十一話『放課後の 相談』


――― …


あっという間に時間は過ぎ去り、放課後になった。


「道草せず真っ直ぐ家に帰れよー。明日の朝は全校集会だから荷物置いたら体育館に集まるようにー」


安田先生の言葉も聞き終わらないうちに俺は帰り支度をして鞄を持った。


「随分急いでるね。なにか用事?」


「あ、うん、ちょっとね。じゃあまた明日」


宮野さんとの会話もほどほどに切り上げて、俺は教室を出て部室へと急いだ。



部室へは渡り廊下を歩いて旧校舎へ行かなければならない。1階上の階層になるので、少し距離がある。


その間、廊下で立ち話をしている生徒たちの声が耳に入ってくる。


「今日もあの夢見るんだよな…」

「お前、どうするんだよ今日」

「どうするもなにも…強制的にあそこに連れてかれるんだろ。やるしかねーじゃん」

「アタシもうあんな夢みたくない…!」

「レベル上げだろ、なにかいい方法とかないのか」


… … …。それぞれの生徒たちで、情報を共有しようとしているようだ。

もうみんな、この放課後になるまでの間にあの夢…『夢現世界』の事は受け入れているらしい。

そのうえで、昨日出会ったプレイヤー同士でなにかしらの作戦を考えているのだろう。


夢は夢であって、現実に関与はしない… というのは、現実のこの状況でひっくり返った価値観だった。

イシエルは言った。この学校の生徒100人が『プレイヤー』としてあの夢の記憶を、確かに共有しているのだ。その事実に未だ半信半疑だった俺も、段々と生徒たちの会話を聞いて受け入れ始めている。


