信じてますから
翌日。
俺は又ギルドに訪れている。
昨日みたく急を要する仕事をするわけでもないので、冒険者が比較的多い時間帯である丁度いい朝方にこうして足を踏み入れたのは良いのだが。
「……こりゃ時間がかかるな」
目の前には、それぞれの受付に冒険者達が各々依頼書を片手に長い列で並んでいる光景があった。
だが、別に珍しい光景ではない。寧ろ(まあ、そうだよな……)と納得してしまうほど見慣れたものなのだ。
この時間帯は特に混むのが決まっているので、いつも特にこの時間は受付嬢達や係員達などはそれはもう忙しそうにしている。
しかもここはギルド本部という、王国中の全てのギルドを牛耳っている総本山でもある。当然、高所得者や地位が高い人間からの比較的高い報酬の依頼が多く寄せられるので、利用する冒険者達は多い。
昨日まで凄く広く感じたこのホールも、今や祭り事のような密度になり、窮屈に感じる。
人混みを人の肩に当たらないように注意を払いながら通り抜けていく。
何せ冒険者という職業は血の気がある奴等が多いので、肩に当たっただけで喧嘩が勃発するのをこれまでに何回も見てきたのだ。朝っぱらからそんな無駄な労力使いたくないし、何より喧嘩は周囲に多大な迷惑を与えてしまう行為だ。
もし、偶然依頼書を貼りに来た一般の人の前で冒険者同士の喧嘩を目撃してしまった時、それを見た人たちは多くの場合、冒険者という職業への暴力的で危険だという感想を持ってしまうことだろう。
冒険者で一番大事とされているものは依頼者との信頼関係だと、リーアさんが言っていた。
そもそも依頼とは、依頼者の依頼するギルドへの信用と、それに対してのギルドの責任の下に報酬金という契約が結ばれて初めて成り立っているのだ。
信用がないとそもそも依頼してくれないし、依頼したとしてもちょっとした手違いで賠償金を請求されてしまう。
なので一番は信用。なのに、その信用を壊す行為を行ってしまえば、悪い噂は悪い噂を呼び、依頼者が減少。ギルドは立ち行かなくなり、結果冒険者全体にも被害が及んで生活費が稼げなくなる。
そして敢えなく失業者が続出。当然全員が就職できるわけなく、元冒険者達による窃盗や強盗等の犯罪も多くなっていき──と、一度人の信用を失うことになれば、こういう負の連鎖が起こり得てしまうのだ。
過去に何回か、そういう冒険者同士のいざこざに一般人を巻き込んでしまった事があった。
その度に、ギルドマスターや幹部達、係員、はたまた受付嬢達までもが前述した万が一の負の連鎖を起こさない為がに、態々街中の家へ頭を下げるために駆り出されていた。
当時はただただギルド本部の人達が可哀想で、そして何故問題を起こした冒険者にそれをやらせないのかと疑問に思ったものだ。
ギルドマスター達が居ない間の運営は他のギルドから一時的に派遣された人達が行っていたのだが、やはりその人達も優秀で滞りなく時は過ぎていき、問題が起きて一週間経過したある日の朝方にはギルドマスター達は戻ってきた。
しかし、いつも通りのギルドとは明らかに空気が重くさせるような負の雰囲気を侍らせて来た。そして何処か疲弊させた表情でそれぞれ仕事をし始めたので、俺を含めた多くの冒険者達はそこで察した。
そこからはもう行動が早かった。なんと、皆ギルド本部の面々の心身の疲弊を案じてか、休憩出来る時間をつくらせるように、殆どの冒険者達はその日予定していた依頼を続々と取り止め始めたのだ。
そんな状況を見て受付嬢達からは「大丈夫ですから」と、自分達の事は気にせずに依頼を催促する声が上がったのだが、多くの冒険者達は受付嬢達に負い目を感じさせないために、様々な下手な嘘を吐いて、ギルドを後にしていたのを良く覚えている。
