第13話 お盆のランドは意外に混んでいない 上

 雪芽の案内が終わり、俺はアイスを2つ買って家に帰った。

 その帰り道、由美ちゃんに連絡をすると、時間的に都合が悪くなってしまったらしく来れないという返事が返ってきた。

 せっかく買ったアイスだが、晴奈と一緒に食べてしまおうかな。



 晴奈にアイスを渡しつつ、雪芽が俺の高校に転入してくる話をすると、驚くとともに羨ましがっていた。

 晴奈は雪芽のことが大好きだからなぁ。俺が抜け駆けするのが気にくわないのだろう。


 別に何があるわけでもないし、家も近いんだから遊びに行けばいいのに。

 そう言うと、晴奈は渋い顔をして言った。


「じゃあお兄ちゃん、遊ぶ約束してきてよ」


 なんで俺がせにゃならんのだ。

 まあ、夏希も交えて遊ぶ約束してるし、別にいいけどさ。

 なんだろ、年下だからとか遠慮してるのかな? それとも恥ずかしいとか?



 雪芽に連絡してみると、好意的な反応が返ってきた。

 夏希にも連絡すると、あいつもノリノリだったので、3人でグループを作り、そこで遊ぶ日取りを決めていった。


 晴奈には俺から伝える形で予定を詰めていき、晴奈から由美ちゃんにもお誘いが行ったりと、随分と大所帯になってきた。


 そうして予定をすり合わせていき、雪芽を案内してから7日がたった8月15日に、みんなでデスティニーランドに遊びに行くことになった。



 その日、初めて会った組み合わせで挨拶をすまし、朝早くからデスティニーランドへ向けて出発した。

 電車の中で女性陣は親睦を深め、俺は若干蚊帳の外に追い出されていたが、それは些細な問題だ。


 そういえばよく見ると男子は俺だけじゃないか……?

 これはいわゆるハーレムなのかと思いきや、一人は妹。もう一人は中学生で、一人はがさつな幼馴染だし、案外そうでもないんじゃね?



