十四話『とうぎじょうの ぷれいやー』
――― …
「はぁ、はぁ…」
かれこれ二時間は経っただろうか。
床のモップがけ、ベンチの拭き掃除、外の掃き掃除、窓拭き… 俺は教会の掃除という掃除をとことん行っていた。いや、行わされていた。
「うむ、いいぞマコト。それでは次は庭の落ち葉集めをしてくるがよい」
「うへえ…」
逃げ出したい。逃げ出したいが… 命令されているのが安田先生、と思うとどうも調子が狂う。
見知らぬモブキャラの命令ならさっさとバックレて外に飛び出していることだろう。しかし…目の前で監視をしているのが安田先生かと思うと、どうしても掃除をしてしまう。
別に怒られても現実の安田先生が怒るわけじゃないし、それが成績表に響くわけでもないし…。それは頭で分かっているのだが、分かっているのに…。くやしい。
「どうしたマコト。強くなりたいのだろう?それならば、やるがよい」
「… … … 落ち葉、拾ってきます」
俺は竹ぼうきとチリトリを手にして、教会の外へと繰り出した。
その姿を見送り、キオ司祭は呟く。
「…ふむ、なるほど…。…なかなか、見どころがあるのぉ」
――― …
「… これ、全部かよ」
落ち葉は教会の裏手の畑にたっぷりと落ちていた。
畑の土の上に落ちているので、ホウキとチリトリではなかなか集められない。俺は諦めて手でゴミ袋に拾い集めていく。
「ぐぉぉぉぉ…!腰がぁぁぁぁ…!」
…カンフー映画とかだと、こういうのが拳法の特訓に繋がっている、なんてよくある話だけれど。俺の場合、僧侶ときた。
とてもこの作業が僧侶としての回復魔法や強化魔法のレベルアップに繋がっているとは考えづらい。
「… … …」
今ならキオ司祭の監視の目はない。逃げ出すには絶好のチャンスなのではないだろうか。ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。
その瞬間。
待ちに待っていた『声』が頭に届いた。
『やあみんな。夢現世界の生活はどうかな?』
「ッ!!!」
俺はゴミ袋をその場に放り投げ、立ち上がってイシエルの声に集中する。
『昨日は伝え忘れていたけれど、魔王軍の侵攻まではあと三日だよ。昨日のログアウトの時点でのお知らせだったからね。あと三日の猶予があると思ってくれ』
『レベル上げは順調かな?推奨レベルは…忘れていないよね。もちろん、戦う戦わないはプレイヤーのみんなの判断に任せるけれど…』
『この街の住人の運命はキミたちプレイヤーが握っている。それを忘れないようにね』
「… ふざけんなよ…」
そのレベル上げの方法を何も教えないくせに、偉そうな事言いやがって…。
ここは現実の世界ではない。でも、ここにはキオが、シャーナがいる。街に暮らす大勢の人がいる。それを、まるで現実にいるかのように感じているのだ。
少なくとも俺には、夢の、ゲームの世界だから関係ないなんて割り切り方は出来なかった。
『なんてね』
イシエルは、そんな俺の思いに答えるようなタイミングで語り掛けた。きっとまた、この通信も全プレイヤーに行っているのだろう。敬一郎もどこかで聞いているはずだ。
『大半のプレイヤーはきっと、ボクのこの言葉に怒りや絶望を抱いているはずだね』
『レベル上げなんてどうすればいいのか。教えてもいないくせに… なんて風にかな』
心を読んでるのか、こいつ。…いや、そう思うように誘導をされているのか。
『ムークラウドの街には、レベル上げの方法が幾つも存在する。それを発見するのも、この夢現世界での楽しみ方の一つさ』
『でも、ただただ情報もなしにその方法を探すのもうんざりするよね』
『だから、キミたちに一つ』
『一つだけ、効率のいいレベル上げの方法を、教えてあげるよ』
「なに…!?」
ヒントとかじゃなくて、方法をそのまま教えてくれるというのか?俺は改めて耳に、そして頭に聞こえる声に集中した。
『先に言っておくけれど、この方法はゲームマスターとしてはあまりオススメしない方法というのは、理解しておいてね』
『あくまで一つの方法。これ以外にも、レベル上げの方法は幾つもあるから』
「いいから早く教えろよ…!」
『…それじゃ、教えるね』
『PvP さ』
「…PvP?」
俺は言われた言葉をそのまま口にした。
PvP。一般的にネットゲームやソーシャルゲームでは、『プレイヤー・バーサス・プレイヤー』を指す言葉。要するに人対人の対戦モードのことだ。
プレイヤー…つまり、俺達100人のプレイヤー同士でお互いに戦い合わせる、ってことか…?
