馳せるのは、後悔と希望と


 帰り間際での受付嬢達の何故か素っ気なさが溢れる見送られ方をされたのを気にしながら、ギルドから宿に直行で帰えってきた。


 (……まさか俺のことなんて二の次で、ただ単に退屈な業務時間内で持ち場を離れられて、且つ気持ちや仕事面で楽な料理が出来るから、受付嬢さん達はあんなに一人で抜け駆けしたリンネのこと睨んでたのかな)


 不意にギルドでのことを思い出し考えた結果、案外受付嬢達も楽がしたい人が多いのかと、真面目でお堅い印象だったものを少し楽観的な方へ改める。

 良く考えてみればそれもその筈で、やっぱり同じ人間なので出来るだけ楽がしたい気持ちの持ちようは一緒なのだ。


 しかし、ギルド本部の受付嬢は特に選りすぐりと聞いているので、今までは本当にお堅い印象しかしなかったのも当然と言えば当然だ。日頃の仕事ぶりや姿勢を見てきていれば、凄い人たちだなと思うと同時に住む世界が違う人たちだなと誰もが思ってしまう程のものだ。


 先ず、絶対に言い淀まない。そして絶対に噛まない。尚且つ簡潔に欲しい情報だけを分かりやすく伝えてくれる。

 初めてここで受注した時はそれはもう驚かされたものだ。それこそ、説明をし終わった時の俺の返事なんて「──え? あ、ああ! はい?」と内容は凄く理解できたもののその話術に圧倒されて思わず聞き返してしまうほどに。


 軍に入っていた頃、比較的王宮での仕事が多かった時期があり、城の人間と話す機会があったのだが、これほどまでの話術を持っていたのは宮廷魔術師と王女様方ぐらいだった。

 

 (でも今日は何だか、俺のしてほしい事に対して過剰反応するわ仕事そっちのけでジャンケンしだすわ、挙げ句にはあの本部の受付嬢の一人が料理教室してくれるわで……今までの印象が大分崩れたな)


 そう思えてくると、選りすぐりの優秀な本部の受付嬢たちに親近感が湧いてくる。  


 これから受付嬢達と接するときは、これまでよりは緊張せずに接しられるかもしれないと思いながら宿の扉を開けると、掃除をしていたようだったミラさんが迎えてくれた。 


 「おかえり。今日は早かったね?」


 「ただいま戻りました。ああ、今回の依頼は比較的楽なものなので」


 (……お、いい匂いだな。仕込みしてんのかな)


 ミラさんの相変わらず包容力がある力強い声に何処か安心して肩の荷を降ろし、笑顔で返答した。

 するとその直後、厨房から食欲を啜る良い匂いが漂ってくる。どうやらエリーが夕食の準備をしているらしい。

 そういえば昼食を食ってないことをここで思い出したが、この宿は昼食は出さないので、後で出店にでも行こうと思い立つ。


 「どんな依頼だったんだい?」


 「薬草採取ですよ。先日に丁度薬草の群生地を見つけてたので、達成目標である五十本集めるのも苦では無かったですね。……まあ、いつものような土木工事や下水道の修理みたいなものでは無かったので、今日は早く帰ってこられたんですよ」


 そんな俺の説明に、ミラさんは感嘆したのだが、何処か浮かない顔だ。


 「なるほど。だから今日は早かったんだね。……でも、なんかねえ?」


 「はい?」


 感心するところまでは良かったが、次には疑念がある表情で俺の顔を見つめてきたので、見覚えがなく少し腑抜けた返事をしたら、次には疑念ではなく難色を示すようにその瞳を細めた。

 

 「確か……この地区じゃいつもあんただけそんな仕事やってるんだろう? 他の冒険者供は何やってるんだい?」


 (……ああ、そんなことか)


 豪胆なミラさんが珍しく難しい顔をしたので何かと思えば、どうやら俺以外の冒険者達がギルド本部へ寄せられた様々な雑用依頼をやってくれないことに不満だったらしい。


 「……さぁ? そこまで他の奴等とは付き合うことは無いですし、比較的報酬が高い討伐依頼とかやってるんじゃないですかね?」


 不満げなミラさんにそう返答すると、余計に難色させて怒気を含ませた声色で吐き捨てるように言う。 


 「はぁ……大体予想は突いてたけど、冒険者はいつの時代になっても冒険者だね」


 と、呆れたように嘆息するミラさん。


 (冒険者はいつの時代になっても冒険者、か)


 ミラさんの言いたいことは共感できるが、実のところ厳しい現状にある。

 『冒険者』とは一体どんな職業かと誰かに聞かれると、皆一様に答えるのが、魔物討伐だの迷宮探索だのと派手なことを生業としている職業、だ。

 確かに元々は一攫千金を狙う荒くれ者だけが集い、自らを未探索の未知の世界を切り拓く者として『冒険者』と名乗り始めたのが切っ掛けだ。最初は犯罪者として国に追われたのだが、ある時見つけた迷宮を攻略し、莫大な財宝を国に持ち帰った時、初めて『冒険者』という職業が認められたという逸話がある。


