山の話
今日は街から10駅くらい離れた山に来ていた。
でも決してここで死ぬためじゃない。
衰弱死や服毒死、いくつかの自殺を試したけれど、どれもうまくいかなかった。
正直手詰まり感が否めない。
こういう時は思い切って普段やらないことをするとうまくいく、というのがこれまでの経験から得た答えだった。
山はそんなに嫌いじゃない。
特にこの山は高原キャンプ場があるのに、街から近いところにもっと大きくて良いキャンプ場があるおかげで、夏休みでも人が少ないので結構気に入った。
見晴らし台には誰もおらず、日除けのの下にベンチが一つ、特等席みたいに置いてあった。
ベンチ正面のには、ぼろっちい柵が申し訳程度についている。
向こう側を覗くと急斜面になっていた。落ちたらすごく痛そうだ。
痛いのは嫌だなぁ
もしかしたら死んじゃうかもしれない。背筋がヒヤッとした。
ドキドキしている心臓を落ち着かせようと特等席に腰掛けた。
星が見たい。夜までここにいよう。
*
指を突き刺すような寒さでハッと目を覚ます。
ベンチで寝ちゃっていたみたいだ。周りも真っ暗で、すごく寒い。
もしかして凍え死んだのかとも思ったけど、どうやら違うみたいだ。
隣に誰かが座っているのを感じる。
「君は誰?何してるの?」
「それ。こんなとこで寝てたら死んじゃうよ」
女の子の声がした。
肩をとんとんと叩かれて、ブランケットがかかっているのに初めて気が付いた。
「あ、ありがとう。これ返すよ」
「いいよ、まだ寒いでしょ。自分でかけたブランケットいで、風邪でもひかれたら後味悪いし」
「で、君は誰なの」
「誰でもいいじゃん。私も君が誰かなんてどうでもいいし。」
そう言って、女の子は立ち上がり柵の方へ歩いていく。
足音が止むと、ちょうど雲間から月が出て、白い水色の淡い光が君を照らした。
肩口までかかった黒髪に月の光が反射してきらきら光っている。
「ほら星がきれいだよ。君もこれ、見たかったんでしょ?」
そう言われ、僕も東屋から君の方へ踏み出す。
赤、白、青、緑、橙、小さな星たちが集まって真っ黒な夜空を埋め尽くしている。
「初めて見た。」
思わず出た、心からの言葉だった。
*
「こんな夜遅くまでこんなところにいて家族は心配しないの?」
「今日は親いないから。それにいたとしても……」
最後に君がなんて言ったかよく聞き取れなかった。
「君は?」
少しの沈黙の後、それを誤魔化すように君が尋ねる。
「僕は……家族がいないんだ。」
数瞬ののあと、半ば独白のようにつぶやいた。
「今は施設で暮らしてて、今日は外泊許可とってるから」
「ふーん。」
「君の家族ってさ、どんな感じだったの?」
「なんてことはない普通の家族だったよ。普通の一軒家で、両親は普通に共働きで、普通に学校に行って、」
「ふーん」
なんとなく、さっきよりトーンが一段階落ちた”ふーん”だと感じた。
「夏休みにはこんな風に星を見にドライブなんかに出かけたりしてさ」
「さっき星空見たの初めてって言ってたじゃん」
「行きに事故があったんだよ。大きな。それでみんな、もういない。」
「……。」
今度の沈黙は誤魔化せなかった。
*
それから僕たちは中身があるんだかないんだか分からない、他愛もない話をして夜を明かしていった。
*
「ねぇ、人は死んだらどこへ行くと思う?」
「天国とか地獄とかって話?」
「うん、まあそう。」
「知らないけど君は天国に行くんじゃないかな」
なんとなく僕は地獄に行くんだろうなと思ったから反対を君にあげた。
「適当に答えないでよ」
*
「幸せって何なのかな」
「分かんないよ。」
*
「天国とか地獄ってどんなとこだと思う?」
地獄は炎が燃え盛っていて、いやもしかしたら、真っ暗な、自分の輪郭すらわからなくなるほどの真っ暗闇で、夜にベッドで横になっているときのような静けさがずっと続くのかもしれない。
*
空が白んできた。
*
「海派?山派?どっちが好き?」
「それ山で聞くことじゃないよね」
「そうかな」
「そうだよ。それに僕はどっちでもない。家派」
「えー何それー」
「快適な部屋でいつまでも、まどろんでいたい、いたかったんだ。」
「やっぱり君、変わってるね。」
「それじゃあ君はどっち派なのさ。山派なんじゃないの?」
「私は海派かな。」
「ここ山だけど」
「そんなこと言ったら君だって山派のはずでしょ。」
それもそうか、と思ってしまった。
「海のどこが好きなの」
そう尋ねたら、自分の順番を待っていたように君がすっと立ち上がって、
「静かなところ。波の音を聴いてるとさ、なんていうかすごく、心が軽くなるんだ。」
腕をふにゃふにゃさせて波のまねをする。
「よくわかんないや。」
そのふにゃふにゃの物真似も、と心の中で毒づきながら言った。
「それじゃあさ、今度は」
君が不意に柵に手をかける……その瞬間!
「えっ、うわっ!」
「危ないっ!」
落ちる君をぎとめるために伸ばした僕の手は、君の手をしっかりと掴んだ。
けれど次の瞬間、二人の身体は宙に浮いていた。
一瞬の浮遊感の後に、二人を重力が襲った。
落下する僕たちを、白む空から消えかけの星たちが見つめていた。
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