罪悪の諸元
鮎屋駄雁
第1話 夜の電話とその波紋
あまりにも突然の知らせに僕はまだ理解できずにいた。
明かりもついていない部屋の中で立ち尽くしたまま、どのくらいの時間が過ぎたのだろうか、電話越しの相手が痺れを切らしたように話し出した。
「とにかく今すぐ警察に向かってくれ。俺もすぐに行くから」
それで通話を終えた。
ツー、ツー、ツー。
無機質なテンポの音が徐々に現実の実感を取り戻させていった。
橋本未来が亡くなったという噂は瞬く間に広まった。
それは彼女が有名人であったからだとか、特別お金持ちだったからなどではなかった。
その死に方が特異だったのだ。
よく言うバラバラ殺人。
胴体と四肢の一部、そして頭部がそれぞれ違う場所で発見された。
遺体の身元が橋本未来であると発覚してから二週間ほど経ったが、右腕と左足、そして犯人に繋がりそうな手がかりが見つからずにいた。
毎日、捜査の進捗状況を報道番組が知らせる。
進んでいるのか、進んでいないのか、キャスターのうまい言い回しによりあたかも事件は解決へ向かっていると感じさせられていた。
事件を何より有名にした理由は愉快犯、というには趣味の悪い形跡だった。
バラバラになった遺体の一部が故意に千切られているということ。
「遺体は損傷が激しく・・・」
そうニュースのキャスターは言っていた。
意味のわからない依頼を受けることは少なくなかった。
川に流された帽子を捜してくれ、部屋に霊がいるから何とかしてくれ、親の代から子供に引き継いだ店の味が落ちたから元に戻してやってくれ、などどうしようもないことも多々あったがそれは私の店の看板の所為だろう。
「万屋」
都合よく何でも屋だと認識されているのだろう。
確かに請け負った仕事は何でもやる。
そして必ず成功させる。
それこそ帽子も見つけたし、悪霊も退治したし、店の味だって戻した。
しかし、今回の依頼はそれにも増して意味のわからないものだった。
「肉片を捜す?」
私は目の前にいるガタイのいい男が言った台詞を繰り返した。
男にふざけている様子はない。
そして茶封筒を差し出した。
「今回の事件に関する資料だ」
そう言い残すとこちらの返答を待たずして、男は部屋から出て行った。
一人になった部屋でため息をつき、置いていかれた茶封筒に手を伸ばす。
中には片面刷りのA4用紙が十枚ほど入っていた。
その一枚目には恐らく手がかりにならないであろう肉片の主の情報が羅列されていた。
罪悪の諸元 鮎屋駄雁 @nagamura-yukiya
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