 しかし、今の冒険者としての立ち位置は何でも屋である。

 何故かと言えば、曖昧なものなのだが、いつの日か様々な人材が集まってくるようになった冒険者という職業のことを鑑みて、有用活用しようと当時のギルド本部と国は公式に雑用依頼を受け入れると公言したらしい。


 正しい判断と言える。様々な人材が集まってくる仕事なんて中々見つからない。

 様々な人材が揃っているということは対応できる場面が多いことを表している。何も戦いだけではなく、民事にも様々な人材とその才能達を役立てようとする当時のギルド本部と国の思い付きは素晴らしいと思う。


 が、現状は見たままで、この地区は愚か、他の地区のギルドでも雑用依頼が溜まりに溜まっているらしい。因みにこのことは前にリーアさんと話しているときに聞いたことだ。 


 なのでミラさんの言いたいことは分かるのだが、現実はそうはいかないのだ。

 

 「いや、でもしょうがないんじゃないですかね。誰だって生活面が厳しいですから、効率良く稼がないと先行かなくなってしまいますし」


 「……そんなこと言うと、そういうあんたは何してるんだっていう話になるじゃないか」


 心底呆れたような表情で嘆息するミラさんの言葉に動揺してしまう。


 「い、いやっ……まあ、俺は俺、他は他ですよ」


 今のミラさんのように返されると弱る。事実、ここ五年はギリギリの生活を送っているのだ。

 ジトッとした目で見てくるが、我慢だ。


 「……はあ。あんまり無理すんじゃないよ。あんたに倒れられたりしたら、それこそ此処の地区が立ち行かなくなるからさ」


 「……何大袈裟言ってんですか! 俺ぐらい抜けたって支障なんて出ませんよ」


 余りに大袈裟なことを言うものだから笑ってしまっただが、一方ミラさんはまだ心配げだった。


 「それに、あんたが倒れたら皆が心配して仕事になんか手を付けられなくなってしまうよ……絶対」


 「なんかミラさん、今日はやけに心配してくれますね。……でも、その。ありがとうございます。嘘だとしても嬉しいです。では、また夕食で」


 「…………うん。ちゃんと食べに来るんだよ」


 「はい」


 まだ納得してない表情だったミラさんを尻目に、自室へ向かった。


 「……」


 (……俺みたいな男を、こんなに心配してくれるのは、やっぱりミラさんだよな。それに、エリーもそうだし……何だかんだで戦友達も、受付嬢さんたちだってしてくれてる)


 「──結構、仲間に恵まれてるんだな。俺」


 感慨深く目を瞑り、次には開いた先にあったのは自室の扉だった。思い耽っていたのかいつの間にか到着してたらしい


 部屋に戻ると、装備から普段着へ着替える。

 そして、ベッドの上へ装備していた皮装備一式を並べて、武器等の荷物は丸机の上へ置き、それらを一歩離れた位置から少しの間見つめた。


 (異常は……ない、な)


 帰ってきてから早々やっているのは、アイテムの個数確認や装備品の点検、必要であれば研磨剤で磨き直す等、言ってしまえば振り返りみたいなものだ。

 勿論、バックの中に入っているのだが冒険書という、毎日の活動記録を付けている日記があり、何が良くて何が悪かったのかを振り返っている。


 つまり、この帰ってきてからの数十分は『振り返る』のを習慣付けているのだ。


 休みたいは休みたいのだが、一度休んでしまうとどうにも体に力が入らないため、まだ力がある内の時間帯にこうしてこの時間を設けている。

 

 とか言って、このようなことをやる意義を問われると即答はできないのだが。


 建前上は、反省して次に生かす為の時間なのだが、実はいうと昔からやっているのでこれをやらなければ落ち着かないという理由がある。


 (──あ、ここちょっとほつれてるな。明日にでも修理してくるか)


 今のように、戦闘中に支障をきたす前に皮装備の膝当てに不備があったことが分かったので、明日にでも武具店へ向かうという予定を事前に立てる事ができた。


 色んな意味で重要な、この装備品を点検し振り返る時間は、何度も言うが俺の習慣なのだ。

 




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 アリエス王国 王城

 



 

 「中尉。本日の訓練、完了致しました」


 日中ということもあり、城下街の賑わいが城の前庭にまで届いている。


 ──重厚な正門の壁の向こうに、一度見てしまえば夢に出てくるぐらいに色とりどりの草花がところ狭しと生えている広大で優雅な前庭。そして、その奥に聳え立つのは、ここアリエス王国の最高位にある国王が玉座に座る、それそれは大きく立派で、それでいて美しい王城だった。


 そんな王城の敷地内の前庭に観賞用に設置された木製の長椅子に優雅に座り、読書をしている儚げながらも凛々しい雰囲気を周囲に放つ美しい少女に立て膝を突き、恭しく礼をしたまま報告する騎士の二人が居た。


