釣り合うとか、考えないといけないの?

 3年生の教室に1年生が来たところで、たいていの人はスルーするだろう。オレだったらそうする。


 しかし、スルーできないレベルのイケメンがやって来たらどうだろう?

 大人数からジロジロ見られて、ヒソヒソ話のネタにされても仕方あるまい。

 それでイケメンが教室を出た後に、「さっきのカッコいい男子は?」と盛り上がるのだろう。

 なかには、追いかけてくる生徒も現れるかもしれない。悪くない。こうして恋が始まるのだな。


「なあ、あんた……」


 ──という前置きをしているオレに声をかけたのは3年生の男子生徒だった。

 これは予想外だ。しかも目つきが悪くて睨まれているような気分になる。こんな男と恋が始まってたまるものか。


「あんた、イトウの何なんだよ」


 声から恨みが伝わってくる。不機嫌だ。

 ちなみに「イトウ」は、さっきオレと喋っていたあっちゃんの苗字だ。オレはわけあって、3年生のあっちゃんと話していた。


 彼は、オレと話していただけのあっちゃんに嫉妬している。

 しかし、ここで「あっちゃんは姉の知り合いで、我々は恋人同士ではない」と誤解を解きたくない。『なら大丈夫だ』と思ってほしくない。始まってしまう、恋が。


「何って、そりゃあ……オレもあっちゃんも、お互いにかけがえのない存在だと思っていることでしょう」


 ん? なんな中途半端な説明だな。

 向こうも違和感に気づいたようで、鼻で笑いやがった。


「なんで断定しない? しょせん、あんたのご希望でしかないのか?」

「そ、そんなわけあるか! あっちゃんが見ず知らずの人とあそこまで喋ると思っているのか! だいたい、初対面でなんだその高圧的な態度は! 敬語を使え!」

「俺のほうが年上なんだけど?」

「失礼しましたー!」


 突っかかってきたのは相手なのに、なぜかオレが頭を下げている。ドユコト。


「学年の違う親友……まあ、顔見知り程度の関係なんだろうな。しかし、まだ誕生日ですらないのにおめでとうを言ってもらえるのは羨ましい……俺なんか覚えてもらう前に誕生日が過ぎたのにいいい! ムキイイ!」

「逆ギレですかセンパーイ!」

 

 そういうことか。この人は、あっちゃんと恋仲を深めたいのだな。だから親密に話していたオレを恋人だと誤解した。

 この誤解なら解いてもいいだろう。


「あっちゃんは面食いですよ。イケメンにしか興味がない。オレですら友人止まりなのだから、諦めてください」

「お前、ずいぶん酷いな。なんかもう、いろいろと言いたいことはあるが…………うん、やめておこう」


 ん? なんだ拳は? 下ろしてくれたけど、まさか殴るつもりだったのか?

 文句があると言いながら暴力にはしるとは矛盾なり。


「そういえば、でこぼこフレンズのじょうろうに恋していたような……」

「頭がジョウロのキャラクターをイケメン枠に持ち出されてもな。そうか、イケメンが絶対条件か……」


 掠れた声だが、しっかりと「無理だろ」と聞こえた。残念そうなしかめっ面である。

 どうして「だったらせめて友達になろう」と切り替えないのだろう? 友情も恋愛も「好き」で成り立つ関係だ。恋人になれないから終わったと落ち込むのは極端だ。


「どうして無理だと言い張るのですか」


 なんとなく感じた重苦しさを跳ね飛ばすつもりで、語気を強めた。「友達」を侮らないでください。たいへん素晴らしいじゃないですか。そう、言うつもりだった。


 ところが相手ときたら、バツが悪そうに目を逸らした。ヤバっ、聞かれた、と。

 だからオレは気づいてしまった。「あっちゃんがイケメンと釣り合わない」という意味の「無理」だった。


「無理、ですか? 理由は?」ニュアンスがさっきと変わる。

「だ、だってカッコいい男子は何もしていなくても、女子が集まってくるだろ。たくさんの中からイトウが選ばれるとは限らないというか……」


 ごもっともな意見ではあるが、必死に言葉選ぶ姿は言い訳を探しているように見える。

 今さら取り繕うなよ。本音はこっちだろ。「身の程をわきまえろ」。

 その感覚は既視感がある。小学生だったころ、あっちゃんがイケメンのお兄さんにときめていたら、男子が「わきわまえろ」と言っていた。

 当時のオレは意味が分からないなりに、悪意は感じ取っていたので、その言葉だけが耳に残っていた。あっちゃんは会話ができるのに、なぜか変な子として見られる。なにが変なのか、オレはわからなかった。


 これは友情でも起こるのだが、似たもの同士でない二人組に他人がケチをつけたりする。なんで、お似合いの相手を他人に決められないといけないのだろう?


