十二月のウィッチガール

ピクルズジンジャー

第一幕 リビングにて

「プレゼントの無いクリスマスなんてクリスマスじゃないわ」


「? なんだったっけそれ、聞き覚えがある〜」

「『若草物語』じゃん、何急に柄にもないこと言い出して?」


 キッチンはクッキーを焼き上げたばかりのいい匂いで満ちている。クリスマス用にと焼き上げたクッキーを味見と称してぽりぽり食べていくのがジャンヌ・トパーズで、そんな仲間をたしなめながらフロスティングを器用に施してゆくのがカタリナ・ターコイズ。

 ジンジャーブレッドマンの型でくり抜かれて焼かれたクッキーに、コミックのヒーローのコスチュームを描き入れるという無駄な器用さを発揮しながらカタリナ・ターコイズは続ける。


「心配しなくてもあんたの女王様はプレゼント用意してくれてるでしょ? 先月から暇があれば通販のサイトだ雑誌だなんだずーっと見てるし」

「知ってるわよ。マリア・ガーネットがみんなのためにプレゼントを用意してることも、ターキー焼こうとしていることも、今年はミンスパイ作ってみようかなんて言ってることも」


 そんな二人をカウチからむすっと眺めるのがマルガリタ・アメジストだ。不機嫌ですよ、という雰囲気を出しているのに二人はちっとも気にしない。


「ミンスパイか〜。いいな、楽しみ〜」

「今年もまた女王様はクリスマスに向けて密かにテンションあげてらっしゃるわけね。それで何スネてんの、あんたは」


「クリスマスプレゼントはあなたと二人きりで夜を過ごしたいわっておねだりしたのにそういうのはダメですって。たったそれだけで私のお願いは跳ね除けられちゃった。しかもタブレットでお買い物しながらこっちを見もしないのよ?」


 唇を尖らせてむくれるマルガリタ・アメジストはカウチの背もたれに肘をつき、ツリーからぶら下がるオーナメントを指でつつく。


「私あの時あの子の膝の上にいたのよ? どうしたってあの子の視界にいる位置にいたのよ? 偶にはこういうのもいいかしらってついつい触りたくなるふわふわのルームウェアで猫ちゃんみたいになってあげたのに、あの子ったら私の髪を適当に撫でるだけでお買い物続けてるの。しかも何を買ってたと思う? レディじゃなきゃ様にならないようなお高い香水だったんだから。──バトン振り回してるハイスクールガールなんてドラッグストアで買ったようなデオドラントの匂いでもさせてるのが一番なのに。本当にテレジア・オパールったら厚かましいんだから──……ねえ聞いてる?」


「うん聞いてる聞いてる」


 明らかに聞き流している二人は、クッキーでお菓子の家を組み立てる作業に取り掛かっている。だからマルガリタ・アメジストはむくれた。仲間のそういう態度は不誠実だと言って頰を膨らませた。

 しかし、ジャンヌ・トパーズとカタリナ・ターコイズにとってお菓子の家を作り上げることの方が大事なのだ。傑作を完成させてSNSにあげるのだから。

 それでもジャンヌ・トパーズにはまだ情があった。


「二人きりの夜だなんて、あんたたち殆ど毎晩一緒にいるんだからプレゼントになってないじゃない。だからマリア・ガーネットも却下って言ったんだよ。せっかくだし靴とか鞄とかアクセサリーをねだったらどう?」

「二人きりの夜よ? 都会の一流ホテルのスイートか向こう数マイルは誰もいないロッジか何かで一晩過ごしたいって意味に決まってるじゃない」

「向こう数マイルは誰もいないロッジだなんて、殺人鬼がやって来ますよって前フリだよ。いいねえ、ブラッディサンタ。最高」

「──本当にあなたのその趣味どうにかしてちょうだい。カタリナ・ターコイズ」

「つかあんた去年もおんなじこと言ってたよね? その結果何が枕元においてあったんだっけ?」

「キャンディケイン一ダースよ! 食べても食べても減らなくて大変だったんだから」


 機嫌をより損ねたマルガリタ・アメジストをさらに挑発するように、二人は声を揃えて笑った。本人以外の者にとってそれは去年のクリスマスの愉快な一コマにすぎなかったからである。


