十二話『さくせん かいぎ』
――― …
… … …。
俺は、夢の中で目を覚ます。
昨日のは全くのデタラメな出来事で、今日はまた違う夢を見るのではないか。
そう思っていた俺の気持ちは裏切られた。
ここは、昨日夢から覚めた…いわば、ログアウトをした時計塔広場だ。
辺りを見渡すと何人かの学校の生徒たちが広場に集まってくる。…客観的にログインを見たのは初めてだな。
空間に白い光が現れ、そこに包まれるように一人、また一人と広場に人が出現していく。奇妙な光景だが…まぁ、MMORPGをリアルで見ればこんな感じなんだろうな。
辺りを歩くモブキャラはその光景を特に気には留めていなかった。まあいちいち驚いていたらキリがないことだしね。
広場の周りを歩くモブキャラの中にも、見知った顔を見かける。
男子生徒、女子生徒。格好はそれぞれ違うが、みんなそれぞれ夢現世界の中での役割を全うしているらしい。
農夫や商人、街に暮らす住人や、兵士…。現実の記憶はなく、夢の中でただただ無意識に生活をするキャラ達。…そう考えると少しゾッとしてしまう。
朝から、いや昨日から思っている疑問が、つい口から出てくる。
「なんなんだ、この世界は」
しかしその答えは、イシエルのみが知っているのだった。
そしてログインをしてしばらくしても、イシエルからの脳内通信はない。
「おーい、真」
広場のベンチに座ってボーッとして、少し時間が経ってから敬一郎が手を振ってドタドタ走ってくる。
到着したところで、乱れた道着と緩んだ帯をシュッと直す。
「おせーよ敬一郎。なにかあったのか?」
「いや、ティラクエやってたら寝るの遅くなった。すまん」
「お前…この期に及んでまだスマホゲーやってるのかよ。こっちのゲームの方が大事だろうが」
「それはそれ、これはこれですよ。さ、こっちのゲームも頑張ることにしますかー、っと」
…コイツのバイタリティには、感心すればいいのか、呆れればいいのか…。
俺の顔色は全く気にせず、敬一郎は呑気に言う。
「で、なにするよ、真」
「なにって…レベル上げだろ。とにかくこのゲームは強制的にいつも始まるんだし…三日後にイベントがあるのも事実だ。鍛えておかないと」
「おうよ。…で、どうやってレベル上げするんだ」
「そりゃお前、外に出てスライミーを倒すしか…」
「真、お前自分のステータス、確認したか?次のレベルに必要な経験値のところ」
「…ああ。ほら、これで見えるか?」
俺は昨日イシエルに教えられた通り、手を前に出して開き、ステータス画面を出す。敬一郎がそれを覗き込んできたところを見るに、この情報は他プレイヤーにも見えるらしいな。
敬一郎は俺のレベル欄…
【レベル:2(次のレベルまで経験値14)】
という項目を見て、鼻で笑った。
「な、なんだよ。お前の方がレベル高いのか?」
「いいや。俺と全く変わらねーなーと思って笑っただけだ」
「なんだそりゃ…」
「だけどお前、スライミー倒すだけでレベル上げていく気か?次のレベルにいくまで、14体。それならまだなんとかなるけど…レベル3になったら多分、もっと沢山のスライミーを倒さなくちゃいけないんだぞ」
「… … …」
確かにその点については俺も疑問に思っていた。
通常のゲームではレベルを上げていくにつれて、次のレベルに必要な経験値も多くなっていく。
スライミーの経験値は、1。イベント…魔王軍の侵攻に対抗するための推奨レベルは、10。スライミーを倒すだけではどう考えても足りないのではないだろうか。
敬一郎は腕組みをして持論を述べた。
「街の周りにはスライミーしかいないらしい。少し遠出してみるのも手だが…そうなると逆に、強力なモンスターに出会ってしまう危険性もあるし、第一無事にこの街に戻れるかも定かじゃないしな」
「…そうだな。なにか他にレベルを上げる方法があるっていう事か」
「… … … いっそ、イベントを避けてどっか遠いところに逃げてみるって方法もあるな」
敬一郎のその発言に俺は少し怒りを覚えて反論した。
「おい。この街には学校の人達がモブとして存在してるんだぞ。プレイヤーは逃げられるかもしれないけれど、そうするとモブキャラのみんなが魔王軍の危険に晒される事になるんだ」
「だけどな、これは夢の中なんだぜ。夢の中で死のうが何だろうが、現実には関係がない。…そうだろ?」
「… … … そりゃ、そうだけど… いい気はしないだろ」
その意見も、分からないでもない。まだ参加できないような高難度のイベントはスルーするというのもゲームの一つの手段だ。
だが…これは普通のゲームとは違う。この街の住民は、俺達と同じ学校の関係者なのだ。その人達が魔物に殺されるのは…たとえ夢の中とはいえど、あってはいけない事なのではないか。
「…ま、あくまで一つの考えだ。悪いな、真。俺は別にこのイベントに乗らないワケじゃない。むしろ積極的に頑張ろうと思ってるワケだから、安心しておけよ」
「なんだよ…びっくりさせやがって」
「イベントには報酬がつきものだろ。多分魔王軍の侵攻から無事に街を守った暁には、なんらかの報酬がもらえるんじゃないかと思ってさ」
…確かに。魔物から街を守るにしても、それに参加するメリットが…きっとあるはずだ。
昨日の強制参加クエストには、報酬があった。経験値、ドルド、それに…情報。つまりイシエルの提示するクエストやイベントには、必ずなんらかのご褒美があるのではないだろうか。
「ま、とにかく俺は街を歩いて情報を集めてみるよ。この世界の事に…ムークラウドの街の事。とにかく人に話し掛けまくってみるつもりだ」
流石、敬一郎。若干ではあるがコミュ障の俺にはやりづらいことだが、コイツならすすんで出来そうだな。
「真はどうするんだ?スライミー狩りか?」
「いや、俺もそれは効率が悪いと思う。…そうだなぁ、俺も色々歩いてみるよ」
「オッケー。じゃあ色々探索して、あとで整理しようぜ。えーと、時間は…今は昼の12時か」
時計塔の針を見ると、もう正午を過ぎていた。この時間は現実とおそらく逆になっているのであろう。現実世界が深夜なら、夢の世界では、昼、と。
俺と敬一郎はそれを確認すると、再びお互いに顔を見合わせた。
「じゃあ15時頃、この場所でまた会おうぜ。真は街中の探索、俺はモブから情報収集してみる」
「…分かった。…何があるか分からないから、気をつけろよ、敬一郎」
「大丈夫だよ。俺には大切な嫁と子どもがいるんだ。無事に故郷に帰るまで死ねないさ」
「死亡フラグ立ててくなよ。お前の嫁誰だ」
「はっはっは」
俺と敬一郎はそんな冗談を言い合って、分かれて行動することにした。
… … … とはいえ、街の探索か。
昨日少し歩いてはみたが、ほかに探すようなところがあっただろうか。
アテもなく、俺はムークラウドの街の中へと入っていった。
――― …
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