十三話『つよく なるには』
――― …
「… ダメだ」
一時間。ブラブラと街を彷徨ってはみたものの、何の成果もなかった。
まずレベル上げと聞いて思い浮かべるのは…強化合成だけれど、そもそもそんなことが出来るかどうかも分からないし。
次に思い浮かべるのは、こちらからクエストを請け負うギルドみたいなものが存在しないかということ。しかし、そもそもどの場所がギルドなのかもわからない。
後々にイシエルから説明があるのかもしれないけれど、とにかく先に探し当てて他プレイヤーを出し抜きたいという気持ちがないわけではないし。
闇ギルドみたいに、表には見えない形をとっているのだろうか。それならこの段階で分からないのは無理もない。
酒場に行って情報も得てみたかったけれど、収穫はなし。そもそも『レベル上げ』という概念がムークラウドの街の住人にはないので、なんのことやらチンプンカンプンという感じだった。
当たり前だ。一応、RPGのキャラなんだから。
「… やっぱりスライミー狩りしかないんじゃないかなぁ」
しかし推奨レベルが10以上と言われた以上、どう考えても効率のいい方法があるような気がしてきてしまう。
そもそも俺はコミュ障で人と話すのが苦手だし…さっき酒場のマスターに話し掛けたのだって一応精一杯がんばったつもりだ。
人から情報を得るのは敬一郎が頑張ってくれているだろう。俺は、とにかく街をしらみつぶしに歩いてみるが、修行場やギルドのようなものは見当たらなかった。
裏路地に強面の人が何やら入り口を固めている場所があったけれど…アレに話し掛けるのは最終手段にしておこう。
とはいえ、自分で探す事にも限界を感じてしまっているのも事実だ。
「… ここは…」
やはり頼れるのは、知らない人間より知っている人間の情報だ。
俺は… 自分の教会へと急いだ。
――― …
「己の経験を高めて強くなりたい、じゃと?」
祭壇で教本を呼んでいる安田先生…キオ司祭に、俺はそう聞いた。クラスで教壇で教科書を開いている先生とあまりにも同じなので、思わず先生と呼びそうになってしまった。
「経験を高めるのは良いことだが、僧侶が強さを求めるとはどういうことじゃ?」
「い、いえ… 最近は街の周りも物騒になってきていますし、いざという時にはその、人々を守る力も必要かなぁ、と思いまして…」
「…温厚なスライミーしかおらんと思うが?」
不審そうな目で俺を見るキオ司祭に、俺は慌てて言葉を取り繕った。
「し、しかし魔王の手が世界に伸びてきているのも事実です。この街にもいつその脅威が降りかかるか分かりません!その前に…万全の備えをしておきたくて」
…我ながら上手いことを言ったものだ。
見たところ、安田先生のキオ司祭はこの教会に勤めて長い…というキャラなのだろう。それならば、何かレベル上げの方法を伝授してくれるのではないか、という俺の見解でここに戻ってきた。
キオ司祭は教本をパタン、と閉めると祭壇を降りて俺の方へ近づいてくる。
「マコト。よい心がけじゃな。しかし我々教会が人々に行うべきは、我々が人を守るのではなく、神に人を守るよう祈ることにある」
「う」
「信仰は人々の心の拠り所であり、神の恩恵を感じる事で人々は恐怖という脅威から逃れるであろう。私達教会の人間が信仰を、安心を与えないでどうするというのだ」
… … … おっしゃる通りです。俺の職業は僧侶だし。
つくづく最初の職業選択を失敗したことを痛感する。戦士や魔法使いなら、もっと楽にスライミー狩りが出来ただろうに…。
僧侶は神への信仰を人々に与えるのが使命、か。この世界の信仰がどんなものなのか知らないけれど、まあこんな立派な教会があるのだから人々に浸透はしているのだろう。
結局できる事といえば、教本を読むくらいしかないのだろう。
「…はあ」
思わず溜息が漏れてしまう。そんな俺の姿を見て、キオ司祭は少し間を置いて、話した。
「マコト。強くなるとはどういうことだ?」
