第32話 料理の腕は男女に関係なく
私とお母さんが荷作りをしていると、外に出ていったお父さんの声が聞こえた。
どうやら助っ人が来たみたい。あの二人、私を見たらどんな反応するかな? ちょっと楽しみ!
私もお母さんと一緒に外に出ると、二人もちょうど車から降りてくるところだった。
「雪芽さん!」
「雪芽さん!?」
「「え?」」
二人とも驚いた顔してる。
特に陽介君、すごく間抜けな顔してる!
「やあ、いらっしゃい。陽介君、晴奈ちゃん」
二人とも私の登場で驚いてる驚いてる。
私と面識がある事について、いろいろ言い合いをしている二人を見て、私は作戦が大成功に終わったと確信する。特に陽介君の顔がおかしいったらない。
私はニヤける顔を抑えていたが、遂に堪えきれなくなって笑ってしまった。
「あははっ! もーサイコー! 陽介君の顔今すっごくあほっぽいよ!」
私がそう言うと、陽介君は少し泣きそうな顔で、
「……うるへえ」
と言った。
……あれ? もしかして傷ついたのかな? だとしたらちょっと申し訳ないかも……。
私が笑いを収めると、後ろから誰かが私の頭を軽く叩いた。
「もうっ、あまりいたずらするんじゃありません。ごめんなさいね、この子ったら昨日からこの調子で。まさか雪芽の話に出てくる男の子と女の子が兄妹だったなんて知らなかったわ」
振り向くと、困った顔をしたお母さんが、陽介君と晴奈ちゃんに向かって謝っていた。
私は照れ笑いを浮かべながら、陽介君たちに謝る。
陽介君は別に気にしてない雰囲気だったけど、さっき垣間見えた泣きそうな顔は何だったんだろう?
最初に会った時からそうだけど、陽介君は時折ああやって悲しげな顔をする。
それは他愛ない話をしている時がほとんどで、私の視線に気づくと、すぐに笑顔を浮かべて誤魔化そうとする。
悪い人じゃないことはすぐにわかったし、一緒にいて心地よかったからこうしてまた会ってるわけだし。
これで4回会ったし、友達だよね……?
だから、これからは陽介君の抱えているものを、私にも見せてほしいかな。友達ってそういうものでしょ?
「もしかしてお兄ちゃんが言ってた駅で会った変な人って雪芽さんのことだったの?」
私がそうやって陽介君を観察していると、陽介君と私について話していた晴奈ちゃんが、そんなことを言った。
「え、ちょっと待ってなにそれ? 陽介君私のことそんな風に言ってたの!?」
聞き捨てならないセリフに、私は思考を放棄して陽介君に詰め寄る。
そんな私に謝る陽介君は、ちょっとだけ昔を懐かしむように笑った。
――――
それから陽介君とお父さんは、陽介君たちのお父さんから借りた軽トラックで荷物を新居に運んでいった。
私もお手伝い出来たらよかったんだけど、みんな体に障るからって許してくれなかった。
まぁ、私なんて重いものは何も運べないけどさ……。最近は体調もいいんだし、何か手伝わせてほしいな。
そういうと、お母さんが晴奈ちゃんも交えて荷造りと昼食作りをすればいいと提案してくれた。
そういうわけで、私は今荷造りをしている。
お母さんが言うには、大きい段ボールに重いものをたくさん入れちゃいけないらしい。
細かくて壊れにくいものは、コップやタッパーといった何かの中に入れれば、少ない段ボールで済むって言っていた。
後は揺れた時に中の物が動かないようにしっかり詰める様にとも言われたかな。いろいろ考えることが多くて、まるでパズルをやってるようだ。
隣を見ると、晴奈ちゃんも四苦八苦しているみたい。首をひねりながら、あれこれ段ボールの中身をいじっている様子が可愛らしい。あぁ、ほんとに妹に欲しい……。
陽介君もそうだけど、晴奈ちゃんもここ数日でとっても仲良くなった。
出会ってから連日お話をして、あっという間に引っ越しの手伝いをしてもらうことになっちゃった。
思えば出会って2日目に引っ越しの話をして、それから2日くらいで予定を決めて、後はそれに合わせて引っ越し先を選んだんだっけ。
てことは、私がこの町がいいって決めてから、たったの8日で引っ越しかぁ。
いつまでもお父さんの部屋じゃ狭かったし、早いに越したことはないけど、なんか急がせちゃったなら申し訳ないなぁ。
でも、これからは陽介君や晴奈ちゃんと家も近くなるし、二人と一緒にどこかへ遊びに行けるといいな。きっと、それはとっても楽しいことだと思うから。
で、でも、陽介君と二人っきりでどこか遊びに行ったりするのはまだ早いよね……?
