし、先ほどお話を聞いた以外に何か思い出したことはないかと思いまして。どんな細かいことでもかまわないんですよ。それか、そこのレノックス氏とクリスティーヌ嬢の接点で、何か彼女から聞いていることがあるのならそれでもいい。後からお伺いするよりも、今日なるべく聞いておけるなら聞いておきたい」
何か思い出さねばお前たちのことを一から百まで暴き立ててやるぞと言外に脅す。
たとえエグバートにそのつもりがなくても、彼女たち三人はそう取った。
そして、それが大切なポイント。
最終的に容疑に繋がらなくとも、誰かをスケープゴートにしなければ自分たちの周りに悪い噂が立つ。結婚前の女性にとって、この傷はでかい。しかも、これによってクリスティーヌの婚約者は晴れてフリーとなったのだ。チャンスがないわけではない。
己より相手がより窮地に立つような材料はないか、それを探り出す。
こうなると泥沼だ。
結局一人の男を奪い合って負けた面子。それまではもしかしたら本当の友人であったのかもしれない。だが、今は違う。競争相手でしかない。女同士の醜い争いは、警察という職業柄いくつも見てきた。あまり気持ちの良いものではないが、有益ではある。本音が出ればボロも出る。
「一番クリスティーヌに怒ってたのはブリジットじゃない。せっかく彼へ誕生日のプレゼントアピールが成功したのに横からそれをあの子にかっさらわれた。クリスティーヌの甘え方は本当に巧いからね。もともとあなたはよく怒る方だけど、それにしてもあのときの怒りっぷりは尋常じゃなかったわよね。殺してやりたいって言ってたじゃない。いっつも彼女のおねだりに泣きを見てたのはブリジットだわ」
まず先制攻撃を仕掛けたのはアデレードだった。彼女の指摘にブリジットはみるみる顔色を変える。
「なによ、あんたっていっつもそうよね。相手の粗を見つけてはそれを逐一報告する。自分を磨く努力をしないで相手を引きずり落とすことばかり。だからフレデリックにも嫌われるのよ。『アデレードと話していると女友達って怖いなって時々思うよ』って彼言ってたわ。もっと自分のことを好きにならないと、幸せになれない子だよね。って」
「嘘よ! そんなこと、彼が言うはずがないわよ!」
今にも掴みかからんばかりのアデレードをダフネが慌てて引き剥がす。
「やめて、二人とも」
すると、そのとばっちりか矛先は彼女に向かった。
「ダフネはいつもそれよ。優等生ぶって。誰からも好かれるいい子ちゃんでありたいのはわかるけど、こんなときまで落ち着いていられてもムカつくだけよ」
「容姿も勉強もスポーツも知識だってすべてクリスティーヌより上なのに、結局選ばれたのはあの子だわ。どうしてかわかる? いい子過ぎるのよ。いつでもそんな態度じゃ嫌味なだけよ。それでいて実はプライド高いから、今回のことはだいぶ悔しかったみたいね」
いい気味。
言外のブリジットの台詞にダフネは眉をひそめる。
「そんな風に思われていたの。残念だわ。友達だと思ってたのに」
うつむくダフネに二人は呆れたようにため息を吐いた。
けれど、彼女はそのまま黙らずに、顔を上げると真っ直ぐエグバートを見つめる。
「満足ですか? それぞれの本音を引き出せて」
「それは誤解だ。第一、その程度の話はもうすでに調べ上げている。はっきり言ってしまえば、さしたる進展もなく残念だ」
これは本当だ。他の二人も彼の言い方にこちらを向いて睨んでくる。
「私たちの誰かが犯人だと決め手を持っているわけではないようですね」
「捜査の状況をお話するわけにはいきません。毒の入手経路を洗えばそれなりに手がかりも見つけられるとは思いますが、それにしたって時間はかかる。しばらくは我々にご協力いただくことになりますね。何せ殺人ですから。何度もお宅にうかがうことになるでしょう」
何度ものところで、三人とも嫌な顔を隠そうとはしなかった。
「ですが、私たちだけでなく、やはりそこの彼ももう少し調べた方がよいと思いますよ?」
ダフネがそう言ってジュリアンの方を見る。
「ほう。こちらの調べでは足りないと?」
「本当にクリスティーヌと知り合いでないか疑わしいと言っているんです」
「それは、何か知っておられるということでしょうか?」
エグバートの声が低くなる。
「おかしいね、あんなにかわいいお嬢さんと話をする機会があったなら、僕は絶対に覚えているはずだよ」
彼女の感情を煽るような笑顔でジュリアンが言う。
それをエグバートは止めない。
いつもなら茶化して横から口を挟むセイラも黙ってにこにこと事の成り行きを眺めていた。