『ピンときた人もいると思うけれど、プレイヤー・バーサス・プレイヤー…プレイヤー同士の対戦の事だよ』
『誤解しないで欲しいんだけれど、その辺りにいるプレイヤーと今すぐ殴り合ってもレベル上げはできないから注意してね。ちゃんとした手順があるから』
『でも、うまくいけば大量の経験値が入手できる、対戦モード…それが夢現世界における、PvPだ』
――― …
「…ここか」
ここは、先ほど街を彷徨っていた時に見つけた、とある裏路地の場所だった。
強面のスキンヘッドが、なにやら灰色の無機質な建物の入り口の前に仁王立ちしていて、まず一見さんは入れそうにない。
…しかし、今なら。
「…あの」
俺がおどおどと声をかけると、スキンヘッドの男はギロリとこちらを睨む。身長は2mを超えようかという大男だ。
「ん?なんだ?」
「えーと、その… 俺、『プレイヤー』なんですけど…」
「… … …」
スキンヘッドの男はその言葉に反応して、一歩、横へ移動した。入り口に入れという事らしい。
「今日はヤケに客が多いな。…入れ」
「ど、どうも…お邪魔します」
俺は男に脅えながらも、鉄製の重苦しいドアを力を込めて開けた。
「…地下、か」
奇妙な構造の建物だった。入り口を開けるとすぐに階段。地下まで真っ直ぐに伸びている。
松明が壁に並べられてはいるが、気味の悪い薄暗さだ。俺は足元を踏み外さないように、この先に何があってもいいように、慎重に石造りの階段を降りていく。
降りていくにつれ、人の声が聞こえる。
一つ、また一つと聞こえる声は次第に話声になり、歓声になり…悲鳴にもなる。
やがてゴールとなる灯りが見える頃には、もうその声は聞くだけでは数えきれないほどの何十人もの声になっていた。
階段が終わる。
そこは、闘技場だった。
紛れもない、RPGやアクションゲームでよく見る、闘技場。
一面石で囲まれた円形のフィールドを、俺達観客は見下ろして観戦するようになっている。
まだ闘技場に人の影はない。しかし観戦席はすでに満員に近い状態に埋め尽くされていた。
「試合はまだかー!?」
「おい、もう今日の試合ラストだろ!早くしろー!」
「俺はこの試合に全財産賭けてるんだぞー!」
客席の照明が全て落ちる。
スポットライトに照らされたのは、オールバックの眼鏡をかけた紳士。どうやらこの闘技場の司会らしい。
「皆さま、お待たせを致しました。それでは、本日の最終試合となります。どうぞ心よりお楽しみくださいませ」
「「「 うおおおおーーーーッ!!! 」」」
司会の声に煽られて、観客の熱はピークに達したようだった。
俺も、ゴクリと生唾を飲み込んで闘技場の様子を見守る。
「これが… このゲームの、PvP、か…」
俺はイシエルの声を思い出した。
――― …
『ボクが説明するより、実際に見たほうがいいだろう。ムークラウドには『闘技場』が存在する』
『物騒な施設だから表立った場所ではないのだけれどね。場所は…時計塔のすぐ傍。武器屋と道具屋に挟まれた通りを通って、三軒目の黄色の建物を右に曲がった裏路地を通ると…』
『スキンヘッドの男が入り口を守る、石造りの建物があるはずだ。そこが、闘技場。この夢現世界における、唯一のPvPが開催されている場所だよ』
「…闘技場。プレイヤー同士の、戦い…」
『男は、自分がプレイヤーだと名乗れば通してくれるはずだ。闘技場はプレイヤーのための施設だからね』
『中に入って、所定の手続きを済ませて… プレイヤー同士の戦いを行う』
『勝ったプレイヤーは大量の経験値を手に入れられる。外のモンスターをチマチマ狩るよりはよっぽど効率のいい方法のはずだよ』
『実際に見てみたほうが早いだろう。その場所にいってみるといい』
『ただ、今日はあくまで説明だけだ。試合は…一試合。つまり二人のプレイヤーしか、今日は参戦できない事にするよ』
『習うより慣れろ。早く経験値を手に入れておきたいプレイヤーは、急いだほうがいいんじゃないかな。闘技場への参加も、一日に一回だけという制限があるから』
『勿論、観戦するのは自由だからね。明日からは闘技場は常時開催されるから、興味のあるプレイヤーは覗いてみることをオススメする』
『それじゃ、頑張ってね。最後に…これはあくまで、レベル上げの、一つの方法、とだけ言っておくよ』
――― …
「… … …」
元より参加するつもりはなかった。闘技場に早く参加して経験値を手に入れておきたい気持ちはあるけれど…。
他のプレイヤーがどのくらいレベルを上げているのか。どんな実力があるのか。どんな職業があり、どんなスキルを使用できるのか。俺はそれが知りたかった。
経験値を手に入れられるのは、闘技場で勝利をしたプレイヤーのみだ。負けたプレイヤーになにかリスクがあるのかは知らないけれど…時間の無駄になることだけは、確かだろう。
ここはまず、見ることだ。第一、僧侶の俺が何のスキルもなく他プレイヤーに勝てるわけがない。今日は…見学だけにしておこう。
「お、真。やっぱり来ていたか」
声をかけられて振り向くと、敬一郎が後ろから手を振って歩いてくる。立見席の俺の横について、腕組みをして闘技リングをお互いに睨む。
「敬一郎、お前、参加しないのか。武闘家だろ、専門じゃないのか」
「あのイシエルの情報じゃどんな事があるかわからねーからな。経験値取りに急ぐより、状況を知るほうが良いってのが俺の判断」
…やはり、敬一郎も俺と同じ考えらしいな。俺は敬一郎に気になっていた事を聞いてみることにした。
「この観客、うちの学校の生徒か?」
「半分はムゲンモブだろうな。ただ、もう半分はうちの学校のモブ、もしくはプレイヤーだ。…まあ見分け方としては、モブの生徒はこの状況を楽しんでいて、プレイヤーの生徒は俺達みたいな感じで真剣な顔してるだろうよ」
「…まぁ、そうだろうな」
この状況を楽しめる生徒は…役割を『演じている』モブだけだろう。
闘技場というシステムがまださっぱり分かっていないプレイヤーとしては、とにかくこのシステムを知っておきたいからな。
…当然だが、シャーナの姿はない。闘技場を観戦するようなキャラではないだろう。
「お、始まるみたいだぜ、真」
「いよいよか」
司会が、闘技場の両端にある鉄格子を見て準備を確認すると、右手を上げて勢いのいい声を張り上げた。
「それでは始めましょうッ!! 本日の最終試合、選手の紹介ですッ!!!」
――― …
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