連絡先を交換するくらいならいいけど、二人っきりでなんて……、デ、デートみたいっていうか、その、ちょっと恥ずかしい……。
そもそも男の子の友達どころか、女の子の友達もいない私がいきなりデートなんて無理な話なんだよ! だから、陽介君には悪いけど、どこか遊びに行くなら晴奈ちゃんも一緒にしてもらおう!
「ねっ! 晴奈ちゃん!」
「……? は、はい! そうですね!」
私が思わず晴奈ちゃんにそう声をかけると、晴奈ちゃんは何も知らないはずなのに、頷いてくれた。
あぁ、かわいい……。もういっそ私の妹でいいんじゃないかな?
「ほら、雪芽もまじめにやりなさい? 晴奈ちゃんばかりにやらせないの」
「ちゃんとやってるよー!」
追加の段ボール箱を持ってきたお母さんが、私と晴奈ちゃんを見比べて、そう言った。
私だってちゃんとやってるのに……。まぁ、晴奈ちゃんの方が真面目にやってるけど。
それから少しして、お母さんが私たちを呼びに来た。
どうやらこれから昼食の準備をするらしい。
「何つくるの?」
「太巻きよ。食材が余ったら手巻きずしにしましょ」
「わ、楽しそう!」
キッチンに向かうと、お母さんがエプロンをつけて食材を用意していた。
私も渡されたエプロンをつける。
「はい、晴奈ちゃんもこれつけてね」
「わかりました」
そう言ってエプロンを受け取った晴奈ちゃんは、どうやら上手につけられない様子。
手伝ってあげた方がいいかも。
「ほら、背中向けて」
「は、はい。すみません……」
「いーのいーの!」
そうして背中のボタンを留めてあげてると、なんだか本当の姉妹みたいで、ちょっと顔がにやけそうになる。
私がそんなことを考えているとはつゆ知らず、晴奈ちゃんは天使のような笑顔でお礼を言ってくる。
あぁ、私も妹がほしかった……。
それから昼食の準備はつつがなく進んでいった。
私がお米をといで焚いている間に、晴奈ちゃんが卵焼きを作ったり、お母さんが海苔や巻きすといった材料や道具をそろえていく。
私がお母さんの手伝いで椎茸を切っていると、お母さんが晴奈ちゃんの手際を見て感心したように声をかける。
「あら、晴奈ちゃんはお料理上手なのね。お家ではご飯作ったりするの?」
「いえ、たまーにするくらいです。この前お兄ちゃんと夕食を作ったきりやってません……」
ちょっと照れてるのか、恥ずかしそうにそう言う晴奈ちゃんの手際は、確かに料理に慣れているように思えた。
今もフライパンの上で音を立てている卵焼きは、形もきれいだし、おいしそうだ。
「それでもすごいわよ! 雪芽が晴奈ちゃんくらいの歳の時は、お料理なんてこれっぽっちもしなかったんだから」
そう言って笑うお母さんは、楽しそうだ。
私だって今は少しできるし……。
小さいころから入院と退院を繰り返していたから、料理の練習なんてする暇なかったし、仕方ないじゃん!