「あれのせいでペパーミントのお菓子を受け付けない体になっただの、好物だったのにチョコミントのアイスが食べられなくなっただの、ぐっちぐち言いながらハロウィンまでかかってちまちまちまちま食べてたよね~。最後の方になったら表面がベッタベタになったのをさぁ」

「食べるの手伝ってあげるっていったのに、一人で食べるって言い張って~。意地の張りどころを間違えてるよね、あんたってば」


 自分の寂しさや不満が伝わらないことにいよいよむくれて、マルガリタ・アメジストは青い瞳で二人を睨んだ。


「あなた達知ってる? 今年はミサに行くんだから。私たちが参加していたインチキのミサじゃあないのよ? 本物のミサよ、ミサ?」

「……わあ〜……それはちょっと面倒かも」

「まあでも仕方ないじゃん。うちの女王様はもともと本物の教会に縁があったお方なわけだし。主君の付き合いも臣下のお勤め」

「じゃあカタリナ・ターコイズはマリア・ガーネットが『今年のクリスマスのご馳走は貧しい一家に差し上げましょう』って言い出したら付き合うの? 主君の発言がおかしい時はそれとなく嗜めるのも臣下の務めじゃないかしら?」

「──もう一度訊くけど、あんたなんで『若草物語』なんて柄にもないもの読んでんだってば。見てよほら、外は雪だよ? 絵葉書みたいにベタに綺麗な雪景色なのに、あんたが妙なことばかり言ってると本当に砂嵐が来て台無しになっちゃう」


 赤い砂漠で数年間いた少女たちにとって、新しい街の冬の寒さと辺りを時々真っ白に染め上げる雪がまだまだ新鮮だったのだ。寒い冬はおしゃれ心を刺激するし、小さな子がいるお家の前に作られた雪だるまは愛らしい。暖かいお家の中で偶にはこうして寛ぐ快さ。クッキーの匂いが否応でもなくクリスマス前の時期らしい多幸感を高めており、このダイニング兼リビングで不機嫌なのはマルガリタ・アメジストくらいなものだ。


「とにかく私は今クリスマスなんて嫌いって気持ちでいっぱいなのよ。元々愛や幸福を押し売りする押し付けがましいイベントだと思っていたけれど、こっちに来てからその気持ちが余計に強くなったわ。何よもう、街行く人まで楽しそうにお買い物なんてしちゃって。あんな風にニコニコする気持ちがまるでわからない」

「だったら『クリスマス・キャロル』でも読んでな」

「あなたこそ柄にもないもの勧めてこないで頂戴、カタリナ・ターコイズ。さっきまでブラッディサンタなんて言ってたくせに」

「あーもう、めんどくさいなあ〜っ。いーじゃん、あんたらいっつもいっつもいっちゃらいっちゃらしてんだからクリスマスくらい清らかに過せってことだよ!」


 ついにカタリナ・ターコイズは匙を投げてしまった。

 ジャンヌ・トパーズも手元の作業に集中している。ひたすらグチグチ言いたい状態になっているマルガリタ・アメジストは言いたい放題言わせるのが一番だと知っている態度だ。

 そんな仲間の態度がマルガリタ・アメジストをより意固地にさせるのだ。ついにカウチの上にクッションを抱えてまるまっていじけだす。


「好きな子にも振り向いてもらえない。お友達にも冷たくされる、こんなに愛と幸せに満ちているこの街で一番不幸せな女の子はきっと私だわ」

「……ねえ、マルガリタ・アメジスト、ひょっとしてあんたお腹減ってるんじゃない?」

「──、減ってません。減ってなんかいません」


 意固地になっているのがよくわかるマルガリタ・アメジストのこの声で、お菓子の家を作っている二人は顔を見合わせた。慌てたジャンヌトパーズが、既に焼き上げてフロスティングも施し缶に詰めていたクッキーをまるごと差し出す。


