第3話
「あの四人はこのレイムスにある中流レベルの女性が通う短期大学校に籍を置いていました。この学校はお嬢様学校としてずいぶん有名で、女性の結婚には有利に働くようですね。まず被害者のクリスティーヌ・チェスターは卒業後、フレデリック・フラーと交際し、今度結婚する予定だったとか。残念でしょうねぇ」
「かわいそうに」
しんみりと漏らすセイラの頭をなでて、彼は続ける。
「お次はアデレード・アボット。卒業後家事手伝い、ようは仕事はせずに実家の父親の庇護の下、悠々自適な生活を送っている、と本人は言っていた。実際は就職する気がないだけだったようです。親の資産をあてにしている、本人はたいしたことのない人物……と、これはあくまで聞いた話です。実は彼女たちの大学は付属で、お話をしてくれた人がその元の大学の卒業生だそうです」
あまり女性に評判がよろしくないようだ。
「三人目のブリジット・ボードウィン。赤毛のしっかりしていそうな女性でしたね。頭も切れるようで、父親の会社で秘書の仕事をしている。縁故ではあるが、仕事ではそういった面を見せず、周りにも能力が認められているキャリア・ウーマン。最後にダフネ・ドレイクは、ずいぶん頭の良い優秀なな女性だったようで、大学の方の教授に呼ばれて今は大学の研究室で助手をしているとか。つながりがありそうでない四人は、それでも仲良くやっていたそうです。――フレデリック・フラーが現れるまでは」
「いつの時代も女同士の喧嘩の影には男あり、ね!」
「お嬢様、どこでそういったことを覚えてくるんですか」
クライドに睨まれて、セイラは首をすくめる。連れに容疑がかかっているというのにたいしたものだ。それだけジュリアンのことを信じているのだろう。彼の容疑が晴れることを微塵も疑っていない。
そんな三人の態度のせいでエグバート自身も彼が犯人でないように思えてきてしまっているのも事実だ。
「フレデリック・フラーは彼女たちが在学中に行われたお茶会で、四人と出会い、傍から見ていてもかなり必死に競争していたようです。容姿のレベルは平均より高めで、フレデリック自身も四人に言い寄られて悪い気はしなかったでしょう。うらやましい限りだ」
女性同士の友情は、男の影で崩壊するとよく言われるが、それは結局その程度の友人であったということだ。
在学中はそれこそ手を変え品を変え彼にさまざまなアプローチをしていたが、フレデリックは、特定の一人を決めなかった。それが一層彼女たちの水面下の争いを激しいものにする。
そんな関係は一年ほど続いたらしい。しかしこの冬、とうとうフレデリックはクリスティーヌと婚約した。彼女たちの争いに、勝者と敗者という非常に分かり易い結果がもたらされたと思ったのだが。
「クリスティーヌ嬢はおねだり上手だそうで、フレデリック・フラーだけでなくその周りの人間から色々と攻めたり、正攻法でない作戦もずいぶんと結果に影響したようです。知ってか知らずか、フレデリックは彼女を選んだ。そしてこの事態です」
「フラーさんはよっぽどすてきな男性だったのね」
自分の方が数段上だと言い張るジュリアンを無視し、エグバートはうなずいた。
「フラー氏は青年実業家ってやつでね。レイムスでも結構名前を聞くようになってきている。彼女たちの学校は、男性を立て、家庭を守る知的な女性を育成するという、働く男にとっちゃ都合のよい女が多くいるところで、あの学校出身の女性を妻に持つのは実業家の一種のステイタスでもあるんだ」
学校側も卒業後すぐ結婚することを推奨している。そのための出会いの場を積極的に作る手間も惜しまない。そんなイベントの一つで彼らは出会った。
「外見も悪くないし、話も面白い。事業は波に乗っている。そんな男を逃す女はいませんよね」
「だが、そんなことで被害者を殺そうと思うだろうか?」
確かに逃した魚は大きいが、他の三人だって悪くない。男はフレデリック一人というわけじゃないだろう。
「ところが、彼女たちはあの学校の中でもトップクラスの四人です。フレデリックにぞっこんだったことは周知の事実。いまさら他へというわけにはいかないんですよ。だめだったら次へ。その程度の女と思われてしまう。他の男も自分は代用品だと高らかに宣言されることになる。あの学校の女性をと思う人間の中で、そういった屈辱に耐えられるような男はそういない。つまり、ほとぼりが冷めるまで、彼女たちに結婚というゴールは見えない。一年後の同窓会では同期のほぼ八割が結婚している中、自分たちは下手なプライドのために一人で過ごす羽目になる。もちろん、こんな言い方はいやですが、男のランクを下げれば、問題ないんですけどね。これがこの街でのちょっとした噂です」