……まぁ、やろうと思えばできたかもしれないけど。
「私だって卵焼きくらい作れるよ!」
「それも最近でしょう? ついこの間まで卵焼きは電子レンジで作るんでしょ? なんて言ってたじゃないの」
「それはもっと小さい時でしょ!? いつの話してるのお母さん!」
私の言葉にお母さんと晴奈ちゃんが声を上げて笑う。
全くもう……。私だって頑張ればお弁当くらいは作れるんだからっ! ……多分。
「でも、あたしよりもお兄ちゃんの方が料理は上手ですよ。いつも雑で適当だけど、あたしより手際良いし、器用だからやろうと思えば凝ったのも作れると思います」
「え、陽介君が!? 想像できない……」
「こらっ、雪芽ったら失礼なこと言わないの」
私とお母さんのやり取りを見て、晴奈ちゃんは困ったように笑った。
「この前、うちの両親が旅行で留守にしていた時も、いろいろ作ってくれましたよ。ほっとくと油ギトギトのカロリー高いやつしか作らないので、あたしがメニュー決めたりしてますけど……」
「男の子だものねぇ。うちはお父さんしか男の人がいないから、あまりそういうことはないけど」
「私もあまり食べないしね」
でも、そうなんだ……。陽介君、もしかしなくても私より料理上手とか……?
ちょ、ちょっと悔しいかも……。練習しようかな?
そしていつか陽介君より上手になってやるんだからっ!
ひそかな決意を胸に、私は太巻きを巻くのだった。
――――
陽介君とお父さんが帰ってきた辺りで、少し早いけどお昼にすることになった。
ついつい楽しくなって作りすぎちゃったかなと思っていたけど、陽介君がすごい量を食べてくれたので、あっという間に太巻きはなくなって、余った材料で手巻きずしを作ることになった。
家族以外の人も交えてご飯なんて久しぶりだから、なんだかとっても楽しくて、いつもよりご飯がおいしかった。
それから私たちは荷造り、陽介君とお父さんは荷物を新居に運ぶ作業に戻った。
なんだか帰って来てから陽介君とお父さんの様子がおかしいけど、何かあったのかな?
「うふふっ、お父さんったら、妬いてるのかしら? いい年して子離れできてないのねぇ」
どうやらお母さんは、お父さんの様子がおかしいことに何か心当たりがある様子。
しかし、聞いても曖昧に笑うだけで教えてくれなかった。
それからしばらくもしないうちに引っ越しの作業は終了した。
大きな家具は新しく買う予定だったし、荷物も服や小物がメインで、そこまでかさばらなかったのが大きかったのかも。
「でさ、もう俺たちは友達ってことでいいんだよな?」
休憩がてらお茶を飲んでいると、陽介君がためらいがちにそう尋ねてきた。
「もちろん、理論上は友達だね。でも、調子にのっちゃだめだからね、まだ友達ってだけで親友とかじゃないんだから」
私がそう言うと、陽介君はとても悲しそうな目をする。
それは今まで見てきたどの目よりも悲し気で、私は何か申し訳ないことを言ってしまったのかと不安になった。
そんな私の視線に気が付いた陽介君は、誤魔化し笑いを浮かべる。
そして気持ちを切り替える様に頷くと、私に尋ねた。
「親友ってどうやったらなれるんだ? それも雪芽さんの独自理論?」
その目にさっきの悲しみはなく、普段の陽介君と何も変わらない様子だった。
……きっともっと仲良くなれれば、陽介君のその悲しみの正体がわかるのかな? それとも、仲良くなればなるほど、その悲しみを内に閉ざしてしまうのかな?
「それは秘密っ!」
だからそう言っておいた。
まぁ、親友になる条件なんて、私にも分からないっていうこともあるんだけど。
だって親友って、一番の友達ってことでしょ? でもそれって何か条件を達成すればなれるものでもないし。
そもそも今まで続いている友達付き合いもない私が、親友なんているはずもないんだから、分かりっこないよ。
でも、そんなことを言うのは恥ずかしいので、秘密ってことにしておこう。
そう考えたら、晴奈ちゃんは親友に近いかも……?