 「──そう」


 彼女は、恭しく礼をしている騎士をその透き通った碧い瞳で一瞥した後に短く答え、読んでいた本を栞を挟んでから閉じた。

 

 ゆっくりと立ち上がった際、彼女の触れてしまえば傷付きそうな繊細な絹を思わせるプラチナブロンドの長髪が揺れる。


 小鳥達の囀ずりが、風で揺れる草花達が、それぞれ吹き抜ける風と共にこの優雅な前庭に反響する。今日は快晴で日当たりも良く、のどかな雰囲気の前庭の美しさを更に昇華させていた。


 「怪我人は居ませんか?」


 「はい。目立った怪我人は居ませんでした。居るとしても、指のタコが潰れた者が何人かいましたが、問題ないでしょう」


 「そうですか。一応、その者達に今一度大丈夫そうか確認してきて下さい」


 「承知致しました」


 「下がって良いですよ」


 「失礼します」


 迅速に立ち上がった騎士は、一礼をしてから、彼女の元から立ち去っていった。


 「……」


 今一度、彼女は立ち上がったはずの長椅子へ腰を降ろし、今度は本を開かず、そのまま目先に広がる草花達へ目を向けた。

 目を向けたのは無意識だった。しかし、外で読むには絶好な読書日和の中での彼女の心中は何故か冷たいままだった。


 (今日は……いえ、今日も)


 「──」


 先ほどまで何処か冷たい雰囲気だった表情が、今はつまらなそうに嘆息して、疲れたような表情を浮かばせている。


 (……この頃、出撃も多くなってきましたし、何より戦う理由が明確に持ててない状態で戦うのは苦痛でしかありません)


 このアリエス王国には『白銀の戦乙女ホワイトヴァルキリー』と呼ばれている、現状王国最強の騎士が居る。

 その異名は、華奢な体格でありながらも、真っ白な甲冑を着た者が縦横無尽に戦場を駆け抜け、その跡には敵兵士だけの死体が必ず転がっているという逸話から付けられた名だ。

 武器は長槍を使い、の『救国の戦槍』と謳われた英雄、エデル・バデレイクが敵兵士へ振るっていたとされるバデレイク流槍術を得意としており、未だ負けた戦は無いと言われる程の女騎士だ。

 忽然と姿を消した英雄の後釜として期待されるそんな最強の女騎士の名前は──


「……エデル中将。私はこの先、何を信念にして戦っていけば良いのでしょうか?」


 (貴方が隣に居たから、私は自信を持って戦っていられた)


 今、隣に居ないあの大きく、全てを任せられるほどの器の持ち主の背中を思う。


 (貴方の信念に。貴方の騎士道に……私の騎士道が確かにありました。なのに──)








 ──パスラっ……なんで、俺はちゃんと……


 ──……ごめんなさい。エデル


 ──っ!? ……何で謝るんだよ……どうして謝るんだよッ! 


 ──……さようなら。エデルっ……


 ──待てっ、行くなパスラ! パスラあッ!







「……」


 あの日、国を救ったのにも関わらず、彼自身が報われなかったあの時、私が動いていれば、今にもこうして長椅子へ座っている私に、気さくに話しかけてくれたのだろうか。



 ──今の王国は、明らかに緩みきっている。あの当時、あの時の危機感がまるでない。こんなときに、大国である帝国に攻められればどうなるのだろうか。私はその時、果たしてあの人のように国を守りきれるのだろうか。


 彼女はそんな過去への後悔と、現状の危機感、そして自身の力への不安をここ3年は抱き続けていた。

 毎日のように、緩みきったこの国と、そして彼女の心に警鐘を鳴らしている。


(……エデル中将。私はこの国を、国民達を、そして……この国の何処かに居る貴方をこの手で護ることは出来るのでしょうか?)


 希望はある。それは、召喚した勇者の存在。


 しかし、そんな存在に彼女は頼りたくなかった。


 彼女にとって勇者とは、尊敬して止まない自分の信念の源である人の愛する人を奪い取り、どん底に追いやった最低な男だ。実際、この手で痛め付けてやりたいとも思えるほど恨んでいる。


 よって国にとって希望だとしても、彼女にとって勇者とは絶望なのだ。


 ──もしも、この国にとって勇者以外の希望があるとすれば、それは私ではなく、あの人しか居ない。


 願わくば、もう一度。この国を護るために、自分の隣に立っていて欲しい。


 王国最強と謳われる彼女──ジャンヌ・イリシア。又の名は『白銀の戦乙女ホワイトヴァルキリー』。


 


 「──いつか。いつか必ず、貴方の隣へ舞い戻ってみせます。エデル中将」


 


 独りでに呟いた瞬間、その言葉を運ぶかのように、前庭で吹き抜けていた風が一挙に強くなる。


 長く美しい長髪を揺らす少女の無感情だった顔は、忽然と姿を消した英雄へ向かってその思いを呟いた後──静かに微笑んでいた。



 又、もう一つの物語は動き出す。





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