困った時の助っ人 その名もあっちゃん

 自閉症の姉ひろみがキャンプに行くにあたって、サポートブックを製作している(母上が)。

 賢い弟に続いてオレも情報提供したいのだが……おや? 何も浮かばないぞ?


 原因は把握している。物心ついた頃からすでに自閉症の姉はいたからだ。


 ひとりごとが大きくて、ショッピングモールだろうが図書館だろうと声のボリュームを落とさない。(本人はいつも通りしゃべっているだけ。場所に合わせて私語をつつしんだり声を小さくする知性はない)


 嬉しくなると飛び跳ねたり、いきなり走り出したりするが、妙に運動神経がいいおかげで棚に手足をぶつけたり人にぶつかったりしないので、とくに注意もしなかった。


 「だって自閉症だから」で親は済ませていたし、オレもそういうものかと受け入れ続けてきたので、社会で生きていく上でどれが問題点でその対処はどうかなんて考えてもわからない。

 だいたい「自閉症だから仕方がない」と「自閉症でも許せない」の区別ができないことは、問題なのだろうか?




 とにかくオレは、第三者の視点を借りようと、3年生の教室に訪れた。

 ひろみは小学校を卒業して特別支援学校に進学したが、もし障がいがなければ中学3年生だった。

 道は分かれたが、とくにひろみと仲の良かった元クラスメイトがここにいる。


「おーい、あっちゃーん」

「やあドンくん。久しぶりですね。潜入ですか。そうですか」


 名前を呼ばれて本から顔を上げたあっちゃんは、オレをまじまじと観察した。最後に会ったオレが小学生だったからとはいえ、制服姿のオレを見て真っ先に「潜入ですか」と聞くあたりがあっちゃんらしい。


「入学したのだよ。今、中1」

「そうなんですか。おめでとうございます。素敵な学校生活を送ってくださいね」


 文章を読み上げるようにたんたんと言うと、あっちゃんは口を「い」にして固まった。本人は笑顔を作っているつもりだ。でも……なんでだろう? 笑顔に見えない。

 それにせっかくのていねい語も、微妙なイントネーションのせいで、機械の人工音声のように聞こえる時がある。


「8月25日はドンくんの誕生日です。13歳です。おめでとうございます」

「まだ7月だけどな」


 あつちゃんは記憶力がいい。小学生の頃は、クラスメイト全員の誕生日を覚えていて、当日になるとおめでとうと言ってあげていたという。

 当日ではないのにお祝いしてくれるから、オレはあっちゃんの特別なのだ。


「クラスメイトの誕生日はコンプリートしたのか?」

「いいえ。まだ全員ではありません。ヨシカワテツオくん、4月16日。ハナミネメグミちゃん、9月3日。ソラノユキ、5月10日──」

「ありがとう。もうよい。絶好調でなによりだ」オレは慌てて止めて「せっかく教えてくれてもバースデーケーキを全員分用意できないものでね」


 あのねあっちゃん、そこは「はい」か「いいえ」のどちらかで答えればよかったんだよ。

 近くにいるクラスメイトから順に個人情報を晒しはじめたから、指をさされた同級生がギョッとしてるよ。


「ケーキ?」


 あっちゃんはキョトンとしている。質問に応えたら、いきなりケーキに話が逸れたので困っているのだろう。


 困っているのはこっちだ。

 オレたちの会話が聞こえた先輩方は、驚いているだろう。それなりに顔のいい1年坊主がやってくるなり、このクラスの生年月日を聞き出そうとしていると、誤解していないだろうか。いくら顔がよくても許されない。