ずっと一緒にいても苦じゃないし、むしろ家族になってもらいたいくらいだもん。
そう考えたら居ても立っても居られず、私は晴奈ちゃんを抱き寄せた。
温かくて髪もサラサラで、あぁ、幸せ……。
「でも晴奈ちゃんとはもう親友だもんねー。というかもう妹みたいな感じ?」
そう、妹かな、やっぱり。
ちっちゃくて、可愛くて、私のことを慕ってくれるところとか、もう最高に愛おしい。
「あたしも雪芽さんがお姉ちゃんだったら嬉しいです!」
「じゃあじゃあ雪芽おねーちゃんって呼んでみて!」
「ゆ、雪芽おねーちゃん……」
「きゃっー! 可愛いっ!」
おねーちゃんという響きと、私の腕の中で恥ずかしそうに身じろぎする晴奈ちゃんの仕草が、私の中の琴線に触れた。
湧き上がる衝動のままに晴奈ちゃんを抱きしめて、その髪に顔をうずめる。
ほのかにシャンプーの香りがして、ふわふわしていて気持ちいい。
「ホントお前ら、仲いいよな」
呆れたように笑う陽介君は、嬉しいような、懐かしいような、そんな顔をしていた。
それから陽介君たちのお父さんが帰ってくる時間になり、お別れの時間となった。
「あ、そうだ、連絡先交換してくれないか? もう友達だし、さすがにいいだろ?」
「まぁ、いいけど……。変なことに使わないでよ?」
「なんだよそれ……。雪芽さんにとって俺はどんなふうに映ってるわけ?」
こうして私と陽介君は連絡先を交換した。
前も交換してほしいって言われたけど、断ったんだよね。
なんか恥ずかしくなっちゃって。まさかこんなに関係が続くとは思ってなかったし、さすがに友達で連絡先交換してないのはおかしいよね。
連絡先を交換すると、陽介君は何とも言えない表情をしていた。
懐かしいような、嬉しいような……。満足とも違うし、何だろう、疲れた顔かな? よくわかんないや。
どうしてそこまでして私と仲良くなりたがっているのかはよくわからないけど、悪い人ではないから大丈夫だよね……?
最初は下心があって近づいてきてるのかと思ってたけど、そういう視線は感じないし、どうやら違うっぽい。
去り際、陽介君は思い出したように振り向いて、夕日を背に口を開く。
「そうだ、俺たちはもう友達だよな? だったらさんづけはおかしいと思うわけ。どうかな?」
少し不安そうにそう聞いてくる陽介君は、それがさも重要なことのように言う。
私としても特に異存はないけど、ちょっと恥ずかしいな……。
だって男の子と呼び捨てで呼び合うってことでしょ? うぅ~~、やっぱり恥ずかしいよ!
陽介君は私の返答を静かな期待の目で待っている。
ええいっ! 名前の呼び方くらいがなんだ! 私だって友達と呼び捨てで呼び合うくらいできるってところを見せてやるんだからっ!
「い、いいんじゃない? じゃあ今度から私は陽介って呼ぶね!」
ちょっと声が上ずっちゃった……。は、恥ずかしぃ……。
「そっか、よかった。……じゃあ雪芽、これからもよろしくな」
そう私の名前を呼ぶ陽介は、なんだか慣れているように見えた。
そして、その笑顔は疲れているように見えたけど、今まで見たどの笑顔よりも嬉しそうだった。
そうして別れの挨拶を済ませ、陽介たちは去っていった。
それから少しして、私のスマホがメッセージの受信を通知した。
見ればお相手はさっき別れたばかりの陽介で、内容はこんなことが書いてあった。
『初メッセージです。
今回の引っ越しは疲れたけど楽しかったよ。また何か困ったことがあったら遠慮なく俺を呼んでくれ。きっと力になれるからさ』
……どうして彼はこんなに優しいんだろう。
思えば最初会った時からそうだった。
無愛想で普通におしゃべりもできない私に、陽介は根気良く付き合ってくれて、友達にまでなってくれた。
私にそんな価値があるのかわからないけど、陽介の優しさに、なんとかして応えてあげたいな。
でも今の私にしてあげられることなんてない。
だから、今はまだたくさん甘えさせてもらおう。頼らせてもらおう。
それで、私が陽介にしてあげられることが出来たら、その時はきっと陽介の力になる。
だからまずは、学校に行かないと!
引っ越しも終わっていいタイミングだし、明日学校に連絡してみようかな?
陽介からのメッセージを見て、私は以前よりちょっとだけ学校に行く不安がなくなったのを感じていた。
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