20話「芽依と僕・4」

 その週の日曜日、つまり夏休み最終日。

 通常であれば風物詩とも言える翔平の宿題を手伝うという地獄があった。

 しかし今、僕は芽依お姉ちゃんの後を追っていた。

 芽依は僕を誘わなかった。

 まあ、僕には関係ないから、仕方ない。

 ただどうも最近、僕の嫌な予感というのが良く当たる。

 もちろん今日もそうだ。

 

 僕は芽依お姉ちゃんの後ろ姿を眺める。

 彼女は今、実の母親の家に向かっている。

 僕はただ、心配という理由で芽依お姉ちゃんをつけている。

 芽依お姉ちゃんは僕がつけているとも知らず、歩いていく。

 

 見えたのはアパートだ。

 見るからにボロい。

 そのアパートの一室に芽依お姉ちゃんは入っていく。

 僕は2人の関係に何も関係がない。

 このアパートの前で待っていよう。

 

 何分経っただろうか、僕はずっと待っていた。

 芽依お姉ちゃんが見えた。

 部屋から出てきたのだ。

 けれども、何かがおかしい。

 「芽依お姉ちゃん!?」

 僕は堪らず駆けつけた。

 芽依お姉ちゃんは僕を抱き締める。

 

 強く、強く、抱き締める。

 「い、痛いよ、芽依お姉ちゃん」

 離そうとはしない。

 「私、大人になりたくない……」

 そう、芽依お姉ちゃんの口から漏れ出た。

 「帰ろう」

 僕はひとまず、芽依お姉ちゃんを連れ帰った。

 

 帰りの途中の芽依お姉ちゃんは何かが変だった。

 周りの大人に怯えているようだった。

 なんだか、いつもの芽依お姉ちゃんじゃなかった。

 

 芽依お姉ちゃんは僕から離れないように、後ろをついて来る。

 まるで子供のように。

 こんな芽依お姉ちゃんは見てられない。

 僕は帰路で、そう思っていた。

 

 「春山さん。芽依お姉ちゃんが……」

 何て説明したらいいか。

 春山さんは、芽依お姉ちゃんの様子を見る。

 「おかえり、芽依」

 そう言って迎える。

 「彩香、部屋にでも」

 春山さんの奥さんは、芽依お姉ちゃんを連れて2階に行く。

 それを確認して、僕は家に招かれた。

 

 居間には僕と春山さん。

 木のテーブルには、麦茶のコップの水滴が付いていた。

 「正直に言うと、僕は何も知らないんです。芽依お姉ちゃんは僕を連れて行った訳じゃないし……」

 春山さんは麦茶を一口。

 氷の音。

 「怯えているようだったか?」

 僕は、はい、と答える。

 「芽依は家に引き取られた後、しばらくあんな感じだった。過去の記憶が、蘇ったんだろう」

 「はい……」

 僕の前に置かれた麦茶は、一向に減らない。

 「大丈夫、暫くすれば戻るだろう。ところで、一つ確認しておきたい。芽依と付き合ってる、でいいんだよね」

 飲もうとした麦茶が危うく吹き出しそうだった。

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