「ほら! 悪いこと言わないから食べときな。好きなだけ食べて大丈夫だからね、クリスマス用にはまた焼くから!」

「失礼ね。こんな大きな缶いっぱいのクッキーを一人で食べるような子じゃありませんから、私は」


 むすっと膨れながら、マルガリタ・アメジストはさくさくクッキーを齧り出す。無言でさくさくさくさくさくさくさくさく……。ジンジャブレッドーマンに天使に星の形のクッキーを無表情で無心にかじる。

 その様子を見て二人は顔を見合わせ、安堵の息を吐いた。


 マルガリタ・アメジストを空腹にしてはいけない。


 お腹が減ると急にすねていじけてつまらないことでグチグチ言い出す。そして悲観的な言葉を吐き出ししくしくと嘆き出し、手に負えない状態になる。それは所謂この異世界の技術で人為的に造られたウィッチガールの出す警告であり、そこを突破すると世の中に絶望して彼女の視界に収まる全てを徹底的に破壊し尽くすような行動に出始めるのだ。

 新天地に引っ越してからの日々でそのことを思い知った二人はマルガリタ・アメジストの厄介な体質の面倒くささが骨身にしみていたのだ。


 以前暮らしていた場所では、厳しい監督者によって決められていた時間に食事を摂ることが義務付けられていたので決定的な空腹に陥ることは無かった。が、自由な暮らしを手に入れた新天地の新生活でマルガリタ・アメジストは食事を抜くことがよくあったのだ。

 仕事に身が入りすぎたり、ウェストのサイズが増えた気がすると言ったり、元々食べることにあまり興味が持てないことも手伝って体質のことを忘れ平気で食事を抜く。


 そして今のように空腹になって不機嫌になり、ようやく無心でエネルギー源を補給することになる。


 さくさくさくさく……と機械的にクッキーをかじり続ける際の表情は感情も心も見えず、もともと異世界の人造魔法兵器なのだなという出自を見るものに実感させるが、とりあえず際限のない愚痴と嘆きが収まるので室内は平和だ。

 食べているうちに魔力も回復したのか、感情の消えていた青い瞳に光が宿り出し、クッキーをかじる音もさく、さく、さく、とゆっくりしたものへと変わる。ある程度ひと心地がついたという合図らしい。


「──ちょっと外に出てこようかしら?」


 さっきまでの不機嫌などなかったように、クッキーをかじる前と繋がらない態度でマルガリタ・アメジストは呟いた。そういう態度にも慣れっこになっているから、二人は取り合わない。


「えー、外は雪だよぉ。家にいなよ」

「いいっていいって、行かせてやりなよジャンヌ・トパーズ。外に出てりゃこの色ボケ女の頭も冷えるでしょ」


 カタリナ・ターコイズの言葉を待たずにマルガリタ・アメジストは立ち上がってコートを羽織った。マフラーも巻いてブーツに履き替え、寒さ対策は完璧。だけどお洒落は忘れない。古いフランス映画を参考にしたコートの着こなしが計算通り小粋に見えるかどうか、姿見に映した自分の姿をチェックする。


「で、あんたどこ行くの?」

「教会。あの人にちょっと言ってやりたいことがあるんだから」

「あ、じゃあさ」


 ジャンヌ・トパーズは作業の手を止めて、ラッピングを施したクッキーの缶を一つ手渡した。


「ついでだからこれ渡してきてよ。ミサに行くならクリスマス当日に渡したっていいんだけど、でもやっぱり今ならツリーにだって飾れるし」

「あなたったらあの人たちの為のクッキーまで焼いてたの?」

「だって今はご近所さんじゃない。仲良くしといて損はないよ。それになんたってクリスマスだしね」

「そうそう、お人好しくさいしね〜あの人」


 クリスマス前の時期に相応しい隣人愛を体現したようなふんわりした笑顔を浮かべるジャンヌ・トパーズとは反対に相変わらず小鬼めいた笑みで小狡く笑う。

 自分を使いっ走りにしようとする仲間に向けて唇を尖らせてみたものの、仲良くしておいて損はないという意見には納得する。


 そうしてマルガリタ・アメジストは仲間二人と殆どからになったクッキーの大きな缶一つ残し、雪で白く染まった街に出た。目指すはワンブロック向こうにある教会である。

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