「先輩の言いたいことは、わかりました。たしかに、あっちゃんより可愛い女子が現れたら、その子を選ぶかもしれない」

「そ、そうなんだよ! 俺が言いたいのはそういうことで──」

「じゃあどんな子ならあっちゃんに釣り合うと思いますか?」


 まだ一息つくな。オレが納得していない。

 

「こうしてオレに突っかかっているのは、オレなら恋人として釣り合うと思ったからですか?」

「違う! 仲が良さそうだったから、確認をとっただけだ!」

「もしオレが彼氏だったら、なんて言うつもりだったのですか? 自分の方が彼氏として相応しいと? どのあたりが釣り合うと説得するつもりでした?」


 せっかくだから聞いてみたのに、口をつぐんだまま、固まってしまった。答えを用意していないな。

 まさか彼は、オレが恋人であるわけがないと確認したかったのか。否定してもらう前提で声をかけたのかよ。


「あなたは、あっちゃんからどう思われているのですか? それが肝心でしょう」

「……どうも思われてねーよ。話したこともないんだから」

「オレを妬むのは、努力してからですよね?」

「でも、イトウに声をかけたら、いい人ぶってるとか言われそうで……」

「なんじゃそりゃ」


 いや

 この人が恐れている反応を、オレは姉を通して知っている。


「そういえば、あっちゃんとしゃべっているだけで、物珍しそうな目線を向けられました。オレも同じと思われていたのですね」


 そうだ。あっちゃんと喋っていただけなのに、周りの先輩から熱心に見つめられていた。

 あの目は純粋に驚いていた。

 からかうような悪意や、気に食わないと言いたげな意志は感じられなかったから、少なくともあっちゃんはいじめられていない。


 みんなは無意識に「この子は違う」と身構えているだけだ。

 なんとなく距離をとった結果、あっちゃんには親密なクラスメイトがいなくて、孤立しているような状況になっているのだろう。

 よかった。ベタベタしてくる偽善者がいないおかげで、あっちゃんは過ごしやすい学校生活を送っている。


「あっちゃんは、あなたのようなタイプは苦手です。どうか今まで通り距離を置いてください。お願いします」


 用件もないのに馴れ馴れしく話しかけてくる人は苦手だと、あっちゃんが言っていた。

 意味のない無駄話をいつまで続けるのかわからないから、体力を消耗するのだと言う。

 相槌を打ったつもりが「自分ばかり話すな」と怒られ、相槌を控えれば「ちゃんと話を聞け」と怒られる。

 この感覚は、わからない人には共感してもらえないので、あっちゃんはいちいち説明する手間を省き「会話は苦痛です」と言っている。


 この人は、まだあっちゃんと話していないせいで、初歩的な部分を知らなかったのだな。

 ずいぶん酷いことを言ったが、オレが真剣に頭を下げたからなのか、反論は降りかかってこない。もしかすると、また思考が止まっているのかもしれない。だったら今が逃げるチャンスだ。

 オレはそそくさと自分の教室に戻った。




 もともとあっちゃんは、王子様と結婚したいと言っていた。そのために、テーブルマナーを自力で覚え、ドレスやアクセサリーに詳しくなった。夢のために努力したのだ。

 でも頑張っているあっちゃんを、みんなはおかしな子として鼻で笑った。たしかに日本は王子様なんていないけど、こういうパターンの「努力しても夢は叶わない」は知りたくなかった。


 妥協したうえで、あっちゃんは「イケメンと結婚する」と目標を変え、休みの日は料理を勉強している。まだ中学生なのに、一人で肉じゃがや和え物を作れるんだぜ。すごいだろ。

 それにドレスだけじゃなくて現代のファッションにも興味を持ったので、彼女のファッションセンスは人並み以上にある。


 料理が上手でファッションに興味がある。この文だとあっちゃんはとても女子らしい。

 それなのに、どうしてみんなはあっちゃんを「ヘンな人」として認識するのだろう?

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