「今日はひろみについて聞きたくて」

「ひろみちゃんは1月13日生まれです」


 うん。知ってる。家族だし。

 べつに、バースデーコレクターの実力を試しているわけじゃないのだが。誕生日から逸れてくれ。


「モールで作った犬をプレゼントしたら投げ捨てられました。ひろみちゃんは、犬が嫌いです」

「ホントに誕生日から離れよう。ね?」


 しょっぱいなあ。そんな悲しいエピソードなんか聞きたくなかった。

 あっちゃんは、あまり表情が変わらない。今だって悲しそうにみえない。でも本当は悲しんでいるかもしれない。


「機嫌が悪かったのだろう。怒っていると、手当たり次第物を投げるんだ。すまんな、ウチのアネキが」

「仕方がないのでしょうか?」

「へ?」

「自閉症だから、仕方のないことなのですか?」


 自閉症だから、プレゼントを投げてもいいのか。

 自閉症だから、あっちゃんは我慢しないといけないのか。


 ……どうしよう。あっちゃんの聞きたいことがどっちなのか、わからんぞ。

 いや、考えるまでもないか。どっちだろうが返事は「そんなことない」だ。


「ずっと気になっていたんだが、あっちゃんにとってひろみは、その……迷惑だったか?」


 夏休みになると、一緒にプールやお祭りに行った間柄だが、どちらも一人の方が落ち着くタイプなので、お互い我関せずだった。


「ひろみちゃんは良い子です」


 あまりにたんたんと答えるのものだから、「みんながひろみちゃんを良い子だって言っていたよ」くらいのニュアンスに聞こえた。


 まあ、他人事でも納得はいくけどな。

 あくまで親同士が仲良しだったのだ。

 それにひろみとあっちゃんが喧嘩をしている所を見たことがない。険悪じゃないだけマシといえよう。


「みんなと違って、ひろみちゃんはわたしをヘンだと言いません」

「………………ああ、そういう意味」


 悪口や暴力に慣れているからこそ、何もしない人を良い人だと思い込むのと同じ原理だ。

 あっちゃん、良い人の基準が低い。ていうか、ヘンだったの? しかもみんなから言われ続けていたの?


「たしかにひろみは人の悪口を言わないな」

「自閉症だからです」

 なんて言っていいのか、返事に詰まる。

「障がいは、悪者にも敵にもなりません。素晴らしいです」

「そうだな」


 ありがとう。でもね、障がいは時に迷惑になるし害になるんだぜ。家族でさえも、アネキの身勝手なペースに苛立つし、本人に悪気がなくても怒りを買ってしまう。


 もう少し、ひろみについて聞いてみよう。


「ひろみと仲良くするための注意点はなんだろう?」

「基本的に話しかけてはいけません。普通の人なら、嫌いな相手でも会話に応じますが、ひろみちゃんは、ちゃんとした受け答えができません。できないのに、無視されたと腹を立てるのは損するだけです。しつこく話しかけるとひろみちゃんを困らせるので、最初から話すべきではありません」


 あっちゃんのなにがすごいかというと、間を空けずに質問の答えを導き出す瞬発力だ。早すぎて、人型のグーグルで検索をしたのかと錯覚するほどだ。

 しかも長い。しかも大事な部分を突いている。たしかにその通りだと、納得した。


「お菓子はかならず偶数です。なぜなら両手で1個ずつ掴んで食べるからです。最後の2つはじっと見つめてなかなか食べませんが、せかすと怒ります。『やる?』と聞かれたら『やる』と返答しますが、これはオウム返しなので、たいていできません。言葉によるコミュニケーションに重きを置かないように、顔色や声の大きさを常に観察してしておきましょう」

「ちょ、待って。メモする……」


 予想以上に素晴らしい収穫だ。あっちゃんはさっぱりしていて人間に無関心だと勝手に思い込んでいたけど、観察力に長けている。

 えー、メモ、メモ……ポケットに突っ込むと紙切れが指先に触れた。これに書き込むか。


「ドンくんは落書きが好きですが、上手ではありません。ぷっちょくんを描いてくれたのに、その場にいた全員が当てられませんでした。ごめんなさい」

「これから落書きするわけじゃないから」


 言わなくてもいいことを……。

 すっかり忘れていたけど、あったね、ぷっちょくん事件。

 四角と丸と棒で構成されたキャラクターなのに、なぜ伝わらなかったのか、今でも謎である。


「せっかくメモをとってもすぐになくします。頭に入れておくか、なくさないように、しまう場所を決めた方がいいでしょう」

「それは……いいアドバイスだ」


 あっちゃんは抜かりないな。しっかりしている。

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