十五話『せんしと かりうど』


――― …


始まる。プレイヤー同士の戦いが。俺は固唾をのんでそれを見る。

司会の男は気持ちのいいくらい大きな、滑舌のいい声で叫ぶ。


「中央のスクリーンにご注目くださいッ!対戦をするプレイヤーのステータスが表示されますッ!!」


敬一郎がその言葉に関心する。


「ゲームだから、そういうところも見れるわけか。面白そうだな」


確かに、現実の格闘技じゃ格闘家のステータスなんて表示はないからな。夢の中のゲームならではの、PvPってわけだ。


「それでは、まずは西側の選手からッ!! プレイヤー名、【ユウマ】! 職業は… 『戦士』ッ!!」


【ユウマ 職業:戦士(ランクC) 

 レベル:3 

 HP :35

 MP :0

 攻撃力:15

 防御力:10

 素早さ:5 

 魔力 :2】


「…うへえ」


俺はそのステータスを見て溜息が出る。レベルが1違うだけなのに、この差だ。俺は自分のステータスを目の前に表示して比較し、落ち込む。やはり僧侶は僧侶か…。


鉄格子が上に上がり、ユウマと呼ばれた選手が前に勇み出る。


「しゃあッ!!」


茶髪の短髪の、少しヤンキーの入ったような青年だ。拳を鳴らし、屈伸をして気合いを入れ、戦いに備えているようだ。

手には武器である、銀色に光り輝く剣が握られている。初期装備なのだろうか、どうやって手に入れたのだろう。


「敬一郎、あの人知ってるか?」


「お前逆に知らないのかよ。冴木勇馬さえきゆうま、俺達と同じ二年生だけど、水泳部のエースだぜ。自由形の県内記録保持者とかで、表彰されてたろ」


「マジかよ…」


そんな奴も、この世界に来ているのか…。

元から運動神経がある奴はステータスにも反映されているのだろうか。なんて想像もしてしまう。だとしたらなんて不平等な世界なんだろう…っと、今は試合に集中しないと。


司会の男は、ユウマがリングの中央に来たところを見計らい、次の選手を呼んだ。


「続けて、東側ッ! プレイヤー名【ショウタ】! 職業は… 『狩人』ッ!!」


【ショウタ 職業:狩人(ランクC) 