… 漫画やゲームで散々聞いたセリフだが、こうしてリアルに言われると戸惑ってしまう。
「え、あ、え、そ、それは…」
キオ司祭は続けた。
「あくまでワシの考えじゃがな。年寄りの戯言と思って聞いておれ」
「戦士には、戦士の強さがある。己を鍛え、強い武器を手にして、自分や人々の脅威をその力を使って打ち倒していく強さがある」
「魔法使いには、魔法使いの強さがある。己の知を高め、魔力を手にし、様々な呪文を覚えて脅威を打ち払う強さじゃ」
「盗賊には、盗賊の強さがある。世間では許されない事かもしれんが…盗賊という職にはきっと、何か譲れないものを奪ってでも手にして、その何らかの『宝』を、自分の力に変えていくのが強さ…じゃと思う」
「…では、僧侶たる我々の強さとは、なんだと思う?」
「… … …」
…戸惑っていた俺は、キオ司祭の言葉を聞いていくうちにどんどん冷静に思考ができるようになっていった。
「人々の心を守ること、ですか」
「つまりどういうことじゃ?」
「我々が与えているのは信仰、だから…えーと、人々に神を信じてもらって、神の恩恵を…」
「うーむ。では、信仰の根本を教えてやろう」
キオ司祭は近くのベンチに腰掛けて、俺の瞳をじっと見つめた。その姿に思わず俺の背も伸びてしまう。
「ワシの考えじゃがな。信仰とは…神を信じる事が本質ではない」
「信仰の本質とは、神という存在を信じる事で得る、人々の心の共有じゃ」
「きょうゆう?」
「同じものを信じ、同じものを頼り、同じものの話をする。人とは必ずそれぞれが別の生物じゃ。どうあっても一つにはなれんが、どうしても一つになりたがる」
「人々が何かを共有することで、一体感が生まれる。そして人々は、自分と同じ人の存在に、安堵する」
「その一体感が、恐怖を退ける心の強さを生む。一人ではできなかったことも、同じ存在の人々と一緒なら、きっと出来る。そう信じられる」
「そして、その『同じもの』こそが、神の存在を信じる、ということなのだ」
「すなわち、信仰とは神を信じることではない。人々に安堵を感じてもらい、心の強さを生み出してもらうのが、我々教会の使命なのだ」
「… … … と、ワシは思っておる」
「… … …」
驚いた。
普段はのらりくらりと授業をするだけで大した個性もなく、ただただ『先生というだけ』であった安田先生が、こんなに多くを語るところを初めて見た。
…これはキオ司祭で、安田先生ではない。
しかし、きっと…現実をベースに夢現世界のキャラは作られているのだろう。ゲームのキャラが…こんなに現実味を帯びた、生々しい声を出せるものか。
俺は普段は頼りのない初老の男性を、心から『先生』と呼びたくなった。…この人は、司祭だけれど。
「マコト、強くなりたいと言ったな」
「…は、はい」
「それでは、僧侶としての強さとはなにか。…答えはコレじゃ」
キオ司祭は教会の隅の箱を漁り何かを取り出すと、俺の前に突き出してきた。
「こ、これは…!?」
「そう、これこそが、お前が強くなるために必要なものじゃ」
司祭の差し出した、長い棒のようなものは… … …。
どう見ても、モップだった。
「人々の安心は、清潔な教会からはじまる。人々の安心が我々を強くする。マコトよ、強さを手に入れたければ、掃除をするのじゃ」
… … …。
「えーーー…」
「司祭に口答えする奴がおるか。ほれ、まずは床掃除から。隅から隅まで、埃のないようにな」
「で、でも俺はレベルを…」
「なにわけわからんこと言っておるか。ほれ、さっさとやる」
…安田先生のこういう強引なところが、俺は嫌だったなぁ…。やっぱりこれは、キオ司祭であり、安田先生なのだ。
こんな事してる場合じゃないのに…相手が先生だと思うと、抵抗が出来ない。
俺は精一杯嫌そうな顔をしてモップを受け取り、教会の掃除を始めるのだった。
「… … … 夢の中で掃除かよ…」
溜息しかでなかった。
――― …
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