2.合流式下水道

 私たちは、支線しせんから幹線下水道かんせんげすいどうへ、滝のように流れ落ちた。

 太い管径かんけいを備えた幹線下水管だが、すでに天井が水しぶきに洗われるほどの流量りゅうりょうになっていた。天井に張り付き垂れ下がっていた油脂のかたまりが、水流にぎ取られ、油のボールとなって私たちの中をおどり回った。

 私たちはもはや下水であり、たくさんの混合物の運搬者うんぱんしゃになっていた。

 ご飯粒、パンくず、あか、糞、尿、吐瀉物としゃぶつ、トイレットペーパー……彼らはたやすく水に溶け、流れをさまたげず、手間のかからない乗客であった。だが油球ゆきゅう、髪の毛、ティッシュペーパー、野菜くず、落ち葉、煙草のフィルター、ガムのみかす、空き缶、ねずみの死骸しがい、土砂……こいつらは水に溶けることをこばみ、下水管を詰まらせようとする、迷惑めいわくな乗客だ。

 不気味なのは髪の毛だ。下水道に流れ込む人間の毛髪もうはつは、驚くほど大量だ。やつらは下水管の中で出会い、からみ合い、黒々とした大蛇だいじゃとなってのたうつ。これら大量の汚物と化け物を飲み込み、私たちは、この世で最も汚らしい濁流だくりゅうと化していた。


 私たちは突然、今までと違う下水管になだれ込んだ。

 天井まで2.3メートルもある。人間が立って歩けるほど広い。それは、貯留管ちょりゅうかんだった。人間たちは、集中豪雨となった私たちみずの勢いを恐れた。下水があふれだして街を襲わないようにするため、特別に太い下水管を、地下深くに掘り通していたのだ。

 貯留管の長さは3キロもある。さしもの私たちも、その全てを天井までたし切ることはできなかった。

 貯留管にはゆるやかな勾配こうばいがついていた。私たちは暗闇くらやみの中、重力に身をまかせ、どれほどのときを流れくだっていったことだろうか?


 不意に陰圧いんあつが生じ、私たちを吸い寄せた。それは、勾配の底にもうけられた汚水の溜池ためいけ沈砂池ちんさち』から、地上へと下水をみ上げる、揚水ようすいポンプの働きだった。

 私たちはスクリーンを通り抜け、土砂や荒いごみを置き去りにした。揚水ポンプに吸い込まれて、上昇したその先には――。

 きらめく陽光の下、広々とした敷地しきち一面に、いくつものプールがずらりと並んでいた。茶色い水のプールだった。それらのプールは、水路や揚水ポンプで複雑につなぎ合わされていた。これこそが、私たちを浄化するために用意された、下水処理場げすいしょりじょうだった。



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