 レベル:3 

 HP :22

 MP :5

 攻撃力:10

 防御力:8

 素早さ:10

 魔力 :5】


ユウマとは対照的に、ショウタと呼ばれた青年は落ち着いた様子で入場をし、スタスタとユウマに歩み寄る。

その手には、弓。肩から下げている矢筒には、10本ほどの矢が入っている。…あれも、初期装備だろうか。つくづく羨ましい。俺はまた敬一郎に聞いた。


「あの人は?」


「先輩だな。竹川将太たけがわしょうた先輩。弓道部だから、あの職業なんだろう。流石落ち着いてる」


「弓道、か…」


レベルは同じでも、ステータスだけ見ると戦士のユウマに見劣りしている。しかし、ステータスの数字だけではなく様々な優劣が存在するのであろう。

近距離型の戦士と、遠距離攻撃が得意な狩人。…不謹慎かもしれないけれど、俺はその組み合わせに少しワクワクしてしまった。


ユウマとは対照的に、冷静に相手を見据えるショウタという先輩。それは戦う前から相手の行動を見据えているようにも見えた。


二人がリングの中央で対峙したのを見て、司会の男は後ろに下がり、右手を勢いよく上に上げた。


「それでは、対戦開始ッ!!」



始まる。プレイヤーとプレイヤーの、初めての戦いが。


「おりゃあッ!!」


先に仕掛けたのはユウマだった。右腕の剣を振りかぶり、突進するように相手との距離を詰める。

思いきり相手に向かって振り下ろすが、そこに相手はいない。後ろに距離をとり剣の間合いには入らない。


続けて何度も剣を左右に、上下に振り回すユウマ。しかし距離を保ち剣の届かない位置に常に避けていくショウタ。

一進一退の攻防が激しく繰り広げられていた。


「ちッ…この…!」


苛立ったユウマは、一旦剣を振り回すのを止めた。それと同時にショウタも動きを止める。


「スタミナ切れ狙ってるのかよ…あいにくだが、俺はこの程度じゃ死ぬまで疲れねーぞ。逃げ回ってるお前の方がやばいんじゃねーのか」


ユウマの言葉に、ショウタはフッ、と笑う。


「そうだろうな。だが…なんとなく、キミの攻撃パターンは読めた」


ショウタはずっと手にもっていただけの弓に、初めて矢を当てる。弦を引き、ユウマの方に狙いを定めた。


「だから、これからは俺が…攻撃をさせてもらうッ!!」


「くッ!?」


ショウタが、矢を放った。

風を切るように相手に一直線に向かう矢。ユウマはそれを眼前で斬り払った。

しかし、斬り払った瞬間に次の矢が飛んでくる。

剣で斬り払おうとしても、もはや間に合わない。ユウマは横に走り出して、矢の的を絞らせないように全力で駆ける。


「それも見切ったッ!!」


ショウタの矢の連射は、いつしかユウマに追いつくように前に飛ぶようになっている。

そして、ついに、矢の一本がユウマの右足を捉え、突き刺さった。


「ぐあッ!!」


そこからは、大量の血が… …  出なかった。


ただただ、矢が刺さっただけ。衝撃と痛みでその場に転ぶように倒れるユウマだが、矢の先からは一滴の血も出ない。



「え…」


矢が刺さった瞬間は目を背けた俺だったが、血が出ない事に逆に驚いてしまう。


『夢の中とはいえ、現実の世界で戦いをしてこなかったキミたちに急に血を流して戦え、というのも酷な話だからね』


急にイシエルの声が頭の中に響いた。


「イシエル…!?ど、どこかから見てるのか…!?」


俺は闘技場の観客席を見渡す。しかし、どこにも黒い小鳥の姿はない。


「ゲームマスター、らしいからな。夢現世界のどこで何が起きているかは把握してるんじゃねーのか。アイツの手の内みたいで嫌な感じだけど…って、鳥だから手もないか」


敬一郎の冗談に俺はピクリとも笑わず、イシエルの声に集中する。


『痛みも感じる事は感じるけれど、感覚はマイルドにしてあるよ。せいぜい小石をぶつけられた程度の痛みしか、ユウマは感じていないだろう』

『戦意を喪失されてしまっては、このゲームを楽しめないからね。多少のリアリティは感じてもらうけれど、あくまでそれは演出だから安心してほしい』


…なるほど。その言葉に少し俺は安心する。

夢の中で死ぬほどの苦痛を味わうなんて、冗談じゃない。まして魔王軍との戦いでダメージは避けられない事だろうし…そういうシステムなら、戦いも多少安心ができるというものだ。