まあ少人数は依頼を平然と受注していたのだが、それも配慮の一つだと俺は思った。
要は『あんたら受付嬢達は今日は特別仕事量は少ないが、ちゃんと人数が少ない俺たちにしっかり対応しているから仕事はしているんだぞ』みたいな大義名分を作らせるために残って、しかも比較的討伐依頼より処理が簡単な採集依頼を受注したのだ。
(あの日だけはここにいる奴等と心が通じ合った。皆が皆日々苦労をさせて、お世話になってるギルドの面々の心配をしてあんな行動を取ったんだよな)
因みに、俺も他の奴等と同じくギルドの面々には出来るだけ休んで欲しいと思ったので、即行でその日の依頼は取り止めた。その後、昼の時間には日々お世話になってる受付嬢達へ甘い菓子を送り届けたという、我ながら結構良いことをしたと思える。
余程謝罪に頭を使ったのだろう。甘いものが欲しがっていたのか、受付嬢達は喜んでくれた。
あと殆どの冒険者達が今日の活動を休止したので、いつもは勤務の時間帯がギルドの面々にとって心身ともに余裕が出来る休憩時間に変わっていると同時に、これまでにない程の暇な時間を過ごしているように見えたので、退屈させないようそのまま俺も残って世間話等をしたのも覚えている。
──そんなこともあり、あの出来事から受付嬢達と話す関係にはなったが、それはあくまで副産物に過ぎず、何よりもあの出来事で一番に得たことは、一見して自由な職業に思っていた冒険者という仕事は沢山の人に支えられて、迷惑をかけて続けられていることに多くの冒険者達が気付けたことだ。
そのお陰で、冒険者達も積極的にギルドに協力し始め、今日までに至っているのだ。
「──あ、エーデルさん。おはようございます」
「お。お前か。いつもギルドを綺麗してくれてありがとな」
そう耽りながら歩いている途中に、一人の清掃員に挨拶へ笑顔で返したのを皮切りに、俺が来たことに気付いたのか様々な人達も近寄ってきた。
「──エーデルさん! 今日もお疲れ様です!」
「お疲れ様。そっちこそ毎日の沢山の事務作業してるじゃねえか。俺なんてそっちと比べたら雀の涙程度だよ」
と、普段は寄せられた依頼書の整理等をしている事務員と謙遜しあったり
「──おはようございますエーデルさん。今日も頑張ってくださいっ」
「お疲れ様です。今日もし受付することになればお願いします」
若手の受付嬢の満面の笑顔で元気を貰ったり
「──今日もよろしくです」
「ああ、よろしく」
様々な素材を査定する鑑定士の少女と握手したり
「──いやぁ……今日も渋い髭してますね! 格好いいぜ」
「お前は話しかけんな」
昨日薬草採取する前に話した戦友のロイスにからかわれたり
「──あ、エーデルさん。今日も頑張りましょうね」
「おはようございますリーアさん。今日もよろしくお願いします」
相変わらず美人なリーアさんの笑顔に癒されたり
「──エーデルさんっ。おはようございます! 料理教室楽しみですねっ?」
「お、おう……リンネか。おはよう。料理教室の時は頼んだ」
昨日散々料理教室の日程について話し合ったためか親しくなった若手の受付嬢のリンネに凄い勢いに圧倒されたりと。
ギルドに来て早々足止めを食らっているが、人付き合いなので全然許容できる。
こうして思えば、ここに来てから三年は経っているが、何の取り柄もない俺でもこれほどの人数と会話できて仲になっている。
(皆優しいよな。普通ならこんな男に話しかけないっていうのに。……いや、言っちゃ悪いが優しいじゃなくて変人だからか?)