「どうしたのよ、陽介? あっ、もしかして何か期待してるんじゃないでしょうね~。男子はあんただけだからって」


 夏希はそんな俺に気を使ったのか、あるいはただ視界に入ったからか、そう声をかけてきた。

 俺はまさにさっきまで考えていたことだっただけに一瞬言葉に詰まる。


「何も期待してねぇよ! ……まあ、男子は俺だけだなとは思ったけども」

「ほーら、やっぱり。陽介のエッチ~」

「だから期待してねぇって!」


 ウザ絡みしてくる夏希を適当にあしらう。

 夏希は未だ疑いの目を向けつつも、ひとまず引き下がった。




「……じゃあさ、今日は私が少しだけ彼女っぽいことしてあげよっか?」




 少しの間をおいてから、流し目でそう問うてくる夏希は、普段見ない私服のせいもあってか、随分と大人びて見えた。

 思わず一瞬ドキッとしてしまう。


「はぁ!?」


 その動揺のせいか、少し大きな声が出てしまった。

 その声を聞きつけて、隣で会話していた雪芽たちがこちらを向く。


「なに? どうしたの?」

「いや、夏希が急に彼女がどうって――」

「ちょ、陽介!?」


 なにを慌てたのか、夏希は俺の口に手を当て、言葉を遮る。


「え、なになに? 彼女がどうって言ってたけど」

「いや、別に大したことじゃないわよ? 気にしない気にしない」

「え~? 怪しいなぁ? 白状しちゃいなよ」


 雪芽の食いつきは予想以上のものだった。

 それに由美ちゃんと晴奈も便乗してきて、ついに夏希は自分から事の顛末を話した。



「なるほどねぇ。いいんじゃない? 面白そうだし!」

「確かにそうですね! あたしも陽介さんとデートしたいです!」

「「え!?」」


 雪芽の言葉に由美ちゃんが賛成の声を上げる。


 てかデートって何!? 思わずまた大きな声出ちゃったよ。


 夏希も予想外のことだったらしく、驚いた声を出していた。

 電車の中、人少なくてよかった……。


「え、いや別にデートってわけじゃないのよ? ただ可哀想な陽介に少しだけ彼女とデスティニーランドに行く感じを味わわせてやろうと思って」

「可哀想は余計だ」

「でもそっちの方が面白そう! 由美ちゃんの案に賛成ー!」


 雪芽が由美ちゃんのとんでもない案を支持したことで、状況は混乱してきた。



 夏希としてはほんの少しの時間だけ俺に彼女の居る感覚を味わわせてやれればそれでよかったらしく、別にデートまでしたかったわけではないのだろう。


 別に俺はそんな感覚なんて味わわなくてもいいのだが、夏希の周り、特に由美ちゃんと雪芽が盛り上がってしまったので収拾がつかなくなってしまった。


 こうして、あれよあれよという間に、俺は1時間交代で女子たちとデートをすることになってしまったのだった……。



「って、なんであたしまでお兄ちゃんとデートしないといけないわけ!? 兄妹じゃん!?」

「まあいいじゃん、兄妹水入らずってことで!」

「まぁ、そう言うことなら……」


 いや納得するな妹よ。

 いくら雪芽が好きだからって、自分の意見を捨てるのはお兄ちゃんどうかと思うな。



「よしっ、これで1時間だけだけど陽介さんはウチの彼氏ってことだしっ!」


 由美ちゃんは小さくガッツポーズをしながらなにやら呟いている。



「どどどうしよう!? 私そこまでは考えてなかったんだけど!?」


 夏希は随分動揺しているな。まあ無理もないか、少しからかったつもりが随分と大きなことになっちゃったわけだし。



「陽介と二人っきりで遊ぶのは初めてだから、ちょっと楽しみかな!」


 雪芽は純粋に楽しそうにしている。

 その楽しそうな笑顔に俺の心はかき乱される。

 なんだか少し緊張してきたぞ……。



「まあ、なるようになる。いや、なるようにしかならないってな」


 各々の思惑を乗せて、電車は走っていくのだった。





 ―――





「よし、じゃあ一人1時間だからね。最初はなっちゃん! 行ってらっしゃーい!」

「わ、わかったから押さないでよ~!」



 デスティニーランドにつくと、さっそくデートが始まった。

 一体なんでこんなことになったのだろうか? なにを期待していたわけでもなし。


「んじゃ行くか」

「う、うん」


 少し緊張気味の夏希。別に本当にデートするわけじゃないんだからそこまで緊張しなくてもいいだろ。

 一緒に遊ぶだけなんだから、昔と大して変わらないし。



「って駄目だよ、陽介、なっちゃん! ちゃんと手繋がないと!」

「「はぁ!?」」


 俺たちが歩き出したとほぼ同時に、雪芽がそんなことを言った。

 俺たちは同時に足を止めて振り向く。


「フリでも彼女は彼女! ちゃんとそれっぽくしないと」

「な、なんでそんな事しないといけないのよ!? ユッキーあんたも後でやるんだからね!?」

「分かってるって!」


 普段と変わらない笑顔の雪芽は、本当にわかっているのだろうか? 怪しい……。

 にしても、手を繋がないといけないなんて聞いてないぞ!? さすがにそれはちょっと、いや、大分恥ずかしい!


「じゃ、じゃあ……、繋ぐわよ、手」

「おい、マジでやるのかよ?」

「しょうがないでしょ!? 私がまいた種みたいなもんだし、手を繋ぐくらいどうってことないわよ」


 そうは言うがなぁ……。


 しかし、ためらう俺をよそに、夏希は伸ばした手を引っ込める様子はない。


「な、なによ。私と手を繋ぎたくないってこと?」

「いや、そういうわけじゃないが……」


 これ以上ためらうのは夏希に恥をかかせることになるかな。

 しょうがない、俺も男だ! バシッと決めてやる!


「よ、よし、繋ぐぞ」

「う、うん」


 恐る恐る伸ばした手で夏希の手を握ると、少しひんやりしていた。

 それに細くて柔らかい手だ。昔は俺とそんなに変わらなかったのに。




「陽介、手汗すごいんだけど……」


「……すまん」




 バシッと決めることはできなかったが、とにもかくにもデートスタートだ。

 本当に、どうしてこうなったんだろう……?



 歩き始めてしばらくの間は二人とも緊張のせいか口数が少なかったが、アトラクションに乗ったりするうちにだんだん元の感じに戻ってきた。


「じゃ次あれ乗るわよ! 陽介早く!」

「わかったわかった、だから手を引っ張るな!」



 そうしてなんだかんだで模擬デートを楽しんだのであった。





 ――――





「あっという間だったわね」

「ホントにな。どうだ? 楽しめたか?」

「んまぁ、ね。陽介は?」

「楽しかったよ。昔に戻ったみたいでさ」


 気が付けば約束の1時間がやって来ていた。

 俺たちは一度もといた場所に戻る。そこで雪芽たちと合流する予定なのだ。


「じゃあ、さ。今度また来ようよ」

「そうだな。隆平も誘えばもっと楽しいだろ」

「……そういうことじゃないっての」


 夏希の言葉は小さくて、雑踏の中に消えてしまった。

 聞き返そうと夏希を見ると、前方から声が聞こえてきた。



 見ると雪芽が手を振っている。

 そちらに到着すると、晴奈がいやそうな顔で立っていた。


「さ、次は晴奈ちゃんだよ。がんばってね!」

「うぅ~、ほんとにやんなきゃダメですか?」

「ダメ!」


 嫌がる晴奈の背を押す雪芽は楽しそうに笑っている。

 反対に晴奈の顔はどんどん嫌悪に歪んでいくが……。


「じゃあ、交代ね」


 そう言って夏希は手を放す。急に今まで手をつないでいたことを思い出したかのように、唐突に。

 そんな夏希の顔は少し寂しそうに見えた。俺の気のせいだろうか?


「お兄ちゃん、ちゃんと手汗拭いてよね」

「へいへい」

「いってらっしゃーい!」


 雪芽の声援を背に受けながら、冷たい晴奈の視線をかいくぐり、俺はズボンで手汗をふくのだった。



 晴奈は手をつなぐのを嫌がると思ったが、案外すんなり手を繋いできた。

 どうやら雪芽にさんざん言われたらしい。


「ね、お兄ちゃん、あたしあれ食べたい!」

「おいおい、俺あんまり金持ってないぞ?」

「可愛い妹が頼んでるんだよ?」

「……ったく、こういうときだけ妹ぶりやがって」


 手をつないだってやっぱりデートという感じはない。

 そりゃ当然だ。妹なんだから、そういう対象には決してならない。


 いつもみたいに晴奈がねだって、俺がそれに応える。昔一緒に夏祭りに行った時のことを思い出す。



 そういえばもうちょっとで夏祭りだな。この前もどっかで花火上がってたし、今度雪芽たちを誘っていってみるのもいいな。



 そんな風に晴奈とのデート? はつつがなく進行していったのだった。

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