フレデリックへの注目度が上がってきている中、その弊害とも言える彼女たちの置かれた状況。
しかし、だからと言ってやはり殺すのは行き過ぎている気がする。
「それだけ四人はフレデリックのことを本気で好きだったのね」
少女の言葉にエグバートは考えることを止める。
「セイラ、そういうときこそ、愛していたと言うんだよ。彼女たちは本気で彼のことを愛していた。だから勝ち誇ったクリスティーヌの笑顔を正視していられなかったと」
「すてきね」
どこがだ。
少女の感性にはたまについていけない部分がある。ジュリアンもその言葉には苦笑していた。
しかしそれは少なからず事実なのだろう。争奪戦の敗者の辿る道は、事前にわかっていた。それによって自分がどういった状況に置かれるか、よくわかっていたはずだ。それでも必死にならざるを得なかった。
それだけフレデリック・フラーを欲していた。
この短期間にそこまで話を引き出してくる男の手腕に恐れのようなものを感じながら、エグバートも考える。
考え込む彼に、ジュリアンは笑う。
「まあ、動機なんて周りの人間がどれだけ検討しても、殺してしまおうとまで行く激情は、ほんの些細なきっかけで噴出する。それが周りから見てあきれるほどちっぽけな理由であることもある。憎しみや怒りなどの感情の大きさで片付けられるほど単純明快なものではない。動機なんて、お飾りみたいなものですよ」
「それは確かにね。動機が殺すに値するものかなんて、本人の指針でしか測れないもの」
自分に動機がないと言った側から、動機など犯行に関係ないと解く。
からかわれているとしか思えない。
どうしてくれようかと肩を落としていると、ノックがして部下が男を連れてきた。
「警部補、モンブランを作ったベキルさんです」
浅黒い顔に立派なひげ。身長は高くない。百七十ないかもしれなかった。小柄な人物だ。
しかし、彼こそがこのバイキングの功労者であり、モンブランの名を世界へ轟かせたパティシエ、サイモン・ベキルだ。エグバートも彼の作品を愛している。まだ二十五歳でこれだけの技術を手にするには、かなりの努力が必要だっただろう。
エグバートが立ち上がり挨拶をしようとする。
だが、目の前の天才パティシエは彼を素通りし、その奥を見て驚きに目を丸くしていた。
「これは……セイラお嬢様。クライド様も」
「サイモン、久しぶりね」
セイラがソファーから降りて床に立つと、サイモンは警官を押しのけ進み出て彼女の手の甲にキスをした。
「いらしていたのならお声をかけてくだされば」
「旅の途中で時間があったから寄っただけなの。あなたのケーキを久しぶりに食べたくなってね」
置いてけぼりを喰らっているのはエグバートと、ジュリアン。
気づいたサイモンがこちらを向いて頭を下げる。
「五年前、レイムスに来る前にセイラお嬢様のお屋敷に雇われておりました」
「毎日サイモンの作るケーキを食べていたのよ。幸せだったわー」
そりゃ幸せ極まりないだろう。
うらやましくて恨めしい。
「それにしても、私のケーキを食べた方が亡くなってしまうなんて」
うなだれて暗い表情を作るサイモン。その様子に、もう菓子は作らないといい出しそうな雰囲気を感じて、慌てて声を上げる。
「あなたのせいじゃありませんよベキルさん!」
「あなたのせいじゃないわよサイモン!」
仲良くハモると、サイモンは目を細めて笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます」
周りの視線を感じて、咳払いをすると当初の目的通り彼の話を聞いた。
その前に。
「悪いが三人は別の部屋で待機していただけませんか?」
だが、言ってはみたが彼らがこちらの話を聞くとはハナから思っていない。そして予想通りの展開。
「嫌よ! サイモンの話私も聞きたいもの」
「私も別にかまいませんよ?」
かつての主従はこちらの意向を完全に無視してお互いの同席を求める。
「だめよサイモン。警部補さんがそれじゃ困るわ。『警察の方々に協力は惜しみません。ですが、セイラお嬢様の同席。これが条件です』と言わなければ」
サイモンはにっこり笑ってうなずく。
「御心のままに」