もっとも、だからって強制的に戦わされるようなこの現状に不満がないわけではないけど…。


「おい真、ユウマのステータス見てみろ」


俺は敬一郎に言われてリング上部のスクリーンを見る。


【ユウマ HP 27/35】


ヒットポイントが減少している。つまりさっきの矢の一撃は7ダメージ…。どちらかのHPが0になるまで試合は続くのだろうか。



「このやろおおおおッ!!」


激情したユウマは、すぐに立ち上がりさっきより激しく相手に向かって突進する。

そのあまりの勢いにショウタもすぐには反応できず、間合いを一気に詰められてしまう。


「しまッ…!!」


「おらァァッ!!!」


下から振り上げられた剣がショウタの身体を捉える。本物の剣であればリングが赤く染まっているだろうが、やはり血は一滴も出ない。

強力なアッパーを喰らったようにショウタの身体は衝撃で空中に飛び上がった。


「ぐはッ…!!」


地面に叩きつけられたショウタに、続けてユウマが飛びかかり、剣を振り下ろす。


「おわりだァァァッ!!」


「うおッ…!」


剣先のスレスレでショウタは地面を転がり、避ける。剣が地面に突き刺さり動きを止めたところでショウタは一気に後退し間合いをとった。

ユウマは剣を地面から引き抜き、再びショウタに標的を合わせる。



「残りHPは…!?」


俺は画面を再び見た。


【ショウタ HP10/22】


「えげつねー…!一撃で半分以上削ってる…!流石、戦士ってところか」


敬一郎が身を乗り出して驚いた。俺も同じ気持ちだ。正直、戦っているのが自分じゃなくてホッとしていた。


だが、俺も敬一郎も気付かなかった。

ショウタの身体から、僅かにオーラのような光があふれていること。そしてその光が、下に構えた矢の先に集中していた事に。



「…逃げねーのか」


ユウマの声に、ショウタは僅かに頷いた。


「ああ。どっちにしろ、次で終わりだ。俺か、お前か…もうすぐ決まる。来い」


「…そうかい。それじゃあ… いかせてもらうぜッ!!」


三度、ユウマは一気に走り出し、ショウタの眼前に迫る。剣を横に振り、剣先は顔を捉えているところだ。


しかし、それと同時に。

ショウタは、一瞬で弓を構え、迫ってきたユウマに向かって、矢を放った。 弓から放たれた矢は… 眩しく光り、輝いていた。


剛力の一撃パワーショット!!」


「!!!!!」


剣が当たる前に。光の矢がユウマの胴体を射貫くように命中した。

その衝撃に、ユウマの身体は逆に吹き飛び、リング端の壁に叩き付けられた。


声もなく、ユウマは壁からリングの地面に倒れ、そのまま動かない。



【ユウマ HP0/35】


俺がその表示を見ると同時に、試合を見守っていた司会が、声を張り上げた。


「そこまでッ!! 対戦相手のHPを全て削り… 狩人:ショウタ、見事に勝利しましたッ!!」


「「「 うおおおおおおおッ!!! 」」」


ショウタに賭けていたであろう観客席のモブ達が、歓声を上げた。

荒い息をついているショウタの手を司会がとり、天に向けて高らかに掲げる。


――― …


試合が、終わった。

瞬間にリング中央のスクリーンが眩いくらいに点滅し、アナウンスが流れる。


「ただいまの試合結果… プレイヤー:ショウタ の勝利!」

「ショウタは、試合による報酬を獲得しました!」

「経験値…500をプレゼント致します!」


「500…!?」


その数字に俺と敬一郎、そして観戦したいたであろうプレイヤー達が驚く。

スライミー500体分。その経験値を、この一試合で一気に手に入れたということか。


『パッパパーパパパパー!!♪♪』


続いて、レベルアップのファンファーレが闘技場に鳴り響いた。


「ただいまの経験値で、プレイヤー:ショウタはレベル7までレベルアップしました!おめでとうございます!!」


「「「 おおおお…!! 」」」


観客から称賛の、そして羨望の歓声が漏れた。羨ましいという気持ちは俺も同じだ。これでイベントの推奨レベル:10まで一気に近づけたのだから。


「よ、っし…!」


司会に手を掲げられたまま、ショウタはガッツポーズをして、元来た入り口を戻り、リングから姿を消した。



「…あれ?おい、敬一郎、あれ…」


俺はリングに倒れたままのユウマの姿を指さした。

ユウマの身体は光に包まれ、消える。昨日見たログアウトの瞬間と同じ光景だ。

しかしまだ俺達はログアウトしていない。つまり、まだ朝の時間ではないという事だ。


「HPが0になると強制ログアウトでもするのかな。ゲームオーバーってことか?おーい、イシエル。その辺りどうなってんだよ?」


しかし、こちらからイシエルに問いかけは、やはり出来ないようで反応はなかった。


「ちっ、相変わらず不親切な鳥だな」


敬一郎はそう言って舌打ちした。


強制ログアウト…なのか?一般的にゲームでHPが0になるのならゲームオーバー。RPGでいうのなら教会や王様の前でリスタート、っていうのがテンプレだけれど…。

どこかに移送をされているのだろうか。自分にも起こり得る事態だから、説明が欲しいのは俺も敬一郎と同じ気持ちだった。


「…まあとにかく。このPvPが経験値稼ぎに有効なのはハッキリした。明日からプレイヤーでごった返すかもな、ここ」


敬一郎は観客が少なくなって空いた席にどっかりと座り、腕組みをして考え込むように言う。


「そうだろうな。…でもここ、リングは一つだろ?さっきみたいな試合が行われるとして、プレイヤーが戦って…混むんじゃないのか」


「ああ。だとしたらプレイヤー待ちで相当な時間がかかるかもしれないぜ。早めにログインして一直線に闘技場に来ないとな…」


… … …。

しかも、経験値が与えられるのは勝利をしたプレイヤーのみ。敗者はHPが0になり、強制的にこの場からいなくなる…。それだけで時間のロスになる事は、確かだ。

リスクが大きい経験値稼ぎだ。武闘家の敬一郎はまだ戦いようがあるかもしれないけれど、未だにスキルのない俺のようなサポートジョブには、あまりにもハイリスク。敗北が目に見えている。


「…俺はやっぱり、違うレベルアップ方法探してみるよ」


「…そっか、僧侶だもんな、お前。…んー、とはいえ、俺もまだレベル2だしなぁ。3になるのは外のスライミー倒すしかないかー」


「明日にはみんな闘技場に向けてスライミー狩りでレベル上げてきてるかもな。やっぱここはリスクがでかすぎるよ、敬一郎」


「そうだな…。まあ、とはいえやらない手はないんだろうけど…」


…イシエルは言っていた。これはあくまで、経験値稼ぎの一つの手段でしかない、と。

まだ他の方法があるということだ。まして、俺達のようなサポートジョブにもきっと、有効なレベル上げが存在する…はずだ。でないと、困る。


「真、お前このあとどうするんだ?何か見つけたこととかあるか?」


「見つけたことはないんだけど…その、する事があって…」


「お、なんだ?クエストでも見つけたか?」


「教会の、掃除」


「はぁ?なんだそりゃ?」


「えーと、その…安田先生に言われてさ。強くなりたいのなら教会の掃除をしろ、って…」


「お前夢の中でも掃除かよ。現実と同じ事してどうするんだ。折角のRPGの世界なのに」


「ぐ…」


痛いところを突くんじゃない、このデブ。仕方ないだろ、俺にとってのこの世界の居場所みたいなところはあそこしかないんだから。お前みたいにやたらに情報探しできるほど器用じゃないんだよ…!


「そういう敬一郎はこのあとどうするんだ?」


「もう少し街の情報を集めてみるかな。冒険者ギルドみたいなところは存在はしているらしいが…なかなか、表社会に情報は出回ってないみたいだからな。もう少し探してみる」


「…なんかいい情報があったら、教えてくれよ」


「ああ。お前も、掃除はほどほどにしておけよ。夢の中でまで安田にしごかれる必要ないんだからな」


…俺もそう思う。ただ…なんとなくだけれど、俺はもう一度あそこに戻るべきなんじゃないか、そんな予感が俺にはあった。

俺達は闘技場から離れ、それぞれに向かうべき場所へと向かった。


――― …

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