第二幕 告解室にて

「クリスマスにはミサにいらっしゃいってあの子に言ったの、あなただそうね。お招きありがとうございます」


 告解室の格子の向こういる誰かはマルガリタ・アメジストの声を聞いた途端にこれ見よがしにため息をついてみせた。そして椅子から立ち上がり、なんの感情も漂わせない早口の棒読みで一言残して去ろうとする。


「あなたの罪は赦されました。それでは」

「あら、私まだ罪を告白していませんけれど何を根拠に私を許して下さるのかしら、司祭様?」

「──いいかいユスティナ。こんな小さな教会でもここを拠り所にしている信徒の方々は多いんだ。いつもの屁理屈まみれのおしゃべりのせいで本当に秘跡を求める方々の時間と機会を奪うわけにはいかない。そういうことだ、わかるね?」

「ええ分かりました。ここの教会がどんなに救いを求めている者でも信徒でないと分かり次第たちどころに門戸を閉ざすような冷たい教会だってことが」


 格子の向こうで両手を組んだ男性の指がいらいらと蠢くのがみえた。できることならマルガリタ・アメジストの口を縫い閉じてやりたいが、場所と立場を考えて必死にこらえていることを語っている。


「──用があるなら手短に話しなさい」

「では早速教えていただけますかしら? なあに、私たち全員にミサへいらっしゃいだなんて。私たちの後をあとから追いかけてきた上に我が物顔で指図するなんて。ちょっと図々しくないかしら?」

「ああ、ジョージナから聞いたのか。悪くない話だろう?」


 格子の向こうにいる若い司祭の声が和らいだのと反対にマルガリタ・アメジストの声には棘がます。


「そうね。とても素晴らしいお話ね。かつての悪い女の子達は偽物じゃ無い本当の神様の前で跪くことのできる良い子になりましたってお行儀よく振る舞うだけで安全が保障されるんですもの。それもあの子を酷い状態で七年も放置した方の前で。ああ本当に聖夜に相応しい優しい御心づかいだこと」


 組み合わさった手が解けた。壁の向こう側の机に肘をついて額を支えているようだ。マルガリタ・アメジストの嫌味が綺麗に刺さったらしい。

 壁の向こう側の若い司祭はお人好しだから、こういう棘をいちいち真正面に受け止めてしまう人柄であるとマルガリタ・アメジストは把握していた。だからこうしてチクチク嫌味のジャブを撃って溜飲を下げることがあった。

 それでも若い司祭は年長者としての威厳を簡単に手放そうとはしなかった。


「年に一回、私達の前に顔を見せれば君達がトンネルの向こうで何をしようがこっちは一切感知しない。どう考えても悪い話では無い筈だが」

「ええ。貴方のお立場お人柄を考慮すると私たちにかなり譲歩してくださってることは想像に難くありません。貴方が貴方なりに私たちへ心を砕いてくださってることに関しては常日頃から感謝しております。本当よ? ──せっかくの機会だからお尋ねして構いません? 貴方どうして大聖堂カテドラルになんて所属してらっしゃるの? 私の目からすると失礼ながらあなたに向いているご職業ではないと申し上げるほかありませんけれど」

「司祭個人の私的情報を君に開示する必要はない。ここはそういう場では無いからね」


 ムッとした固い声で司祭は返した。

 この若い司祭の嫌味や皮肉に真正面から反応する様子が可愛い、優しいし困った人に親切でお人好しで、地味なフロックコート姿でも様になるくらいにはなかなか見栄えがいいのに本人は全く気づいてなさそうでたまに見かける私服姿が垢抜けないのがまた可愛い、と、仲間内では彼の評判はなかなか上々だった(であるからこそ、ジャンヌ・トパーズもクッキーを用意したりするわけだ)。そのことをマルガリタ・アメジストは特に理由もなく伏せておく。


「──まあ、きみの言う通りジョージナにとっては七年、君達も数年、あの町に留めざるを得なかったことに関してはこちらも言い訳はしない。責めを負う覚悟はしていらっしゃる。あの方も、それに私も」

「特に私は貴方に処分されかけましたもの。真に救われるべきだった者の一人が、よ? ぜひぜひあなた方の神様に額ずいてお赦しを乞うていただきたいものだわ」


 格子窓の向こうで若い司祭が背中を反らせたような気配があった。ふうっと、息を吐く気配もある。

 いっそあの時この口車に惑わされずに額を撃ち抜いてやればよかったかもな、という思いをきっと押し殺しているのだろう。マルガリタ・アメジストは見当をつけて、この若い司祭をからかうのはここまでにすることにした。

 告解室にいるものがとる姿勢ではないのだろうが、マルガリタ・アメジストは頬杖をついた。


「──ねえ司祭様、私クリスマスが憎らしいの。皆んなが幸せそうにしているとなんだかとっても悲しくて腹立たしくなるのよ。悪い子ね」


 格子のまえでゆっくりと、司祭が姿勢を正した気配があった。


「……聞きましょう」


 やっぱりこういうところがお人好しよね、とマルガリタ・アメジストはほんの少し侮りかけたけれど、告解室を訪れたものらしく罪を打ち明ける気になった。


「去年もそうだったんだけどあの子ったらね、クリスマスになるとはしゃいじゃうの。本人はね、隠そう隠そうとしてるんだけれど、ツリーはどうするとか、プレゼントはどうしようとか、そういうことで頭がいっぱいになっちゃうのが見ていて分かるの。感謝祭が終わった頃からちょっとずつちょっとずつそうなっちゃうの」

「へぇ……。ジョージナがねぇ……」

「そういう風に大人の方からニヤニヤされるのが嫌だから、あの子そういう所を面に出さないように努力してるのよ? お気をつけ下さいましね」


 分かった分かった、と司祭は安請け合いしたけれどあのちょっと強面の子が──と微笑ましく感じる気配は格子窓のからも漏れている。

 マルガリタ・アメジストは悪気のないデリカシーの無さを気付かせるために、わざと口を噤んで圧を放った。我が女王をその辺の女の子と同列に扱うなと、格子窓越しに警告する。

 放っておくと慇懃無礼に理屈っぽく延々とお喋りし続けるマルガリタ・アメジストが黙るというのはよくよくの合図なのである。それに気づいた司祭はごほんと咳をした。

 司祭としての態度を取り戻して問いかける。


「あなたはそれの何が不満なのですか?」

「──あなた方にしてみると取るに足らない些細な悩みよ。だって、ただ寂しいってだけだもの」


 一緒にいるのに構ってくれない、他の子のプレゼントは何がいいかなんてことを考えて上の空になるくらいだからマルガリタ・アメジストが甘えても拗ねても、ちょっと待って、とか、また後で、ではぐらかしてしまう。

 心ここにあらず、な、その態度がマルガリタ・アメジストには不満なのだ。

 マルガリタ・アメジストは強欲なので、パートナーの愛情は基本的に独り占めしておきたいのだ。でも、現実問題それは不可能なのでクリスマス期間中に他の誰かのことで頭の中をいっぱいにしている状態でいるのをずうっと我慢している。


 そもそもクリスマスをやりましょう、と最初に言ったも同然なのはマルガリタ・アメジストである。


「こんな気持ちになるなら、去年あんなことを言うんじゃなかったわ」


 あんなことって? と司祭が促すのでマルガリタ・アメジストは素直に告げた。

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