「弁護士呼ばれるよりましでしょう?」
関係者からの調書であるのだが、ここはあきらめるべきところらしい。
「仕方ない。それでは、こちらへどうぞ」
座っていたソファーを空けて勧め、自分は近くのテーブルから椅子を持ってきて腰掛ける。
「まず、モンブランの作り方を。すべてベキルさんが作っていらっしゃるとお聞きしました」
「ええ、そうです。このモンブランだけは必ず私が一人で手がけます。もちろん、材料や道具の準備は他の人がやってくれますが、材料の撹拌から生地作り、仕上げまで私が管理して作ります。他の人間には触らせていません」
「そうされる理由をお聞きしてよろしいですか?」
「このホテルのデザートはすべて任されていますが、このモンブランはちょっと温度を間違えただけで驚くほど味が落ちます。それだけは許せない。僕を有名にしてくれたのがこのモンブランでもあるわけですから。少しずつ、その作り方を弟子たちは盗み、完成させていくことでしょう。でもまだその域に達する者は出て来ていない。あと二、三年すれば任せられそうな子もいますが、まだ、他人にゆだねることはできません」
職人のこだわりというやつだろう。
語るときのサイモンは瞳の奥に強固な意志が見えた。
エグバートがこうやって警部補という立場を手に入れることができたのは、人の目を見れば相手の語っていることの強さが伺えるという特技を持っていたからで、それがわからないのは目の前にいる三人くらいだ。どこまでも余裕で何が真実なのか謎だ。
「ということは、もし毒を入れるとすれば……」
「私だけでしょう」
言いよどんでいると、サイモン自らがその続きを話す。
「ですが、無名の私を引き上げてくれたモンブランにそのようなことをする意味がありません」
確かにそうだ。これではこのホテルのバイキングを今後も続けて行くことは難しいかもしれない。
それに、トンクからは毒が見つからなかったのだ。何かしら細工をして配ったあとでモンブランに毒を付けなければこの状況は完成しない。
「ねえねえ、警部補さん。そこの写真、現場のもの?」
向かい合って置かれたソファー。先ほどまで座っていた場所の横に、本来机の上に広げられた捜査資料が置かれている。その中の一つを目ざとく見つけた少女が好奇心丸出しで尋ねてくる。
「そうだが、見せんぞ」
「いいじゃない。ケチっ! 私たちはジュリアンの疑いを晴らすために犯人を指摘しないといけないのよ? これだけ協力しているんだから、捜査資料の一つや二つ!」
本来なら任意同行を求めて警察署へ連行してもよいくらいの事実が出てきているのに、ホテルの一室で話を聞くに留めているのは考慮されないらしい。
「セイラ、警部補さんを困らせちゃいけない。テーブルの物の位置は覚えてるから――紙と鉛筆お借りしますね。確かこんな風だったかな。ちなみに座っている位置はこう」
「よく覚えてるわね」
「美人の集団だから。目立ったし」
そういって描かれた図は、現場写真とほぼ一緒だった。小物の位置も間違いがない。
「あんた、もしかして資料を盗み見たとか……」
「いえいえまさか。ほら、警部補さんに最初に話しかけたとき、テーブルを覗いたでしょう? だからですよ」
「なかなか性能のよい記憶力だな」
被害者を起点として、右隣にダフネ。向かいにブリジットで斜向かいにアデレードだ。
「クリスティーヌのそばにナイフが二本って変じゃない?」
セイラが指さす。
「そうだね。落としたのかな?」
「ああ、そんなことを言ってた。しかし、本当によく見ている」
正直驚いた。
「お褒めにあずかり光栄です。でも実際彼女たちがどう動いたかは、やはり警部補からこっそりお聞きしない限りわかりません」
セイラとジュリアンにじっと見つめられる。クライドはこちらの話を聞いているのかどうかもわからない。だが意識を向けてきているのはわかった。
他の二人の行動がわかりやすく目を引きやすいので、彼は自然と影に埋もれる。しかし、肝心なところは必ず押さえている。
うなること五分。部下が入国許可証の履歴を持って来る。クリスティーヌとの比較も済ませているらしく、彼は首を横に振る。
「資料は見せられない。俺が勝手に話すだけだ」
二人は申し合わせたようにうんうんと同じ角度でうなずいた。
「三人それぞれの話を混ぜて話すと――」
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