第2話 イマスグキスミー


ヴァンパイアのお母さん曰く。意外とフィクションのヴァンパイアと同じ事があったり違うことがあったり。色んなあったりなかったりを教えてもらった。


まずにんにくはOK。ソレを聞いてまぁホッとした。何てたってにんにくチップは私は大好物なのだ。コッテリ、バリカタどんとこいなのですよ、私は。と言うよりも我が家の食卓でも何度か見た事あったし、まぁOKよね。お母さんはかなり味付けが濃い。もちろんそんなお母さんの味付けで食育されたもんだから私も大好き。なのだ。


十字架OK。と言っても十字架のシルバーアクセとか付けてるしょうもなくダサくてかつ、チャラい男はマジNGだから。まぁコレから十字架とバッティングするのも人生早々ない?事だろう。……結婚式の時くらい?キャー!!とか言うべき?


けどやっぱり血は吸わなきゃいけないらしい。お母さんは、お父さんとキスをしてる時に血液を取ってるとの事。もう40近いお父さんとお母さんが毎日毎日行ってらっしゃいのキスをしてる事の真実が遂に明らかになった!そんな真実が!!……と思ってたらやっぱり好きだからキスてやり方で血を取り入れてるとの事。やっぱりこの二人は馬鹿が付くほどに熱かった。


なんて事をグワあっとババっと寿司を頬張りつつ説明していたお母さん。プシューと露骨にオーバーヒートしてショートする私。そんな二人を見ていたお父さんは


「……ゴメンな。百合菜、今迄言えなくて」


大人の大きくチョッとゴツい手で私の髪を優しく撫でる。と同時にきゃるんと私の心から音が聞こえる。恥ずかしいけれども心地よい。私の頰は薄く、柔らかく朱に染まる。


「百合菜ももう大人になる年頃だ。恋人もできる年頃だろう。……だから嫌だと思って、お父さんとキスするなんて」


そう。実はさっきまでお父さんとお母さんの熱い関係にケチをつけてはいたのだけれども。ぶっちゃけ私もしている。……キスを。……お父さんと。毎日。行ってらっしゃいのキスを。


お母さんを寿司を食べていたのだけれどもチラリと私と視線がぶつかる。


「すまんな。思春期もすでに通ってるのに。無理矢理こんな中年でしかも実の親にキスをせがまれてたなんて。百合菜は毎日してくれたが、本当は嫌だったろ。本当にゴメンな、無理をさせて」


お父さんの声は悲しみとか切なさとか申し訳なさ。何よりもお父さん自身の苦しみが優しいから充分に感じられた。


お父さんは、色々と間違っていた。


まず知らないにしても自分の大切な子供の事を思ってキスをしていた。そんなお父さんを嫌いになれるわけがない。


それに自分の子供に無理をさせてたと苦しむお父さん。私はそれならそれでそんなヴァンパイアなんて事をとっとと言って欲しかった。私は見たくない。そんな辛そうにしているお父さんを。いやもしかしたら少し見たいのかも。私の心の音は嘘をつけない。


そうだ私のココロは嘘をつけない。嫌なんかじゃない。お父さんとキスをする事は。もしかしたら嫌そうな顔をした時もあったのかもしれない。けれどそれはみんながありえないって言うから。なんか恥ずかしくなったから。嫌なんかじゃない。……寧ろ。だって。私。お父さんの事。


何かを伝えたくてお父さんの顔を見あげようとする。と同時にムグゥとお父さんの唸る声。


キスをしていた。テーブル越しにいたお母さんと。お母さんは優しくお父さんの顔を包んでいた。いつも見ていたキスだった。


けどいつものキスでは無かった。舌が絡まり。荒々しく。暴れ出すような。愛を暴き出すような。お母さんは唇を重ねる。まるでその人を生気を吸い取るかのように。ヴァンパイアのように。


数秒だったのか。数分だったのか。重なっていた唇が別れを告げる。腰くだけになるお父さん。私はそれに唖然とする。


「………ユリナ」

「ふぁ、ふぁい!?」


先程迄寿司を頬張り続けたお母さんがやっと話し出す。


「勘違いは良くないよ」

「何を?」


「お父さんは自分の娘だからあなたを愛してる。……けど」


お母さんから冷たい感情がつみとれた。いつもは優しく微笑む私の大好きなお母さん。けど私はお母さんの初めての顔を見た。


「女として愛してるのは私なの。だから勘違いしないで」


蒼く輝く美しいお母さんの瞳。その奥底に見えたのは。


激しく燃える嫉妬の炎。


もしかしたら吸血鬼が自分の大切な人を奪われそうになったから?なのかもしれない。お母さんは怖かった。


だからコレからも勘違いしないでね?と打って変わって今度は微笑むお母さん。瞳は笑っていない。そして自分の嫌いな河童巻きをスッと私の口の中に放り込む。


お父さんは倒れ込んだまま。お母さんは皿洗いをしにテーブルから離れる。私は、シャリっと胡瓜を噛む音を響かせた。

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