皆、不安なのだ。俺だってその感情で心が潰れそうになる。

だから夢の世界に入らないうちから話をして、意見を交換して…気を紛らわせようとしている。


俺もその輪の中に入って、この落ち着かない心をどうにかしたい。

しかし…今必要なのは、見知らぬ誰かとの会話ではない。気ごころの知れた親友との会話だった。

俺は部室へと急いだ。


「… ん?」


渡り廊下からは、校門が見える。ふとそちらの方を見ると、見知った人物が帰路につこうとしているのが遠目からだが確認できた。


「…悠希?」


それは、長谷川悠希の姿だった。

悠希が部室にも、陸上部にも顔を出さないで帰るなんて珍しいことだが…まあ、そういう日もあるのだろう。

まあ、部室に居られたら敬一郎との夢現世界の話も多少しづらくなるかもしれないし…今日に限っては、いいことかもしれないな。

時計塔広場には、俺達の見た限りでは悠希の姿はなかった。つまり悠希はプレイヤーではない…という事だろうか。イシエルは、何人かは来ていないと言っていたけど…。

…っと、いかん。考え事をして足を止めている場合ではなかった。俺は再び部室に向かって歩を進めた。


――― …


「敬一郎!」


俺は部室のドアを勢いよく開けた。そこには…。


浅岡敬一郎は、椅子に座ってのんびりとイヤホンで音楽を聞いて鼻歌を口ずさんでいた。


「フンフフ~ン♪フフフフ~ン♪」


「… … …」


俺は敬一郎に近づき、イヤホンを引っ張り耳から離した。


「おわァッ!?」


敬一郎は突然の衝撃に慌てて、椅子から落ちそうになる。ぎりぎりの所で止まり、驚きの表情で俺を見る。


「ま、真かよ…。びっくりさせんなって…。 あー、寿命が縮んだわー、三十分くらい」


「これから毎日お前驚かせてどんどん縮めていってやる」


「俺なんかお前に恨まれるような事したか?」


「呑気すぎるんだよ。鼻歌なんか口ずさみやがって…。敬一郎、俺がここに何しにきたか分かるだろ?」


「… ああ、まあな。俺もお前と話しておきたくてここに来たんだ。本来なら家に帰ってすぐにでも寝ているところだ」


俺は敬一郎の隣の椅子に座って、一つ咳払いをして心を落ち着かせる。


「夢の、夢現世界の話についてだ」


「… やっぱり、真も同じ夢見てんだよなぁ。クラスの奴も何人か広場で見かけたから声かけたけど…」


「俺は、安田先生と宮野沙也加に会った」


「マジかよ。先生まで…。プレイヤーとしてか?」


「いいや。確か昨日のイシエルの話では…『モブ』。俺達と違って夢の記憶は全くなかったみたいだけど…」


「…。なるほどなぁ。モブに夢の記憶はない、と…。まぁあの世界ではキャラを自然と演じていたわけだから、俺達とは根本的な役割が違うんだろうな」


敬一郎は少し考えたあと、俺に話した。


「俺はクラスにプレイヤーが何人かいたから話してみた。…まぁ、俺達と持ってる情報はほとんど一緒だったけどな」

「選んだ職業、三つのクエスト、街の様子…色々話してみたが、各プレイヤーで内容や感想はほとんど変わらない」

「反応も色々だったけどな。男子も女子もいたけど、怖がる奴、泣きだす奴、不安がる奴…逆に、今日の夢が楽しみで楽しみで仕方ない、って奴もいた」


…敬一郎は体型はアレだけれど、相変わらず顔が広い。俺とは違い、様々なプレイヤーと意見を交換してきたようだった。…正直、尊敬の感情を持ってしまう。


夢が楽しみで仕方ない、か。まあそれも分からないでもないな。今日見る夢が分かっているのなら、どんな風にして活動しようかというイメージが出来る。

まして、あれだけリアリティのある…ほぼ現実と相違ない、夢だ。異世界での生活が楽しみで仕方ないという意見もあるだろうし、俺にもその気持ちがないわけではない。


敬一郎は続けた。


「一つ、プレイヤー同士で違う点があった」


「…なにが違うんだ?」


「職業だ」


「まあそりゃそうだろ。俺は僧侶、敬一郎は武闘家だろ。最初に選ばさせられたし…違うのは当たり前じゃないか」


「じゃあ真に聞くが…一番初め。あの夢の中に入った時、どこからスタートした?」


「…え?」


そういえば…俺のスタートは教会だった。そこで安田先生のキオと出会って…そのあと街に出たんだったな。

…あ。


「そうか…スタート位置がそれぞれのプレイヤーで違うのか」


あの場にはキオと俺しかいなかった。プレイヤーは100人。同時に夢現世界がスタートしてムークラウドに行ったと考えると、それぞれのスタート位置はバラバラだったって事だな。

俺の言葉に、敬一郎は大きく頷いた。


「俺のスタート位置は、道場だった。武闘家だからな。そこで師範らしき役割のキャラと出会って、街に出たんだが…真は?」


「俺は教会。司祭とあったんだけど…それが安田先生だった。キオっていう名前で…」


「ぶっ。マジかよ。師匠ポジションが安田か。 俺の方の師範は知らない顔だったな。年老いたキャラで…多分、あのゲームにしか存在しない『ムゲンモブ』とかいう存在なんだろう」


そこもそれぞれ違う、という事か。まあムークラウドの全員が学校関係者だけではないという事だな。

重要な情報ではないかもしれないが、とにかくこうして事実を一つ一つ確認していくのは大切だ。俺は敬一郎と会話を続ける。


「イベントまであと三日。魔王軍が街に攻め込んでくる、と…」


「それまでにレベルを10以上に上げておかないとキツいらしいな。…真、レベルは今いくつだ?」


「2。二つ目のクエストに成功したからな。敬一郎もだろ?」


「ああ、レベル2だ。…レベル上げが必要になるな。それと、武器や防具、アイテムも…。とにかく今日は俺は情報収集にあたってみようと思ってる」


「… … …」


俺は敬一郎に、一番の疑問をぶつけてみる事にした。


「なあ敬一郎、このゲーム…なんなんだと思う?」


「あ?」


「イシエルが俺達に同時に見させている夢なんだとしたら、目的はなんだ?何故俺達は強制的にプレイをさせられて、ましてイベントなんてものに参加をさせられるんだ」

「夢の世界ってだけで現実感のないファンタジーにしか思えないし…意味が分からな過ぎる。俺、どうすればいいのか…」


俺の疑問に、敬一郎は俺の肩を叩く。


「…ワケがわからないのは俺だって一緒だ。だからこそ、俺達はあの夢について調べる以外何もできないって事よ」

「良かろうが悪かろうが、夢は必ず見るんだ。諦めろとは言わないが…せめて楽しむくらい余裕がなくっちゃな」


「お前…楽しむのか、あの夢を」


「変な夢だとは思うけどな。今のところは、単なるゲームとしか認識してないし。…ちょっとリアリティきつめだけどね」


敬一郎はそう言ってにぃ、と笑ってみせた。贅肉のついた顔の満面の笑みは、見ていてなんだかこちらも安心できた。体格のせいもあるのだろうが、心強いものが敬一郎には確かにある。


「真。一先ず今夜の夢で落ち合おう。俺達が何をすべきなのか…それを決めるためにも」


「そうだな…。じゃあ夢で… ログインとでも言おうかな。ログインしたら、場所を決めて会う事にしておこうぜ」


「オッケー。場所は…」


俺達は夢の中で会う約束を交わして、部室から離れた。


…夢は必ず見る、か。たとえそれが最高に幸せな夢でも、最悪の悪夢でも…。


夢に対して、俺達は果たして、介入が出来るのだろうか。


――― …

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