自分のことを棚にあげてふざけてみたものの、内心ではとても嬉しいし感謝したいという気持ちがある。
「……どれもこれも。運が良かっただけだな」
間違いなく、こんな俺と話してくれる人達に今恵まれている。偶然優しい人達と出会い、偶然話し、偶然馬が合い、偶然仲良くなったのだ。
今の生活を不自由なく過ごせているのは全て周りのお陰だ。運命を司る神に感謝せねばなるまい。
(さて。今日は何しようかな)
掲示板の前まで行き、思案する。
(……手紙と土産品を南区の協会へ運送依頼。こっちは……家の修繕依頼。それで薬草採取と続いて、鉄鉱石の一定量を採掘の依頼、か。どれも良いけど、今日は家の修繕にするか。力仕事は単純で簡単だしな)
「……あの。この依頼受けたいんですけど」
「はい。少々お待ちを」
掲示板から取った依頼書をリーアさんに渡すと、いつもの完璧な微笑で丁寧に受け取り、そのまま確認した。
数秒もすれば「正式な依頼であることを確認しました。依頼人から説明するように言われているので、今からこの依頼の概要を説明致します。先ず──」と、簡潔且つわかりやすい説明をされ、説明し終わると「質問はございますか?」と、聞かれたが当然無いと答える。
逆にあの説明で質問がある方がおかしいぐらいだ。
リーアさんから言われた事は大きく分けて三つだった。
一つ目は修繕するに当たっての注意であり、適当に修理したものだとこちらが判断した場合、受注者から報酬金の倍の謝礼金を送らせるということ。
二つ目は場所なのだが、どうやら屋根が一部穴が空いてしまったらしいので、そこを直して欲しいとのこと。
三つ目は三階建てなので高いから、作業する時は十分注意すること。
この三つだ。他にも言われたことがあったのだがそこまで重要なことではないので省くが、少なくともこの依頼人は良い依頼人だと分かった。こちらの身を案じていること態々依頼書の項目に書いてくれてるからだ。
「ではここに氏名を」
記入欄にエーデルと書き、その横にリーアさんも担当受付嬢として氏名を書いた。相変わらずず綺麗すぎる文字で自分の名前が霞むが、そんなことはどうでも良い。
「ふふ……またこれによってエーデルさんとギルドの評価が上がりますね」
そんなことを思っていると、リーアさんが仕事の時とは違う、心を緩ませた雰囲気で笑いかけてきた。
「はは……まあ、これが俺に出来ることですから」
「世間では背伸びして日々挑戦していく人の方が夢があって格好良いと思われてますが、私は身の丈に合った仕事を一つ一つ忠実にこなしていく人が一番格好良いと思います」
「……い、いやっ。その。俺はただ、戦うことから逃げてるだけで……」
「それだとしても、私は格好良いと思います。確かに、荒事から出来るだけ遠ざかる為に雑用依頼をこなしていくことで周囲からは好奇な目で見られることも多くなっていくかと思います。でも、そんな目で見る周りは周りで、実は普段から寄せられた雑用依頼を受注してないことにないこと負い目があるのを自覚してるんです。だから、負い目を感じているを認めたくないためにエーデルさんをそういう目で見るんですよ。だからこそ、エーデルさんはこの後何をすればいいんですか?」
「……何を?」
「──つまり、エーデルさんは自分自身の道を行けば良いんです。周りからどう思われようが勝手ですよ。エーデルさん自身の手で自分の人生を彩っていくんですから。それに、自分の信念を最後まで貫き通せば、自ずと周囲も染まっていきますよ?」
「いや、それは多分有り得ないですよ」
「そうでしょうか? もうエーデルさんの色に染まっている方々は既に沢山いらっしゃる筈です。当然現在だけでなく、ここに来る前にも居たんじゃないでしょうか? まぁ、今ここでエーデルさん一色に染まりそうになっている方も私が見る限りちらほらと……」
「「「……!?」」」