「クリスティーヌのことはまったく知らないと? 初めて会ったというの?」
畳み掛けるようなダフネの言葉に、彼は悠然とうなずく。
「もちろん。顔どころか名前すら知らなかったよ。君たちは今は崩壊してしまったがそれなりに友人ごっこを楽しんでいたんだろう? だったらクリスティーヌ嬢の恋の遍歴ぐらい把握しているんじゃないかな?」
ダフネを除く二人は確かにとうなずいた。
「あの人の話は聞いていないわね。あの子すぐ写真を見せていろいろ自慢してくる子だったけど……」
ブリジットの台詞にアデレードも同意の色を示す。
「結構かっこいいから、クリスティーヌなら絶対に話してるわ」
かっこいいとの言葉に反応して、彼は胸の前に手をやりうやうやしくお辞儀をした。
けれどダフネはそんなジュリアンを嘲るかのように見やった。
「けれど、私はさっき聞いてしまったわ。あの子のことを、愛しい天使と呼ぶのを」
「なにぃ?!」
エグバートが声を荒げる。聞いていた展開と違う。
彼は、犯人がボロを出すだろうから、自分たちが疑われており、今後も疑われ続けるのだということを暗に、そして露骨に匂わせればいいと言ったのだ。
ジュリアンは打って変わっての硬い表情を見せていた。
反対にダフネは穏やかな表情であたりを見回す。そして警察の中でも実権を握っているエグバートの前で止まった。
「事実よ。彼は問題の毒入りモンブランを配っているときに、クリスティーヌへ囁いた。こうも言っていたわ。『愛しい君が他の男に抱かれるなど許せない。永遠に私のモノだ』と」
「おい、本当なのか!」
壁際に並んでいる三人との距離を、詰めようとする。
すると、セイラが一歩前へ出る。優雅に部屋の中央に現れちょこんとお辞儀をした。
「言ったわ。ジュリアンは確かに、そんなようなことを言ってたわ」
「ほら、証人がいる。確かにそこのお嬢さんも一緒にいたわね、あの場に」
赤いドレスの少女はダフネに対してうんうんとうなずく。彼女の台詞すべてを肯定する。だが、ただ無邪気なわけではなかった。
「あなたが犯人なのね」
笑顔で宣言する。なんの含みも思惑も持たせずに、ただ事実を突きつけた。
「何を……話の流れを聞いていなかったのね、お嬢さん。私はあなたの連れを犯人の可能性があると言っているところなのよ?」
「あら、あなたこそ状況が読めていないお馬鹿さんよ。最初の計画通りそこの二人のうちどちらかの鞄に忍ばせればよかった毒瓶が、なぜかジュリアンの鞄から見つかった。他の二人はクリスティーヌとジュリアンの接点を知らないという。あなただけがジュリアンがクリスティーヌに想いを寄せていたという」
大人びた少女はレースの手袋に包まれた人差し指をダフネへ向けた。
「この状況でクリスティーヌとジュリアンの関係を知っているのはあなた一人だけなの」
「それがどうしたって言うんだ」
あまりに自信たっぷりに言い放つ少女に飲まれて、辺りが一瞬静まった。だがエグバートはすばやく体勢を整えると彼女の言葉に疑問を投げかける。
「だから、犯人の候補としてそこの男を外せないってことをそちらのダフネ嬢は言っているわけだろ?」
「警部補さんはもう少し考えてよ! 警察がジュリアンと被害者の接点が見つけられなかったんでしょう? なんで部下のその報告を信じてあげないのよ」
両手を腰にやってぷりぷりと怒る少女。それを見てにやつく男。対照的に渋面なのは灰色の保護者。
「セイラ、探偵役は僕に任せてもらえるんじゃなかったのかなー?」
「そうですお嬢様。人様に人差し指を向けるのは行儀がよろしくありません」
「……クライド、この状況で叱るところそこなの?」
「ですが、探偵といえば指を突きつけて犯人を指名するのでしょう?」
間違ってはいないけど、とジュリアンは天を仰ぐ。
「待て待て、あんたたちの漫才で時間を潰すのはやめてくれ。いいか、彼女の一言であんたも重要参考人になった。言いたいことがあるのなら、簡潔にわかりやすく、だ」
周りの忍耐がそう持たないと判断したのか、ジュリアンがセイラを後ろへ追いやり自分が中央に出た。真っ直ぐダフネを見る。
「あなたは僕を重要参考人だと指摘し、僕は……というかセイラはあなたを犯人だと言った。なかなかに興味深い状況ですね。――それでは、まず犯行の手口からお話しましょうか」
何か言いかけたダフネを唇に人差し指をあてて制すると、彼はゆっくり首を振る。
「言ったでしょう? 探偵のお仕事を尊重してください」
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