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 おれは駅ビルの喫茶店で昼食を取りながら、ジョークを書き並べた手帳を開いて次なるひらめきを待っていた。確かに、マンガンは体内の科学反応を調節するし、ボリビアの主用輸出品は宝飾品だが、それはジョークには使えない。おれがリラックスのために両手ぶらぶら運動をはじめると、飲みかけのコーヒーに影がさした。

「おれの後ろに立つんじゃないぜ」

 おれは無用心にもおれの後ろに立った男に警告した。

「バレたか。膝カックンをしようと思ったんだがね。もっとも座ってられちゃできないが。そうイライラするなよ、コヨーテ」

 男の名は上山。テレビで売れてる顔で、世間によく知られた下ネタ男だ。ご存知の通り、芸能界とおれたちの業界とは腐れ縁だ。上山が手帳を覗き込もうとしたので、おれは皿に残っていたかじり掛けのフランスパンでやつの頭をしこたま打ちつけてやった。たやすく人に見せてやるわけにはいかない。やつは涙目になってやめてくれと懇願。ここはおれに軍配。

「聞いてるぜ、コヨーテ。お前さん、ジョークのネタを探してるんだってな」

「さすがに話が早い」

「色々嗅ぎまわってるって噂だ。芸能プロダクションにもお前さんのネタに目を通したがってるのがいるしな。だいいち、近頃のテレビじゃろくなネタにお目に掛からん」

「慎重になった方がよさそうだな」

「あぁ。下ネタの場合は特にだ」

「それはなぜ?」

「なぜもなにも、おれが女房に逃げられたのはどうしてだと思う? もしおれが時事ネタをやっててみろ。女房は逃げないし、近所を歩くときも肩身の狭い思いをすることはない」

「肝に銘じておこう。もしあんたが下ネタ以外をやるとしたら、何をネタにする?」

「さぁな。でも、ネタなんてどこにでも転がってる。何でもネタになるんだ」

「何でも? では神はどうだ?」

「そりゃもちろんいいとも。神ってのは古今東西、ネタの宝庫だ。使わない手はない。ただし用心は必要だがな」

「というと?」

「考えてもみろ。相手は神だ。神を向こうにまわして好き放題やらせてもらえるわけがあるまい。信じてるってやつらも大勢いることだしな。常に見張られてると思った方がいい」

 なるほど、そういうことか。ネタもとの危険性が増すほどジョークの出来映えもよくなる可能性があるわけだ。上山が去るとき、おれはやつの背中に下ネタにその身を捧げた者の悲しみを見た気がした。だが、たとえ身を危険にさらすことになろうと、出来がよくなるならネタに使わない手はない。おれは探偵、ハンパな仕事はしない。

 夜、事務所に戻ってみると、ステファニーが逆上がりのテストで順番待ちをしてるみたいに青白い顔をして突っ立っていた。聞いてみると、昼間から嫌がらせの電話が殺到しているという。よっぽど神経にこたえたのか、説明が要領を得ない。脳天が突き抜けるほどのキスをしてやると、ステフは即回復。もっと詳しい事情を聞きだした。

 どうやら原因は、おれが神に探りを入れていることにあるらしかった。神はこれまで散々ネタにされてきたことを根に持ってるらしい。神っていうのもあまり慈悲の深い存在じゃなさそうだ。だが、奴さんがおれの前に現れて直接抗議するのでもなければ、ネタに使わせてもらうだけだ。ただ神の名を騙っているってだけの連中を相手にする気は、おれにはない。

 おれはステフにいくらか渡して、気晴らしをするように言った。ステフはおれを見つめ、悲しみ、まもなく喜び、次には怒り、そして意気消沈し、最後にニヤリと笑った。ステフが帰ると、おれはグラスを片手に窓際に立ち、ネオンの街をじっと見据えた。夜の東京には、おれにネタにされるのを恐れるやつらがウヨウヨしている。


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