「……え?」
その言葉に、周囲の受付嬢達が明らかに反応したのを見たが、多分(え……そんな物好き誰?)と、余りにも驚きすぎて反応したのだろうと思った。
(いやそこまで驚くこともないだろ。傷付くだろ)
「ということで、続きは後日にしましょうか。依頼人を待たせてはいけませんからね。でも、これだけは覚えておいて下さい」
「はい。なんでしょう」
「ここに居るギルド職員一同、あなたのことを信じてますから」
「──」
リーアさんに言われた言葉。それは、ごく平凡で、特別な言い回しでも特別な内容でもなかったのだが、それでも俺は感銘を受けてしまった。こんな言葉に凄く感銘を承けてしまうなんて、なんと安っぽい心なのだろうか。
しかし、そんな言葉のお陰で──
「──チッ……いい気に成りやがって」
「リーアとリンネを囲って何するつもりだ? あの不審者」
「そんなの決まってんだろ。……ほんとつくづく最低な奴だな」
「──おい聞いたかよ。昨日あいつ薬草採取するだけなのに五時間もかけたらしいぞ」
「おいおいマジかよ。どんだけ非力なんだあいつ?」
「それに俺らが居ない間受付嬢の一人を口説いてたって噂もあるぜ?」
「ええ……? 最っ底ね」
「……なんか話してるけど、あれ本当なの?」
「……らしいよ。でもどうせ男共が噂流してるんでしょ。そんな話より依頼探しに行こ?」
「──というか何であの髭剃らねえのかな。不潔なだけだろ」
「それな。てかそんな雑用が好きなら冒険者なんか止めて奴隷にでもなればいいのに」
「『ギルドの雑用係』……だっけか? もう『ギルドの奴隷』にでも改名しちまうか。ははっ」
「いやもう犬で良くね? 冒険者なのに誠実に雑用依頼だけを頑張ってらっしゃるわけだからさ」
「──ねえ。聞いた? 今の話」
「え? 何?」
「ほら、あの人」
「ああ……まあ、いつものことでしょ。どうせまたなんかやらかしたんだよ」
「ね。なんでまだ居んのかな……」
「何か未練があるんじゃない? でも散々やらかしておいて居るのは迷惑でしかないけど」
「そうだよね。しかも絶対大勢殺してきてるよね……」
「ま、あの人にもあの人なりの考えがあるんでしょ。じゃなきゃここまで皆に避けられたりしてるのに辞めたりなんかしないよ」
「──」
今のように、何時ものような容赦なくかけられる数多の陰口。
それによって自分自身を他人を段々と信じられなくなっていた心が、リーアさんの言葉だけで、どれだけ信じようと思えるようになったのかは微妙なところだが、切っ掛けをくれたのだ。
だから、俺を卑下する言葉も、俺に失望する言葉も、今はリーアさんの言葉が何よりも嬉しくて辛くはなかった。
「「「……」」」
周囲で俺へ陰口を叩く奴等に、受付嬢達は眉を狭めて、これまでにない程の冷たい目線を送って抵抗してくれていた。
「……っ」
目の前で対応するリーアさんも、怒ったような、しかし悲しそうな表情を隠くすような無理をした笑みを浮かべて、冒険者達に対して言いたいのを必死に耐えてくれていた。
(……こんなにも。俺のことを信じて)
受付嬢達がここで俺を擁護すれば、今は陰口だけで済んでるが後にもっと過激になるかもしれない。だから、受付嬢達はそれを察して、そして俺の身を案じて、敢えて擁護をしないんだろう。
そんな対応をしてくれた彼女達に、凄く感謝したい気持ちで一杯だが、ここは早くこの事の一端である俺がギルドからでないと事態に収束が着かない。
未だに聞こえてくる陰口達を一身に受けながら、今日一番の心配げな目で見つめてくるリーアさんに、深呼吸してから言葉を絞り出す。
「……では行ってきます。リーアさん」
返事は聞かないまま、周囲の好奇な視線たちを背に、俺はギルドを後にしたのだった。
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